今回は、認知症の中でも特に多く見られるアルツハイマー型認知症(AD)と、性差(男女の違い)に関する最新の研究成果をご紹介します。これまでの臨床現場の経験からも、「女性の方が認知症になりやすいのでは?」と感じていた方も多いかもしれません。実際、アルツハイマー病患者の約3分の2は女性です。しかし、「なぜ女性の方が多いのか?」という問いには、明確な答えがありませんでした。
そんな中、2025年4月に発表された研究がこの謎に迫る手がかりを提示しました。それが、「テストステロンがアルツハイマー型認知症のリスクを下げる」という驚きの内容です。
目次
1.テストステロンが脳の免疫細胞に影響?
この研究は、九州大学歯学研究院の溝上顕子准教授らによるものです。研究チームは、男性ホルモン「テストステロン」が、脳内の免疫細胞であるミクログリアに働きかけて、オートファジーという細胞の「自浄作用」を活性化することを明らかにしました。
2.オートファジーとは?
オートファジー(autophagy)とは、細胞が不要になったタンパク質や老廃物を分解・再利用するメカニズムのことです。いわば、細胞内の“掃除機能”です。アルツハイマー病の特徴である「アミロイドβ」という異常なたんぱく質は、このオートファジーの力で分解・除去されることが期待されています。しかし、オートファジー機能が低下すると、アミロイドβが脳内に蓄積しやすくなり、病気が進行してしまうと考えられています。今回の研究では、テストステロンがこのオートファジーを活性化することで、アミロイドβの蓄積を抑えることが分かったのです。
3.性差とアルツハイマー病の深い関係
研究によると、ミクログリアに存在するGPRC6Aという受容体がテストステロンを感知し、オートファジー活性に関与しているとのこと。つまり、男性に多いテストステロンがミクログリアの働きを高め、脳内のゴミ(アミロイドβ)を効率よく掃除しているという構図です。
実際に、アルツハイマー病患者の脳を調べたところ、女性の脳ではオートファジーの機能が男性よりも抑制され、アミロイドβの蓄積が顕著であることが確認されました。この発見は非常に重要です。なぜなら、性差が単なる統計上の偏りではなく、ホルモンによる生物学的な違いである可能性を示しているからです。
4.治療・予防における「性差」の視点
私たち医師が認知症を診る際、「その人の性別を考慮して治療方針を立てる」という発想は、これまであまり主流ではありませんでした。しかし、この研究を通して「性別によって発症メカニズムや治療反応が異なる可能性」が浮き彫りになった今、男性・女性それぞれに適した予防・治療戦略が求められる時代に入ったといえるでしょう。たとえば、今後はテストステロンをベースにした治療法の開発や、ホルモンバランスを整えることによる認知症予防といった新たな選択肢が検討されていくかもしれません。
5.すぐにできる予防策はある?
現時点では、「テストステロンを増やせば認知症予防になる」と短絡的に結論づけることはできません。しかし、ホルモンバランスや生活習慣が認知症リスクに影響するという観点は非常に重要です。
特に以下のような生活習慣は、間接的にホルモンバランスや脳の健康を支えるうえで有効と考えられます。
- 適度な運動:筋肉量を維持することで、テストステロンの分泌を促す効果があります。
- バランスの良い食事:特に良質なタンパク質や亜鉛などは、ホルモン分泌に関与します。
- 十分な睡眠:ホルモンの調整や脳の休息に欠かせません。
- ストレス管理:慢性的なストレスはホルモンバランスを乱し、脳への悪影響も大きいです。
6.まとめ:性差を知ることは未来の認知症医療を変える
認知症予防や治療は、これまで「年齢」や「生活習慣」に注目されてきました。しかしこれからは、「性別」や「ホルモン」といった視点も加えた、よりパーソナライズされたアプローチが求められていくでしょう。
今回の研究は、その第一歩となる非常に価値ある成果です。私たち専門医も、性差を意識したケアを提供する準備が必要です。そして、皆さん一人ひとりにも、自分自身の体の仕組みや特性に関心を持っていただきたいと願っています。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。