天皇陛下の手術

天皇陛下の手術が無事に終了しました。本当に一国民としてお喜びを申し上げます。

冠動脈バイパス手術を行なうという事は、冠動脈に結構な狭窄があるという事で、天皇の料理番にもメスをいらなければいけないのではないでしょうか。

今回の手術に関しては、結構一国民としてまた医師として興味深い事が幾つかありました?

①    天皇陛下は、医療保険はいってないけど支払いはどうするの?

②    手術前に、同意書はとるの?

③    当日のほかの手術とかはすべて中止なのですか?

④    点滴は研修医がやるの?

等々女性週刊誌的な下世話な事まで気になってきました。

手術をした先生たちのコメントも個性がありました。東大の小野稔・心臓外科教授は、術後すぐでも大成功であったと言い、順天堂の天野篤教授は「もう少し様子をみて以前の状態以上になれたら成功と言えて今はまだ時期尚早です」と謙虚な発言であり、多分個人の個性が出ていたと思います。唯東大が他大学から執刀医を呼ぶことはきっと極めて異例であり、東大の教授もその点は患者中心に考え素晴らしい事だと思いました(多分天皇陛下だけでしょうが)。又、アウエィでやるという発言をしながらも、完璧にこなした順天堂大の先生も素晴らしい技術であったと思いました。

いずれにせよ本当にかなりのプレッシャーがありながらも、乗り越えるところはさすがに超一流であると感服しました。

 

偶然ではなく必然

先日長男が喜多川泰さんの「手紙屋―蛍雪編」を図書館から借りてきて読んでいました。リビングの机の上にたまたま置いてあるのを自分が見つけて、「この本借りてきたの?」と聞いたところ「学校の先生に勧められて読んだ。とても感動した。」と答えました。それと同時に、次男の通っている塾の新聞の推薦図書の欄に、喜多川さんの本が紹介されていました。更に2月に喜多川さんの講演会が名古屋であり、FBで自分自身に招待状が届いていました。長男にその講演会の話をしたら「絶対に行ってみたい」と即答で返事が返ってきて、先日初めて親子で講演会に行ってきました。講演会の内容は、以前にもブログで紹介したことがありますからご存知の方も多いと思いますが、とても素晴らしく特に今回は震災後という事もあり、

「これから日本が大きく変わる事」

「社会の価値観も変化し何が大事で何をすべきか」

等について話されました。

 

講演後本を購入し、ツーショットの写真も撮ってもらいました。長男は、「来てよかった」と満足した表情をし何だかとても気合が入った感じです。自分も同じことを言っている事もあるのに、さすがに有名人や本を通じて学んでいくと納得の仕方が違うのかと改めて感じました。まあ何にせよ、階段を一歩ずつでも登ってくれることはうれしい限りです。

 

まさしく今回の出会いは、様々な偶然が重なって起きました。

 

「偶然ではなく必然」


なのでしょう。自分に影響を与える人や物は、欲すれば必ずやってくると強く感じました。

Facebookの「いいね!」

 

自分達の周りの多くの人達が、Facebookをやるようになりました。昔の友から突然友達の承認・セミナーの集客の案内・誕生日のおめでとうカード等様々な利用の仕方があります。そこで気になるのは、「いいね!」です。沢山あると何となくうれしくなります。決してその数を目標にやっている訳ではありませんが、何だかとても気になります。自分が疑問に思うのは、皆さんがどういう基準で「いいね!」を押しているのでしょうか?きっと特に深く考えている訳でもなく押している人が大半ではないでしょうか。又、表現が「いいね!」であるために、悲しい話や怒りの話だと押しにくくなる事もあると思います。自分自身がどうしているかと言うと、その日の気分で押していて、決して一貫性はありません。

 

今自分がFacebookに定期的に投稿するのは、ブログと休みの日に行っているwalkingの時の日記代わりの写真です。この時の反応として、ブログは結構考えて考えて書いているのに「いいね!」が少なく、単に日記代わりに取った写真の方が「いいね!」が多くなっている傾向にあります。真剣に書いているブログより、何気ない写真の方が「いいね!」が多いなんて、どういう事だと感じる事がありますが、これからもめげないで頑張っていきます。

 

 

できればこのブログを読んだ人は、友達10人に「Dr. Hassy’s Blog」は良いよといってシャアをして、「いいね!」を押すようにチェーンレターを送って下さい (やっぱり「いいね!」を気にしている小心者だ!)。



ご趣味は?

 

趣味とは一体何でしょうか?昔からお見合いやコンパの最初のつかみとして「趣味は何ですか?」というような会話の場面をよく見かけました。履歴書でも必ず趣味という欄があります。

「お茶やお花を少々」「ピアノを少しだけ」

何ていう古典的な返し方をする人は、今どき見かけないでしょうが・・・。3日坊主で辞めた事でも、お見合い前に少し始めた習い事でも趣味と言ってもいいのでしょうか?

「趣味は仕事と同じで命懸けでやる事だ」

と仰る方も見えます。自分自身を振り返ると、確かに土岐内科クリニックに来るまでは、履歴書というものを作成する時に、趣味の欄には読書・テニス・映画鑑賞・パソコン等と書いていました。そうは書いていましたが、昔は大して読書をするわけでもなく、テニスも年に数回でした。映画鑑賞も映画館に行くのはポケモン等子供映画のみ、パソコンも仕事で触る程度というレベルでした。

それでは趣味とは一体何でしょう?

自分自身の今の考えとしては、

 

「自分自身に癒しを与えられると同時に、目標を達成する充実感もあり、

共に楽しめる仲間を作れるもの」

 

というように定義しています。

例えばテニスにしても、ただ健康としてやる事もいいですが、やはり少しでもうまくなるように修練を積む機会(小さな大会に出る)があればさらに良い事だと思います。

そんな観点から現在自分で趣味という欄があれば、

 

テニス・ウクレレ・読書(特に歴史小説)・パソコン

 

書く事にしました。テニスも最近は学生時代より練習しておりうまくなってきています。ウクレレは、昨年ひょんな事から始めたので、人前で発表できるレベルまでできる様に頑張りたいと思い一番頑張っています。読書も年間100冊を目標として長谷川先生の様にまとめも作り始めました。パソコンは、逆にやりすぎないようにしないと家族に怒られる程PCの前にいる時間は長いです。

唯、改めて考えてみれば最大の趣味は「仕事」かもしれません。こう見えてもけっこう仕事が好きなんです。

白駒妃登美さんセミナー

2月4日にPAL研究会主催、白駒妃登美先生の

「ニーチェよりドラッガーより日本史です!」

の講演がありました。才色兼備の歴女であるという前評判から、S先生中心にとても楽しみにしていました。会場に着いた時から、S先生の今までに見た事のない満面の笑顔を初めて拝顔させて頂きました。

 

講演の内容は、学生時代からの歴史好きの話・客室乗務員時代に感じた日本人の素晴らしさ・インドネシア人から教えられた太平洋戦争時代の日本人の行い・今まで持っていて自虐的歴史観の見直し・これからの日本人の世界でのあり方等、単なる歴史のエピソードの話だけではない奥深いものがありました。その中でも、栄える民族と滅びる民族の違いは、①理想を失う②心の価値を失う③自国の歴史を忘れる事であり、これは会社や個人・家族すべてに当てはまると考えられます。講演後の懇親会も参加させて貰い、久しぶりに飲み過ぎてしまいました。

 

歴史は勝者が作って来たものです。その時の権力者にとって都合の悪い事は消されていきます。坂本龍馬は今でこそ英雄ですが、明治時代には暗殺者の黒幕の可能性がある薩長の政治家達に抹消されていたと思います。今のこの時代に生きている自分の人生が、今この時だけに正しいだけでなく、後世の子孫たちにとって良き時代であったと感じられるような生き方をしなければいけないと感じました。

 

白駒先生ありがとうございました。

 

交通事故

先日自分の姉が交通事故に合いました。信号待ちをしているところを、後ろから追突されてしまいました。後ろのガラスは大破し、ばらばらになってしまったようです。そのまま救急車で病院へ行きレントゲン等を色々行ったようです。幸いのちに関わる事もなく、大きな出血や打撲もなく済みました。ただ腰痛や手にしびれがあると言っており、これから精査治療を行っていく予定です。生死にかかわる事ではなく良かったのですが、これからの症状が少し心配です。自分は何故かよく後ろから追突されます。4回ほどぶつけられ、すべてが10:0で相手が悪くなるような事故です。幸い大きな後遺症もなく過ぎてきました。これは運が良いのか悪いのかわかりませんが、その時の経験を姉に話して、特に相手の保険やの対応の仕方などをアドバイスしておきました。

最近会社内でも交通事故があり、自分も毎日長距離を運転しているので細心の注意が必要であると改めて感じました。

メモ帳と記憶力

年と共に記憶力が低下してきています。昔は予定表など使わなくても、特に不自由はしていませんでした。しかし、段々年を重ね記憶する能力が低下し、更にインプットする予定も増加する事もあり、大事な予定でも忘れる事も時々あるようになりました。そのために最初はアナログのメモ帳を使うようになり、文明の進化に伴い携帯電話にスケジュール管理をするようになっていきました。そして今は、PC環境がクラウド化したためにどこのデバイスからも予定を入れたり見たりすることができるようになり、格段に便利になり記憶力が低下してきています。アナログの頃は、手書きであるために自分の手で一回書くために、視覚とともに動作によりさらに記憶を確かなものにしてきた気がします。デジタル化していくにつれ、その作業は簡素化され頭を働かせる機会も明らかに減ってきています。更に最近はEvernoteを使って、コピー・ペーストをしているために、本や記事の内容も軽く読んでいるような気がします。それではいけないと思い、最近新たにメモ帳を買って使い始めました。仕事のスケジュールだけでなく、日常生活で感じたことや講演で学んだ事なども、原点に戻って手書きでやってみようと思います。どちらがいいではなく、両方を使って脳の活性化を行っていくつもりです。

人生の定年制

80歳を優に超える老夫婦2人で暮らしていて、寝たきりの奥さんの世話をしている旦那さんがある日自分にこんな事を頼んできました。

 

 

「こいつが死んだら、俺も生きていてもしょうがない。その時は、先生俺に楽になれる注射をプチュッとうってくれないか」

 

 

当然「そんな事はできませんよ」と笑って断りました。なぜ自分は断ったのでしょうか?それは、法律で自分が罰せられるからです。しかし、もし法律で許されていたら、彼からの希望を聞いてあげていたのでしょうか?

 

人間生まれてくる時は、自分から望んできたわけでわけではありません。それならば、自分の人生の最後ぐらい自分で決められてもいいのではないでしょうか。決して自殺を勧めたり老人の生を軽んじているわけではありません。折角神様から与えられた命ですから、無駄にしてはいけないと思っています。唯、最近医師として色々な死を経験していると、人生の定年を作ってもいいような気がするのです。ある年齢になれば、自分自身の意思で人生の幕を閉じる権利を与えてもいいという事です。合法的に安楽死をする事を許すという事です。年齢の設定は大きな問題があると思いますが、今の世間の感覚なら80歳以上として如何でしょうか。勿論もっと生きたい人は、存分に生きてもらっても構いません。80歳以上になったら、自分の人生の幕引きを考え、生前葬を行って家族やお世話になった人にお礼を言っておくのです。当然、後で遺産相続でもめない様に対応もしておきます。そして、自分の主治医に頼んで安らかに家族に見守られて静かに亡くなっていくのです。そうすると、医療・介護の問題や年金問題等多くの問題が解決していくと思われます(これは付随であり、決して主たる目的では当然ありません)。

 

「死に様は生き様である」

 

様々な人生のラストシーンを自分自身は診てきたからこそ、今見えてくるものがあると思います。繰り返して言いますが、決して命を無駄にしたり老人の生を軽んじたりしているわけではありません。「生きているといる事」の定義を考えるという意味において、人生の定年制を作るという事がいいきっかけになるのではないでしょうか。

二つのEBM-                                    Evidence-Based MedicineとExperienced-Based Medicine

ちまたには、様々な健康薬品・食品が散乱しています。宣伝が功を奏した物は、物凄い売り上げを叩き出しています。TVでの有名人の体験談・成功者達のビフォアー・アフタによる効果の視覚化・無料サンプルを使っての引き込みなど様々な手段でその薬の効果を誇示しています。唯それはあくまで個人的感想であり、決して科学的なものではありません。更にOTC(一般用医薬品)の中にも、メタボに対しての効果をうたって、かなり売れている物もあります。その中で、「ナイシトール」といって肥満に効果があると宣伝して、認知度の高いものがあります。しかし、これは漢方薬の「防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)」であり、以前から処方され売られていたものです。これが、上記の様な様々なパッケージ戦略により認知され売れていったのです。

 

 

一般に保険適用に薬剤が認められるには、様々な検査が行われます。大きく言えば、細胞実験・動物実験・人体実験(臨床実験)を経て効果があれば保険に認可されます。この様に、一応科学的な根拠を持って市場にあらわれるのです。唯その中でも、少し違っているのは漢方薬です(申し訳ありませんが認可の方法は詳しく知りません。間違っていたらすいません)。漢方薬は、中国3000年の歴史の中で確立され、様々な生薬を混ぜてでき上っており、「一子相伝」の「北斗真拳」並みの奥義が中には隠されています。この東洋医学の神秘に、西洋医学の科学性を取り込もうとする試みが行われているのです。北里大学東洋医学総合研究所の「EBMセンター」で「メタボリック症候群に対する漢方薬の効果・安全性を検討する臨床試験」等です。これらの事に関する記事があったので一度見て下さい。この記事で印象的であったのが、

 

“EBMセンターでの臨床結果は逐一公表される予定だ。業界に及ぼす影響は大きいが、もし効果がなかったという結果が出ても、「躊躇なく公表したい」と花輪所長は話す。また漢方には、患者の自他覚症状を漢方的なものさしで整理した「証(しょう)」という独自の考え方があるが、 この根拠や有効性についても併せて調査していく方針だという。”

 

最近日本の医学学会の雑誌でも必ず論文の最後に“利益相反”に関する記載が義務づけられている。利益相反とは、平たく言えば金のやり取りである。これは裏を返せば、今までの研究において製薬メーカーとの関わりが強かった可能性を示唆している事でもある。今回の臨床研究において、製薬メーカーにとって不利な情報であっても発表すると責任者が言った事は、欧米では当たり前ですが日本では珍しい事かなと感じました。この手の商品で儲けている色々な世界からの圧力が無い事を願っています。もう一つは、記事にもありますが、漢方は歴史であり経験で成り立っています。これは、科学では解明できない所があるのも事実で、今後の医療は西洋医学と東洋医学の融合する

 

EBM

 

Evidence-Based MedicineとExperienced-Based Medicine

 

が必要かなとも感じました。

インフルエンザ

寒さが本番になり、朝の通勤時の車のフロントガラスも凍結を認めるようになりました。寒さが増すにつれ、インフルエンザにかかる患者様も増えてきています。今年は、インフルエンザだけではなく、マイコプラズマ肺炎も大流行しています。マイコプラズマは、元来特効薬である抗生物質がありましたが、現在流行している菌はその効果が無いものが80%近くあると報道され驚いています。人間と細菌・ウィルスは、人間が特効薬を開発し、細菌・ウィルスがその耐性を持って生き伸びるいたちごっこを大昔から繰り返しています。耐性菌を作らないためには、その抗生物質を乱用しない事が一番大切な事です。風邪の殆どは、インフルエンザでは無いウィルスが原因となっている事が多いです。そのため、抗生物質は細菌の二次感染がなければ不要です。その様な人に、抗生物質を乱用すると耐性菌ができあがるのです。風邪の症状の時には、すぐに抗生剤を服用するのではなく、休息をしっかり取る事が一番大事である事を理解して下さい。