映画「レナードの朝」は、名画中の名画と言えます。30年にわたる昏睡から目覚めた患者と、彼を何とか救おうとする医師の必死の闘病生活を、自らも精神科医のオリヴァー・サックスの実体験による著作を基に描いたヒューマン・ドラマ。主演も、ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムズの名優が演じており、多くの方に見ていただきたい映画です。
しかし、この映画を観た後には、「こんな病気は本当あるのか?」「こんな現象は本当に起こるのか?」「自分がこの病気に罹ることはないのか?」と一抹の不安を持たれるのではないでしょうか? そこで今回の記事では、脳神経内科専門医である長谷川嘉哉が、映画「レナードの朝」について医師の視点から詳細に解説します。
目次
1.あらすじ
1969年、NYのブロンクスにある神経症病院に赴任してきた青年医師セイヤーは、重度の症状を示す患者たちの脳が眠りのような状態にあると確信、周囲の反対を押し切って新薬L-ドパの投与を開始。効果はてきめんで、30年間微動だにしなかった男性レナードが起き上がったのに続き、他の患者たちも目覚め始めます。生きる喜びを満喫するレナードを見て安心するセイヤーですが、やがて目覚めた患者たちがL-ドパの耐性により薬の効果が薄れていくのです。
2.レナードに起きた病気とは
この映画では脳炎後のパーキンソン症候群の姿が描かれています。レナードに起きていた症状は「パーキンソン症候群」のまさにそれなのです。一般の方には分かりにくいパーキンソン症状や薬の反応がうまく表現されています。映画の内容も脳神経内科専門医としても十分に納得できる表現になっています。
2-1.パーキンソン病とパーキンソン症候群との関係
まず病名のお話をします。歴史的には、「パーキンソン病」が先に確立されて、その後そのパーキンソン病と同じような症状を呈するいろいろな病気や状態が見つかりました。それらをひっくるめて「パーキンソン症候群」という一つの大きな病気の塊として捉えられるようになりました。
2-2.パーキンソン病とは?
パーキンソン病の原因は未だ不明です。安静時の振戦、筋固縮、無動の3大主徴、それに姿勢反射障害も加えて4大主徴があり、これらのうち少なくとも2つが有ればこの病気を疑います.
2-3.パーキンソン症候群とは?
パーキンソン症候群は、パーキンソン病と同じように振戦、筋固縮、無動などのパーキンソン症状を呈しながら明かな病気の原因が見つかるものをいうます。レナードの朝で描かれた脳炎後や、薬剤の副作用によるもの、脳血管障害によるもの、外傷性のもの、一酸化炭素中毒やマンガン中毒によるものなどがあります。レナードに起きていたこれらの主徴は、まさしく脳炎後のパーキンソン症候群に合致するものです。
3.医療介護系の学生にぜひ見て欲しい「症状の様態」
パーキンソン症候群の症状は、医療介護系の学生がとても苦しむ分野です。文章をどれだけ読んでも理解しにくいものです。しかし、この映画を観ると典型的症状が、次から次へと描かれていきます。まさに百聞は一見に如かずです。
3-1.安静時振戦
映画は、以下のような場面から始まります。「レナード少年はどこにでもいる普通の少年だったが、あるときから右手が震えるようになる。そしてその震えは徐々に進行していき、テストの記述もできなくなり、友達と遊ぶこともできなくなっていく。」安静時に出現する振戦が、片側から発症。進行に伴い、両側に広がる過程が見事です。
3-2.歩行障害
歩行は、前かがみの姿勢で小刻みにすり足で歩いています。さらに、歩き出しの一歩が踏み出せない「すくみ足」や歩いているとだんだんスピードが速まる「加速歩行」も映画の随所で細かく描かれています。
3-3.無動
徐々に動作が鈍くなっていき、進行すると覚醒していても、まったく動きがない状態になります。
3-4.高次機能は正常
無動の状態になると、はたから見ると何も考えていないように見えます。しかし、パーキンソンでは、高次脳機能は維持されています。映画の中で、セイヤー医師が「この睡眠病の患者は昼も夜も眠り続ける。目を覚まさせることは可能で、質問にも答えるし、命令にも従う。じっと動かずに座っているだけ。周囲のことは分かっても、凍りついたように動くことも返事をすることもできなかった。彼らは無気力で、鈍感で、まるで死火山のようだ」という表現は、様態を的確に言いあてています。
3-5.薬の耐性
薬の耐性については2つの種類が詳細に描かれています。
- ウェアリング・オフ現象:症状の日内変動です。薬の効く時間が短縮し、次の服用までに効果が消えてしまいます。そのため、映画の中では、薬を次から次へと増やさざるを得なくなっています。
- オンアンドオフ現象:L-ドパの服用時間と関係なく症状が突然に良くなったり(オン)、悪くなったりする(オフ)現象です。映画の中でも、まさに電源が入ったり、切れたりしながら、最終的には電源が切れたような状況になっていきます。
4.劇的な効果「L-ドパ」は本当?
映画のではL-ドパを投与することで、レナードの状態が画期的に改善します。しかし、この効果に疑問を持たれた方もいらっしゃるのではないでしょうか? 実は、専門医の立場からすれば、まさに映画通りに著効するのがL-ドパなのです。
4-1.診断的治療
パーキンソンの診断に迷ったときは、いったんL-ドパを追加して反応を見ます。薬の効果によって診断する方法を、「診断的治療」といいます。投与後4〜7日で効果が出始めて、素人であるご家族が見ても「明らかに動きが改善、震えが減少」というように著効します。この時にパーキンソンであったということが結果からわかるのです。
4-2.点滴で劇的に改善
時々患者さんが、全身状態が悪化して、経口摂取ができずL-ドパも服用できない状態で運ばれてくることがあります。その状態は、まさに「無動」状態です。そのようなときは点滴で補液をしながら、L-ドパを静脈に入れます。そうすると点滴開始後30分もすると著しく改善し、歩いて帰ることができるほどに回復します。その様子は、まさに「レナードの朝」で描かれている通りです。
5.最後はどうなる
薬の効果がなくなると、徐々に以下の状態になっていきます。
5-1.誤嚥性肺炎
無動の状態になっても何とか、介助で食事がとれています。しかし、パーキンソンでは徐々に嚥下機能が障害されます。そのため、食べ物の一部が気管支に流れ誤嚥性肺炎を繰り返します。
5-2.いずれは全身状態の悪化
誤嚥性肺炎を発症すると、絶食して肺炎の治療を行います。それを繰り返すうちに、全身状態は悪化。最後は、肺炎もしくは老衰で命を全うすることになります。
6.現代なら
映画を観られた多くの方は、「自分がこの病気に罹ることはないのか?」と一抹の不安を持たれているのではないでしょうか?幸い、以下の理由で、その心配はありません。
6-1.原因となる脳炎の減少
現在は、衛生状態の改善や各種脳炎ワクチンが開発されてきたため、そもそもパーキンソン症候群の原因となるような脳炎の発症は激減しています。
6-2.早期発見が可能
パーキンソン病も早期の発見が可能となってきました。そのため、映画の中で描かれているような状態まで、未治療で進行することはありません。
6-3.効果のあるパーキンソン病治療薬の開発
現在、パーキンソン病の薬は、次から次へと開発されています。いずれは、IP細胞を使った治療薬もそれほど遠くない時期に実用化されると思います。
7.まとめ
- 映画「レナードの朝」は、名画中の名画です。
- 映画では、脳炎後のパーキンソン症候群について描かれています。
- 医療介護系の学生が観れば、百聞は一見に如かずでパーキンソン症状が、一気に理解できてしまいます。