医師にとって患者さんを診察する時に忘れてはいけないことは、「患者さんを自分の家族と思って診察する気持ち」です。しかし、現実に自分の家族が病気になると、知識がある分、不安や心配がつのるものです。実は、甲状腺機能亢進症は若い女性に発症しやすい病気です。認定内科専門医として何気なく診察していたのですが、自分の身内が罹患した時はあらためて家族の気持ちを知ることが出来ました。今回の記事では、甲状腺機能亢進症患者の家族として、また医師として認定内科専門医の長谷川嘉哉が体感した、7つのポイントを解説します。
目次
1.甲状腺機能亢進症とは?
甲状腺機能亢進症とは、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることによって、さまざまな症状が現れる状態です。女性に多い病気であり、10〜20人に1人発症すると報告されています。
甲状腺ホルモンは、下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(=thyroid stimulating hormone:TSH)が甲状腺の細胞表面にある甲状腺ホルモン受容体に結合することで刺激を受け、分泌されます。
甲状腺機能亢進症では、甲状腺ホルモンではないのに、同じように受容体を刺激する抗TSH受容体抗体ができて甲状腺ホルモンを過剰に分泌してしまうタイプが大部分を占めます。これらは、「バセドウ病」とも呼ばれます。免疫の異常で、体内の正常な組織まで排除する「自己免疫疾患」のひとつです。
2.症状
甲状腺ホルモンは体の新陳代謝を高めるため、過剰に分泌されると常時小走りをしているような状態になります。そのため甲状腺機能亢進症では、食べても食べてもやせてしまう、疲れやすい、よく眠れない、(女性では)生理がなかなか来ないといった症状があります。
特に、心臓がどきどきするなどの動悸、汗をかきやすいといった症状は、階段をあがる、走るなどの運動負荷によって大きく助長されます。また、内臓の働きも活発になり便通の異常(軟便、下痢、頻回な便通)も認めます。他には手足のふるえ、精神的ないらつき、不眠、集中力の低下などもよく見られる症状です。
ちなみに私の家族は、カステラを1本食べても痩せるほどでした。
また、未治療の甲状腺機能亢進症に過度のストレス等が加わった結果、重い甲状腺機能亢進症となってしまうことがあります。これを甲状腺クリーゼと呼びます。甲状腺クリーゼでは、不穏せん妄などの中枢神経障害、発熱、心不全症状、悪心嘔吐などの消化器症状が現れます。一度甲状腺クリーゼを発症すると、死亡率は10%強と生命予後は必ずしも良好ではありません。我が国においては、年間250件ほどの甲状腺クリーゼが発症しています。
3.診断
診断は以下の手順で行われます。
3-1.甲状腺の腫大と血液検査
甲状腺が比較的柔らかくはれていて、痛みやしこりがなく、血液検査で甲状腺ホルモン(fT3および/またはfT4)値が高ければ、甲状腺機能亢進症が疑われます。そして、血液検査でTSH受容体抗体もしくは甲状腺刺激抗体(TSAB)がはっきりと陽性であることが確認できれば、甲状腺機能亢進症の可能性が高いと判断し、専門的な治療を始めます。
3-2.画像診断で確定
甲状腺機能亢進症の中にはTSH受容体抗体が陰性~弱陽性のケースがあり、血液検査だけでは診断が難しいことがあります。この場合は、ラジオアイソトープを用いた画像検査を行います。123Iという放射性ヨードのカプセルを飲み、24時間後に甲状腺に取り込まれている放射性ヨードの量を測定します。甲状腺機能亢進症では、取り込みの割合(=放射性ヨード摂取率)が高くなることが特徴であり、この検査によって正確な診断が可能です。
3-3.健康診断で見つかることも
甲状腺ホルモンはコレステロールの代謝に影響を及ぼします。そのため甲状腺機能亢進症では、コレステロールが低くなる傾向があります。健康診断でコレステロールが低いことがきっかけとなって、甲状腺の病気が見つかることもあります。
4.甲状腺機能亢進症とまぎらわしい3つの病気
甲状腺機能亢進症には鑑別が紛らわしい疾患があります。鑑別には、抗TSH受容体抗体や画像診断が大事になります。
4-1.無痛性甲状腺炎
甲状腺の細胞が破壊され、甲状腺ホルモンが過剰に血液中に漏れ出てきてしまう病気です。慢性甲状腺炎(別名、橋本病)という甲状腺の炎症をもつ患者さん、出産後やステロイド治療の経過中、インターフェロン治療などがきっかけとなって発病します。甲状腺の強い炎症によってホルモンが血液中にもれ出てしまう結果、初期には甲状腺ホルモン値が高くなります。
TSH受容体抗体は陰性ですが、ときどき弱陽性となることもあるので、甲状腺機能亢進症との区別が難しいケースもあります。放射性ヨード甲状腺摂取率の検査では、初期には摂取率が低くなるのが特徴ですので、正確な診断を行う場合はこの検査を行います。この病気は高い頻度で再発することも特徴の1つです。
4-2.亜急性甲状腺炎
甲状腺へのウイルス感染が原因の1つです。一般の風邪症状が出た後、発熱とともに痛みをともなう甲状腺のしこりが出現します。特に甲状腺を触るとかなりの痛みがあります。この時期は甲状腺の強い炎症によってホルモンが血液中にもれ出てしまう結果、甲状腺ホルモン値が高くなります。TSH受容体抗体は陰性ですが、ときどき弱陽性となることもあります。しかし、症状が特徴的ですので、一般的に甲状腺機能亢進症との区別は難しくありません。
亜急性甲状腺炎では、はじめに甲状腺ホルモンの高い時期が1~2ヶ月続きますが、徐々に正常に戻ります。その後甲状腺ホルモンが低くなりますが、これも1~2ヶ月程度で正常に戻ります。
4-3.妊娠
妊娠8~12週くらいをピークに、つわりの時期と重なるように甲状腺ホルモンが高くなることがあります。これは胎盤から分泌されるヒト絨毛性ゴナドトロピン(Human chorionic gonadotropin:hCG)というホルモンが、直接甲状腺に刺激を加えることが原因です。一時的なものですので一般的には治療を要しません。
5.合併することがある主な病気
甲状腺機能亢進症は以下の疾患を合併することがあるので注意が必要です。
5-1.心房細動
昔から甲状腺機能亢進症では心房細動が合併しやすいことは良く知られていました。過去の報告 (杉本ら. 日内会誌, 1989; 78: 577-581)では、2.5%に心房細動の合併があると報告されています。とくに高齢者では、心房細動のみが唯一の症状で、これを契機として甲状腺機能亢進症の診断がつくこともあります。
心房細動については、以下の記事も参考になさってください
5-2.バセドウ病眼症
甲状腺機能亢進症では、眼球突出という、眼が前に突き出たような状態になることがあります。これをバセドウ病眼症といいます。甲状腺機能を適切にコントロールすることによって眼球突出の改善するケースもありますが、程度が強いものは眼科での専門的な治療を要します。なお、喫煙はバセドウ病眼症を悪化させますので、禁煙指導が必須です。
5-3.周期性四肢麻痺
周期性四肢麻痺は、突然に発作として、両側性に全身の筋力が失われ、しばらくして再び正常に戻る病気です。激しい運動や過食の後に起こしやすく、繰り返すことが特徴です。男性に多くみられます。
6.治療法・若い女性には特に注意が必要な理由
患者さんには、若い女性が多いため妊娠を念頭に置いた治療選択が必要です。甲状腺機能亢進症の方の妊娠において最も大事なのは、甲状腺ホルモンが正常にコントロールされていることです。甲状腺ホルモンが高いままで妊娠すると、流産・早産のリスクが高くなります。安全な妊娠・出産のためには、前もって甲状腺ホルモンの値を正常にしておくことが大切です。
バセドウ病の治療は、一般に抗甲状腺薬(メルカゾール、チウラジール/プロパジール)の内服が中心です。妊娠初期の期間中のメルカゾール内服で胎児に影響する可能性がわずかにあるため、妊娠希望の際には妊娠初期にどの薬で治療するのかを考えて準備する必要があります。1年以上妊娠が待てる場合にはアイソトープ治療へ変更することもあります。ちなみに私の家族は、大学生であったためアイソトープ治療を選択しました。
6-1.ラジオアイソトープ治療
簡単かつ確実な治療効果が期待でき、安全で安価なことから、アメリカなどではラジオアイソトープ131Iを用いた治療が最初に行われます。具体的には、放射性ヨードをカプセルに入れて内服します。放射性ヨードは甲状腺にとりこまれ、大きくなりすぎた甲状腺を放射線で焼いて機能を抑えます。外来で治療できますが、妊娠の可能性のある女性には使えません。寛解率(薬が要らなくなるまでに治る割合)は約50%ですが、機能低下になる場合もあります。
6-2.薬物治療
甲状腺の働きを抑える薬を飲みます。症状が強いときには1日6錠から、軽ければ1 日3錠から薬を飲みます。ホルモンのバランスを見ながら徐々に薬を減らしていきます。2年程度は薬を続けないと、薬をやめた後の再発率が高くなるので、症 状がなくなっても根気よく薬を続けなければなりません。寛解率は、2年間で30%程度です。
この治療の長所は、薬を飲むだけなので簡単なこと、比較的お金がかからないことです。短所は時間がかかること、ときにじんましんなどのアレルギーが起きたり、白血球が減ってしまう副作用があることです。肝機能障害や関節炎、血管炎などが起こる場合もあります。
6-3.手術
最近では、あまり積極的には行われません。甲状腺の腫れが非常に大きいケースや、甲状腺に腫瘍が合併している場合、副作用の問題で抗甲状腺薬が使用できない、あるいは抗甲状腺薬で治療効果が得られず、さらにラジオアイソトープ治療も行えない場合に手術を検討します。
7.家族としてラジオアイソトープ治療を選択した理由
私は、家族として以下の理由で、ラジオアイソトープ治療を選択しました。
7-1.治療期間が短く、寛解率が高い
一つは、薬物治療の寛解率が2年間服薬しても30%程度。対して、ラジオアイソトープ治療は短期間の治療期間で寛解率が50%と高い点でが決め手になりました。
7-2.薬物治療とホルモン補充の差
甲状腺機能を抑える薬物治療は、あくまで「薬」です。そのため、常に副作用を気にする必要があります。また妊娠の際の胎児への影響も不安です。一方で、ラジオアイソトープ治療で寛解にならなかった場合は、甲状腺ホルモンを補充します。この場合の、甲状腺ホルモンはあくまで薬ではなく、身体から分泌されているホルモンです。そのため、副作用等の心配が薬に比べはるかに少なくなるのです。
7-3.結果
なお現在、治療後5年経って残念ながら完全な緩解には至っていません。しかし、1日25μgという最低量の甲状腺ホルモンの補充で良好にコントロールされています。
8.まとめ
- 甲状腺機能亢進症とは常時小走りをしているような状態です。
- 身体への負担、合併症を考えると適切な治療が必要です。
- 特に、若い女性の場合は妊娠を念頭に置いた治療選択が必要です。