中高年になると、まぶたが下がることを自覚することがあります。目の見え方には特に、問題がないため、年によるまぶたの皴によるものと片づけてしまう方もいらっしゃいます。実際、眼科を受診しても、眼には異常がないと言われて、様子を見ている方もいらっしゃいます。しかし、まぶたが下がる状態は気持ちが良いものではありません。なかにはセロテープでまぶたを貼っている人さえいます。
しかし、そんなまぶたが下がる状態には、重症筋無力症という病気が隠れていることがあります。重症筋無力症の中でも、眼筋に限定している場合は、手術や薬で症状が改善します。今回の記事では、眼筋型の重症無力症について脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が解説します。
目次
1.重症筋無力症とは?
重症筋無力症は筋肉の力が弱くなる病気で、特に同じ筋肉を何回も動かしていると力が出なくなってくるのが特徴です。厚生省の特定疾患(難病)に指定されています。
1-1.病態
神経と筋肉のつなぎ目では、神経の末端から「アセチルコリン」という物質が筋肉に向かって放出され、筋肉表面に存在する「アセチルコリン受容体」で受け取ります。重症筋無力症の患者さんでは、この「アセチルコリン受容体」を壊してしまう自己抗体(=抗アセチルコリン受容体抗体)が、血液中に検出されます。この自己抗体の作用により、アセチルコリン受容体の数が減ってしまい、筋肉を収縮させにくくなります。これが眼瞼の筋肉でおこるとまぶたが下がってくるのです。
1-2.男女比
女性のほうが1.5〜2倍多いとされています。
1-3.50歳以上の中高年で増えている
近年では男女ともに50歳以上で発症する患者さんが増加しています。まぶたが下がってきたけどが眼科で異常がないと言われたので様子を見ている患者さんで、重症筋無力症の診断がついた方がたくさんいらっしゃいます。
2.眼筋型と全身型の症状の違いとは
重症筋無力症は、まぶたが下がる、ものが二重に見えるなど、眼の症状だけを呈する「眼筋型」と、眼だけでなく手足や飲み込む力など全身の筋力が低下する「全身型」があります。
2-1.高齢者は眼瞼型が多い
前述の眼筋型は、まぶたが下がってくる(眼瞼下垂)や、ものが二重に見える(複視)という症状があります。特に、高齢で眼瞼下垂だけが症状の場合は、「年だから」という言葉で片付けられている患者さんもたくさんいらっしゃいます。
2-2.夕方に悪化する
重症筋無力症の症状は、朝起きたときには何も異常がなかったのに、夕方になると筋力が弱くなるという特徴があります。朝起きると症状が改善している点も、受診を遅らせる一因でもあります。
2-3.全身型
全身型には、以下の症状が見られます。このような症状が出ますから、眼筋型と異なり、多くの患者さんだ医療機関を受診するほどの事態になります
- 球症状:口やのどの動きが悪くなることによって、食べ物が飲み込みにくく、また話しにくくなります。
- 呼吸症状:呼吸に関係する筋力が低下することにより、日常生活の中で息苦しさがでることがあります。
- 手足の症状:手足の筋力が低下することによって、物を持ちにくくなったり、歩くのが困難になったりします。繰り返し運動を続けると早く疲れます。
3.診断
診断は、以下のように行います。
3-1.症状
眼瞼をはじめとする、筋肉に力が入らない症状が、夕方になると強くなる場合に疑います。高齢者の眼瞼型の場合、診察で瞬きを20回ほどするだけで眼瞼が下がってくるほどです。
3-2.血液検査
採血で、抗アセチルコリン受容体抗体を測定します。抗アセチルコリン受容体抗体はこの病気に特異的で、正常人ではほとんど検出されません(0.2pmole/ml以下)。この抗体があれば重症筋無力症である可能性が高くなります。
3-3.診断的治療
テンシロンという、アセチルコリンの分解を抑える薬剤を投与し、眼や全身の症状が改善されるかどうかを確認します。症状が改善する場合、重症筋無力症である可能性が高くなります。
3-4.画像検査
重症筋無力症の患者さんでは高率に胸腺腫を合併し、抗アセチルコリン受容体抗体を産生している可能性があります。治療法を選択する上で重要となりますので、胸部CT検査で胸腺腫の有無を確認します。
4.治療
症状は、以下のようなものがあります。
4-1.抗エステラーゼ薬の投与
神経の末端から放出されるアセチルコリンを分解するコリンエステラーゼの活性を抑制することで、神経筋接合部のアセチルコリンが増加します。アセチルコリンが増えれば神経から筋肉への刺激の伝達が改善され、症状が良くなります。即効性で、筋力を改善させる力も強いのですが、その作用は一時的です。
4-2.ステロイドの投与
ステロイドは、副腎から分泌されている副腎皮質ホルモンを人工的に合成した薬です。アセチルコリン受容体に対する抗体の産生を抑え、神経から筋肉への指令伝達を改善し、筋力を回復します。高齢者の眼瞼下垂の場合は、ステロイドを少量(5㎎)程度の服用で症状が劇的に改善します。ステロイドの少量では、副作用もないため、私は高齢者の場合は、第一選択としています。
4-3.胸腺腫摘出
画像診断検査で、胸腺腫があれば胸腺腫摘除術を施行します。胸腺腫のない全身型の場合、年齢や症状、自己抗体検査結果などを考慮して胸腺摘除術を行うかどうか決めます。高齢者の場合は、ステロイドが著効する点から胸腺摘出術を選択されない場合が多いです。
5.注意
比較的に高齢者の場合は、重症感は少ない病気ですが以下の点に注意してください。
5-1.クリーゼ
感染や外傷、ストレスなどをきっかけに、急激に全身の筋肉が麻痺することがあります。特に、呼吸筋の筋力低下によって急に息苦しくなる状態を、クリーゼといいます。息苦しさが強くなったときは、早めに医療機関を受診してください。
5-2.薬の飲み合わせについて
睡眠導入薬、抗菌薬、排尿障害治療薬など、薬によっては重症筋無力症の症状を悪化させることがあります。他の医療機関を受診するときには、重症筋無力症であることを伝えて下さい。
6.まとめ
- 高齢者の方で、「まぶたが下がる」症状が出た場合は、眼科で異常がなくても一度は、脳神経内科専門医を受診してください。
- 血液検査で、抗アセチルコリン受容体抗体が認められれば、重症筋無力症の可能性が高くなります。
- 診断がついた場合は、ステロイドの少量投与で副作用も殆どなく、著効します。