テレビのコマーシャルで俳優さんたちがしきりと勧めている「肺炎球菌ワクチン」というものがあります。
該当する年度に65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳となる方を中心に、国の助成金によって接種する肺炎予防のためのワクチンです。
実は「肺炎球菌ワクチンで防げない肺炎」があり、日々の診療ではその方が圧倒的に多いのです。ときには、「ワクチンを打っていたのに肺炎で死んだじゃないか」と言われることもあります。残念ながら、それは決して珍しくないことなのです。この記事では5万件以上の訪問診療、500件以上の在宅看取りを経験した在宅医療の専門家、長谷川が肺炎球菌ワクチンとはについて、また肺炎球菌ワクチンだけでは高齢者の肺炎を防げないそ理由をご紹介します。
目次
1.肺炎球菌とは
肺炎球菌とは、市中肺炎(通常の社会生活を送っていてもかかる肺炎)の原因となる、代表的な細菌です。莢膜(きょうまく)とよばれる厚い膜でおおわれているため、体が本来もっている免疫機能が働きにくいのが特徴です。
1−1.高齢者の肺炎を引き起こす原因菌
成人が日常的にかかる肺炎の原因菌としては、肺炎球菌が一番多いといわれています。肺炎で亡くなる方の約95%が65歳以上であることから、特に高齢者では肺炎球菌による肺炎を予防することが重要になります。
1−2.肺炎球菌が増えやすい環境とは
肺炎球菌は主に小児の鼻や喉に住み着いていて、咳やくしゃみによって周囲に飛び散り、それを吸い込んだ人へと広がっていきます。からだの抵抗力(免疫力)が低下している高齢者などが、肺炎球菌に感染すると、肺炎球菌感染症になることがあるのです。
肺炎球菌をもっているのは成人ではごく一部で、また肺炎球菌による肺炎は、小児と触れ合う機会が多い成人ほどかかりやすいという報告があります。アメリカでは2000年に低年齢の子どもに肺炎球菌のワクチンを接種するようになりました。すると、子どもの肺炎だけではなく、高齢者の「肺炎球菌による肺炎」の罹患率も同時に下がったのです。
こうしたことから成人の肺炎球菌感染症は、主に小児に住み着いている肺炎球菌が感染することで起こると考えられています。
1−3.高齢者はちょっとしたことで肺炎になる
まだまだ若いと思っていても、年齢とともにからだの抵抗力は低下しています。日頃、元気で健康的な毎日を送っている方でも、高齢になると、体調の変化などのちょっとしたことがきっかけで肺炎に罹りやすくなります。“Pneumonia is the friend of the aged.”(肺炎は老人の友である)という言葉があるほどです。
1−4.肺炎になると他の症状が進行する
肺炎による入院・安静をきっかけに足腰が衰え、日常生活動作が低下することがあります。同時に認知症になることもあります。結果的に、寝たきりになったり、認知症が進行することで、寿命まで縮まることもあるのです。
2.肺炎球菌ワクチンとは
肺炎球菌によって起こる肺炎を防ぐワクチンです。肺炎球菌には90種類以上の血清型があります。
これに対し、予防ワクチンには「23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン」と「沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン」の2種類があり、それぞれターゲットが異なります。したがって両方を接種した方がより肺炎のリスクを減らせますが、定期接種で用いられているのは「23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン」です。
2−1.主な作用
細菌やウイルスに感染し、感染症にかかると、その病原体に対する抵抗力が体内に生まれます。この原理を応用したのがワクチンによる予防接種です。病原体の毒性を弱めたり、無毒化したものがワクチンを接種すると、実際には病気にかからなくてもその病気への免疫ができ、病原体が体内に侵入しても発症を予防することができます。
2−2.効果
2−3.主な対象(どんな人)
- 65歳以上の高齢者には強く推奨されています。平成26年10月から、高齢者の肺炎球菌感染症の定期接種制度がはじまりました
平成26年10月1日時点において66歳以上の者に対しても1回の接種機会を提供するため、平成 26年10月1日~平成31(2019)年3月31日までの間、時限措置として、各年度に65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳または100歳となる者、および平成26年10月1日~平成27(2015)年3月31日までの間においては100歳以上の者も接種対象となります。
つまり、基礎疾患のない高齢者であれば5年間かけてすべての人に接種することができる、というものです。
2−4.接種方法
- いつ:肺炎は、季節を問わず一年を通してかかる可能性のある病気です。いつ接種しても良いのですが、定期接種制度は時期が限られています。広報等で確認しましょう。
- どこで:各自治体の指定する医療機関で接種することができます。 多くが予約制ですから、前もって電話で確認をしてください。
- 回数:現在65歳以上の方が定期接種制度の対象となる機会は、平成30年度までの間に1人1回です。
ただし、今年度65歳の方が70歳、70歳の方が75歳になった時は、定期接種制度の対象にはなりませんので注意が必要です。 - 費用:助成の有無や、助成内容について、お住まいの自治体(市区町村)によって異なる場合がありますので、詳細は、各自治体へお問い合わせください。
2−5.副作用
接種した部位が赤くなったり、腫れたり、熱を持ったり、痛むことがありますが、通常5日以内で治まります。 そのほか、熱っぽい、だるいなどの副作用の可能性がありますが多くは安静で改善します。
3.誤嚥性肺炎は、肺炎球菌ワクチンで防げない
日本人の死亡原因の第3位となっている肺炎。肺炎球菌ワクチンの接種で死亡率が低下すれば良いのですが、肺炎で死亡する高齢者の多くは、「肺炎球菌」が原因でなく、「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」が原因です。
誤嚥性肺炎は、細菌が唾液や食べ物などといっしょに肺に流れ込んで起きる肺炎です。「誤嚥」という言葉から分かるように、食事中などに食べ物や飲み物を誤って気管にのみ込むことで起こります。但しそれだけでなく、睡眠中などに口腔内の細菌が気管から肺へと流れ込んで起こることもあります。
4.定期接種で5年かけて接種する理由は?
個人的な意見としては、5年かけて接種する理由が分かりません。国は平成 26年10月1日~平成31(2019)年3月31日までの期間で、肺炎球菌ワクチンの助成を行います。平成26年10月の時点で対象年齢でなかった人は、5年近くワクチンを接種することができません。「本当に必要なワクチンなら、5年も待って良いの?」という疑問が生じます。
確かに、通常の社会生活を送っていてもかかる肺炎のリスクは軽減させますが、死亡原因の誤嚥性肺炎のリスクを減らすものではないことは知ったうえで接種してください。
5.併せて行いたい肺炎予防法
ワクチン以外にも肺炎を予防する方法があります。
5-1.お口のケア
予防のために大事なのが「口腔ケア」です。口の中に普通にいる菌が誤嚥性肺炎の原因になるのです。食べかすが口の中に残っていたり、義歯の手入れがきちんとされていなかったりすると、口の中で細菌が増殖し、誤嚥で肺炎を起こしやすくなります。
国内の高齢者施設の入居者を対象に、口腔ケアの有無と誤嚥性肺炎の発症率を2年間追跡したところ、ケアによって発症率が約半分に減らせたとの報告もあるほどです。
歯磨きは、歯だけでなく、頬粘膜や舌、口蓋も合わせてブラッシングしましょう。義歯は毎食後はずして義歯と残存歯を別々に磨き、夜間は義歯洗浄剤につけておきましょう。
5-2.誤嚥を防ぐ食事法
噛む力が弱り、飲み込む力が落ちてくると、食べ物がいきなり喉に入ったときにむせてしまったり、誤って気管に入ってしまったりして、いわゆる誤嚥の原因になります。これを防止するためにとろみが必要です。とろみをつける目的は2つあります。
【1】液状の食材、飲み物の喉へ流れ込むスピードを遅くします。加齢や、病気の為、飲み込みのタイミングが合わなくなって、むせてしまうことがあるので、口の中での水分や、液状の食べ物の動きを遅くさせるのです。
【2】粘度をつけて、食べ物をまとめやすく、飲み込みやすくします。食べ物を噛みすりつぶした後、飲み込むために舌や唾液でまとめるのですが、唾液分泌が少なってきたり、舌の機能が低下してきたりすると、食べ物をうまくまとめることができません。そこで、上手に食べてもらうために、とろみ剤等で粘度をつけて、まとめやすく、飲み込みしやすくなるよう調整するために使います。
5-3.脳血管障害予防につとめる
私は、勤務医のころ100例以上の嚥下造影を行っていました。その結果、脳梗塞や脳出血の既往のある患者さんは、ほぼ100%嚥下障害があることが分かりました。特に、頭蓋内で両側に病変がある方は、間違いなく誤嚥していることも証明されました。
このことから、まずは高血圧、糖尿病、高脂血症といった生活習慣病を予防することが大事です。その結果で起きやすくなる脳血管障害を予防することが、最も誤嚥性肺炎を予防することにつながるのです。
6.まとめ
- 市中肺炎の予防には肺炎予防ワクチンは有効です。
- 高齢者の死亡原因である、誤嚥性肺炎には効果はありません。
- ワクチン以外の誤嚥性肺炎予防もお薦めです。