恒例MDCテニス大会

5月13日は半年に一度の恒例のMDCテニス大会でした。このブログにも何度も出てきていますが、18年間も続いています。朝の東名阪の渋滞を避けるために自宅を7時前には出ました。名二環~伊勢湾岸~東名阪の快適な湾岸線のドライブを終え、8時過ぎには四日市市の北勢公園に着きました。半年ぶりに見る鈴鹿セブンマウンテンはとても綺麗で、ドライブするだけでも気持ちが癒されます。今回は、いつもよりやや少なく22名の参加でしたが4チームに分けての団体戦を行いました。到着するなり、半年ぶりに会った看護師さんに「先生痩せましたね」と声を掛けられ、気持ちよく開始する事ができました。一応私も年長者であるためにキャプテンとなり、今回は毎週のスクールの甲斐もありとても頑張りました。その結果は、何とダントツの優勝!!やりました!!久しぶりにテニスバックをゲットして最高の気分でした。

 

今回初参加の素晴らしい先生がいました。彼は台湾出身で、台湾の大学を出た後2年間の兵役をして(台湾は兵役制があるそうです)、日本語を勉強したくて日本に語学留学し、3年で何と通常の勉強もして某有名国立大学医学部に入学しました。彼がその大学を選んだのは、その地に住んで雪山を見たかったからだそうです。台湾で日本語を習った訳でもないのに、会話できるだけでなく医師国家試験まで受かるのですから尊敬ものです。同時に彼から台湾と中国の色々な事も学び、隣国でありながら改めて何も知らなかったことを痛感しました。

 

そんな事もあり、楽しい懇親会も終わり半年後の11月3日開催の約束をして会はお開きとなりました。古くからの友との再会と、新しい友との出会いを作ってくれるこの会に本当に感謝です。

 

優勝賞品のテニスリュックです

「大往生したけれりゃ医療とかかわるなー「自然死」のすすめ」

人間が誰しも平等に与えられているのは、

 

一日が24時間である事と人は必ず死ぬ事

 

であります。この当たり前の事を多くの人が、今忘れているような気がします。TVや新聞紙上を賑わせている殺人事件や事故などの異常な死ばかりを目にする事が多く、通常の当たり前の自然な時間の流れの終焉である死を目にする事が減少し、死に対して恐れを強く持つようになってきています。その結果、通常の死を迎える事さえも忌み嫌うようになり、終末期医療に対して過剰な期待を持ち、その自然の流れを無理やり是正しようとします。そんな不自然な形の現状に対して警鐘を鳴らしているのが

 

「大往生したけれりゃ医療とかかわるなー「自然死」のすすめ」

 

です。非常に共感できることが多く、日常で長谷川先生や自分が在宅診療を行っている時に、患者さんやその家族に対してお話をさせて頂いている事とほぼ同じと思います。

目次を見ると

医療が“穏やかな死”を邪魔している

「できるだけの手を尽くす」は「できる限り苦しめる」

自分の死について考えると、生き方が変わる

“老衰死”コースの目安は7日~10日

などと一般の人にとっては、結構ショッキングな内容と思います。しかし、実際に自分たちの話を聞いて経験した方々は、一様に感謝をされているのが現実です。

最近、自分がまるで何もしないで早く死ぬことを勧めているような医療をしている感じもしていましたが、決してそうではなく

 

“不自然”な道筋を“自然”な道筋に変えている

 

のだとこの本を読んで新たに確信する様になりました。

結構売れているみたいですので、一度読んでみて下さい。

GW回顧録

GWも終わりました。今年は天候があまり恵まれず、雨のために遠出もできなかった人が多かったと思われます。我が家においても、徐々に個々の活動をするようにもなり家族一致での行動も減ってきました。家族で動いたのは、実家へのお墓参りと義理の妹夫婦の新築祝いのPartyだけでした。

 

長男は、中三になり自分での行動も積極的になり、家にいない日も多くなりました。クラブ活動に行ったり、今年は2泊3日で大阪に住んでいる義理の弟夫婦の所へ遊びに行きました。彼は、義弟を兄のように慕っており妻の家にとっても初孫であったために、義弟も長男をとても可愛がってくれて受験や進路についての相談もとても真剣に乗ってくれて、自分や妻のアドバイスよりも真剣に聞いているようでした。わざわざ休みを返上して、長男の希望である関西の学校めぐりに付き合ってくれて義弟夫婦にはとても感謝しています。長男も自分の目で色々な大学を見てきて刺激を受け、これからの勉強等のモチベーションアップに繋がったようです。帰ってきてからの発言も少し大人びた所もあり、親としてはこのままこの気持ちを維持して欲しいと願っております。

 

次男とは、最終の日曜日に映画を二人で見に行きました。「宇宙兄弟」という映画で事前情報はあまりなかったのですが、結構いい映画でした。内容に関しては、結構最近TVでのPRが頻繁の為知っている方も多いと思いますが、子供の頃の夢を兄弟で追い求める自己啓発がらみのムービーだと思います。次男も最近宇宙に興味を持つようになり、宇宙の本等も読むようになりました。自分でメーバブログ開始し、宇宙兄弟の事なども書いており中学になり成長しているなと感じられました。

 

最後に娘とは家の前で一輪車をやったのみでした。最近娘と遊ぶ時間が少なくなっているのが残念ですが、娘が自分から少しずつ離れているのかなと思う所もあり少し不安です。

 

年々子供は変化しますが、自分は大きくは変わりません。何だかうれしいやら寂しいやらの気分です。

 

 

 

 

 

空飛ぶタイヤ

GWも後半戦に入ります。カレンダー通りの休日で、朝はWalkingしていつも行けない所まで足を伸ばしています。午後からも少しゆっくりしており、長谷川先生から借りていた「空飛ぶタイヤ」を一気に見ていました。池井戸潤さんの代表作で、「下町ロケット」も良かったですけれど、この作品も秀逸でした。長谷川先生が勧めるのも頷ける作品です。

両作品共に共通しているのは、

中小企業VS大企業の理念・論理の違い

それぞれの立場における正義・葛藤・戦いがある事

ではないでしょうか。

主人公の中小企業の社長は、自分たちの正義を守るために風車に向って行くドンキホーテの様に大企業に敢然と挑んでいきます。その姿を果たして今の自分たちは、

 

勇敢ととるか無謀ととるか」

 

それは別れる所でしょう。唯、一番彼の考えで素晴らしいと思う所は、

 

「子供に恥ずかしくない生き方をしなければいけない」

 

という点に自分の哲学の中心を置いている所です。親の背中を見て子供は育っていきます。昔は、親の背中を銭湯で流している息子の姿をテレビでもよく見られました。果たして今の自分の背中は、子供たちに自信を持って見せられるものでしょうか?裸になって息子の前に出しても、恥ずかしくない大きな壁になっているのでしょうか?自分では見る事ができないので、妻に聞いてみます。

最終的に逮捕される大企業の取締役も、会社・社員とその家族・そして自分自身の愛する家族を守るために戦ってきたのだと語っています。ただそれに対して、彼の姪の婚約者は、彼を裏切り自己の正義を貫き彼に対して

「気持ちは同じであるが、方法が間違っている」

と言いました。誰もが自分も含めて守るべき誰かのために戦っているのです。唯、その方法は人により違い、「そこに大義がある」が大事になっていくのではないでしょうか。嘘の上に積み重なっていった真実は、いつかは崩れていき正義にはならないはずです。

 

GWもあと少しです。明日は息子と「宇宙兄弟」を観に行ってきます。

 

空飛ぶタイヤ

成年後見制度勉強会

4月28日ザイタック勉強会が行われました。ザイタック勉強会は、地域のケアマネージャーさんとの交流を図る事が目的の勉強会で、今回のテーマは「成年後見制度について」と言う題名で東濃成年後見センター社会福祉士の山田隆司様に講演を行って頂きました。後見制度に関しては、名前は知っていましたが細かい事に関して知識はありませんでした。山田様が経験した様々な事例を中心に、制度の対象から実際の運営まで話して頂きました。自分達が経験するのは、結構普通の家族がお金の管理で苦労する場合の適応であり、それほど大きな問題無く済む事が多いと思います。しかし、今回の講演での事例に関しては、とても大変そうな事例が多く、通常の人が片手間に後見人をする事は困難であると感じました。

これから高齢者人口が激増し、この手の問題が更に大きくなってくると思いますから早めの対応が必要であると改めて勉強させて貰いました。

 

講師は速水もこみちではなく早見優です

転ばぬ先の杖

 

以前にもこのブログに書いたように、我が家の実家は超老々介護の状態でした。90代・80代・70代の3姉妹であり、長女が半寝たきりな状態でした。2女の自分の母親も高血圧が持病にあり、内服治療を行っていました。3女も持病がありましたが服薬は心持たない状態でした。今はやりの銀さんの4人娘の様な皆とても健康な状態では無く(持病はあるかもしれませんが?)、それぞれに年相応な病気を持った一般的な老姉妹であると思います。通常自分が外来でこの様な家族構成を聞けば、間違いなくすぐにでも施設対応を勧めますが、何とか今年始めまでは自分達の力で頑張って日常生活を行っていたためにそのままにしていました。しかし、今年の始めから介護者に当然ですが腰痛などの負担が出現し、介護疲れも出てきました。年をとれば自分の事しか考えられなくなるのも当然であり、段々姉妹とはいえ他人の介護まで目が届かなくなります。やっとここで動き出して、急いで施設の申請を始めるお粗末な対応となりました。通常なら施設にかなりの待ちとなる事が考えられましたが、さすがに日頃の行いが良いのか新規の特養に何とか入れて貰う事ができました :-P

 

日々日常の診察で、長谷川先生も配偶者の介護により何とか綱渡りしている家族に、早急に対応をするように話をしているのをよく聞きます。自分自身もその様な事を患者家族に話している事もあります。唯、いざ自分の身になると、中々現状で間に合っていれば対応が遅れてしまいます。これは、介護だけでなく日常生活の様々なシーンでも当てはまると思います。

現在の状況がそれなりになっていれば、将来の不安・心配事に対して動けないのは3流のアホ経営者にはよくある事です(誰かの良い or 悪い影響ですかね? :mrgreen: )。

やはり早め早めに色々な事を考慮して動かなければいけないと痛感しました。

まさしく

 

転ばぬ先の杖

 

の行動の重要性を感じる今日この頃です。

事実は小説より奇なり

先日訪問診療にお伺いしている末期癌の利用者様が、お亡くなりになりました。基幹病院に入院していましたが、末期癌のために在宅での看取りを希望し退院されました。最初に診させて頂いた時は、お腹に腹水もたまってかなり膨満していましたが、在宅生活で点滴もなくした所すぐに腹部の膨満も軽快し、ご本人も楽になりました。日常生活も通常の生活を行う事も可能で、特にえらくなる事もありませんでした。お亡くなりになる当日の朝、少しえらくなったため訪問看護師に「もうわしも終わりだな」と冗談混じりなでお話をし、その数時間後に奥様の話ですと静かに息を引きとられた様です。

 

ドラマの様なこんな事が実際に起こる時があります。

 

「事実は小説より奇なり」

 

と改めて感じました。

座っている時間と死亡率の関係

 

開業医になると、机の前に座っている時間が長くなりました。勤務医の頃は、外来の時間は週に2コマ程度で、それ以外は病棟の間を走り回っていました。そのため、日常生活でも知らない間に運動を行っていました。しかし、開業医の生活は、毎日外来であり当然運動量は明らかに減ります。幸い午後は訪問診療も行っているために、少しは通常の開業医よりは動いていると思いますが・・・。そのために休日には意識的に運動をするようにしています。今回、座っている時間と死亡率に関する論文がありましたのでご紹介します。

Sitting Time and All-Cause Mortality Risk in 222 497 Australian Adults

 

ー  オーストラリアの45歳以上の一般男女22万2497人(52.4%が女性)を前向きに追跡した。質問票の中の「1日のうち、どのくらいの時間を座って過ごしていますか?」という質問に対する回答に基づいて、座っている時間が4時間未満だった人々は全体の26.3%、4時間以上8時間未満は48.5%、8時間以上11時間未満は18.7%、11時間以上は6.4%だった。質問票の中の身体活動量に関する質問は、1週間の身体活動時間が0分だった人々は全体の5.4%、150分未満が19.5%、150分以上300分未満が20.1%、300分以上が54.9%だった。死亡率は、座っている時間が4時間未満のグループを1とすると、4時間以上8時間未満は1.02、8時間以上11時間未満が1.15、11時間以上は1.40となった。身体活動量が多い人でも座っている時間が長ければ全死因死亡リスクに有意な上昇が見られた。1日のうちの多くの時間を座って過ごす生活は、身体活動レベルにかかわらず、全死因死亡の危険因子であることが明らかになった。ただし、身体活動量が少ない人ほど死亡リスクは高く、心血管疾患などを有する人々でも座っている時間を減らし運動する時間を増やせば、死亡リスクは低下することも示された。ー

 

この論文からわかる事は、毎日の生活での座っている時間が長ければ、いくら週末に運動をしても死亡率が上がってしまう事です。もちろん週末に運動をしない人は、死亡率が高くなるのは当然という事です。やっぱり毎日のエレベーターを使わなとか、近くへは歩いていくとか継続する事が小さな努力が有効であるという事と考えます。

 

今日も外来が忙しくて、1診のH先生は立ち上がる事はありませんでした。周りを看護師が走り回って、座る暇なく色々な処置に対処していました。このビジネスモデルが、か弱い医師達を短命にし、唯でさえ強い看護師の寿命をさらに伸ばしている事を、この論文が証明しているのでしょう

新しい春の息吹

前のブログでも紹介しましたが、4月になり我がクリニックにも受付に新卒1名・パート1名・外来看護師にパート2名が新戦力として加わりました。受付は、4大卒の初々しい女性1名と、販売で鍛え上げられた接客の経験がある女性1名です。受付は同世代が多くなり、看護師との違う世代の交わりもあり、とてもいい感じの化学反応が起きておりこれまで以上に、クリニックの顔ともいえる受付が良くなる気配がしてとても楽しみです。

 

外来看護師も、子供がともに二人いる子育ての真っ最中の女性2名が偶然一緒に入る事になりました。子育てもとても大変なため、時間数には限りがありますが、今当院で頑張っている看護師達も同じ道を歩いてきているため、きっと彼女達の大変さを理解し、適切な指導をして頂き、息長くクリニックで働ける雰囲気になる事をとても期待しています。性格も二人ともそれぞれ個性があり、仕事と家庭の両立ができるように自分達も応援をしていきたいと思いました。

 

4大学新卒の子達は、平成2年生まれです。自分達が医師になった年でもあります。研修医の時に産科で取り上げたあの赤ちゃんがこんなに大きくなったと思うと感慨深いものがあります。

病気の定義

風邪とは何でしょう?(ウィキペディアより)

 

「主にウイルスの感染による上気道(鼻腔や咽頭等)の炎症性の病気で、咳嗽咽頭痛鼻汁鼻づまりなど局部症状(カタル症状)、および発熱倦怠感頭痛など全身症状が出現した状態を指し、このことから上気道感染とも呼ぶ」

東洋医学でも西洋医学でも一般に、安静にして睡眠をしっかりとることは風邪の治癒に良いとされている。

 

クリニックには、風邪と言って上記のような症状の患者さんが多数見えます。高熱ならまだしも、「少し鼻水が出た」「咳が出た」と言って受診し、薬を所望する人が多く認められます。基本的には、安静・睡眠で治るので処方は不要と言っても満足しない顔をしています。そのまま突っぱねる時もあれば、総合感冒薬でお茶を濁すこともあります。決してクリニックは、処方をしても儲からないで医療費の無駄使いだけです。

 

大前研一さんのブログにもこんな事が書いてあります。

 

―原則的に日本では何があっても病院に行けば、とりあえずは診察を受けられますが、実は世界的に見ると非常に珍しいことなのです。北欧の国で高齢者の医療費負担はゼロの場合でも、一方で「病気」が明確に定義されています。例えば、「風邪を引いた」では病院から薬をもらえないこともあります。「風邪」が病気として認められていないからです。その場合には電話口で、薬局で市販されている薬を紹介され、そちらを購入するように言われます。医療費を国庫で賄っている国では、間違いなく、病気を定義しており、日本のように何でもござれというケースは考えられません。この話題については、「テニスエルボー」という有名な議論があります。日曜日にテニスをやり過ぎて肘が痛くなってしまった場合、例えばその肘に貼る湿布薬などは保険の対象外になります。骨折したという場合は別でしょうが、「肘が痛い」くらいであれば、それを「病気」とは認めないということです。公的負担を大きくするなら、このように「病気」を定義することは必須です。もちろん、電話だけで病気か否か判断できるのか?と言われると、多少のグレーゾーンも出てくるとは思います。しかし、そうは言ってもどこかで線引きしなければ始まらないのも事実です。―

 

「病気の定義」と言われて考えた事もありませんでした。「テニスエルボー」の理屈から言うと、生活習慣病も病気の範疇から外れてしまうと思われます。そこまで締め付ければ、皆さんも予防医学に熱心になり、病気にならなくなるかもしれません。

唯、それに伴い医師たちの顔が青ざめていくかもしれませんが・・・・