皆さん、パートナーの方に“何かおかしい”と思うことがあったのではないでしょうか。それは、ぼっとしていることが増えたり、同じ話を繰り返したり、少し前の話を覚えていないということではなかったでしょうか。「認知症検査を受けさせたほうがいいかも?」と考えたかと思います。
久々に御両親や祖父母さんに会った人が、”何かおかしい“と感じることも多いです。ふだん一緒に生活している人だと気付きにくいことが、たまに会った人の場合は、結構気がつきます。
この「気がついた」ことは、結構正しいものです。躊躇せずに対策をとりましょう。しかし、問題のない場合もあります。無理矢理病院に連れて行って、感情的なしこりが残るのではないか、などとお考えの気持ちも分かります。
そこでこの記事では、認知症検査を受けさせるべきかどうかの判断がご自宅でできる簡単なチェックの方法と、病院で行う検査の実際と、受診を前向きに行わさせる方法についてお伝えします。
毎月1,000名の認知症患者さんを診察している認知症専門医の長谷川が皆様にお伝えするものですから、間違いない方法であると自信をもってお勧めできます。お悩みの方はぜひご一読ください。
目次
1.家族でできるセルフチェック
普段の行動を観察し、実際に検査をすることで、病院受診の判断の目安になります。
1-1.普段の行動を観察しましょう
以下の質問は、認知症専門外来で必ずお聞きするものです。以下の6つの項目が一つでも当てはまれば、専門医の受診を勧めるべきものです。関りが少ないご家族によっては答えられない質問もあるでしょうが、一度、時間を取って以下の確認をしてみましょう。
① 薬の管理ができていますか?
専門外の先生では結構放置されてしまうことですが、服薬管理は重要です。月に1-2日分忘れる程度であれば問題ありませんが、月に1週間分単位で忘れるようでは、認知症の可能性は高くなります。
② 料理ができていますか?
この質問に簡単に、『できていると思います』と答えられる方が多いのですが、以下の点まで確認しましょう。レパートリーが減っていませんか?味付けがおかしくなっていませんか?出来合いのものが増えていませんか?これらが否定されて、初めて“料理ができている”と判断します。
③ お金の管理ができていますか?
通帳や財布を失くすことが増えていませんか?ATMが使えなくなって、窓口で出金していませんか?お釣りを払う際に、小銭を組み合わせることができずに財布が小銭だらけになっていませんか?
④ 身だしなみがだらしなくなっていませんか?
認知症の症状で、男性であれば、髭をそらなくなったり、女性であれば化粧をしなくなります。もともと、だらしがないと気が付いてもらえませんので、早期発見のためにも若いうちから身だしなみには気をつけたいものです。
⑤ 知らないうちに、車に傷がついていませんか?
いつも運転している車に傷がついていないか確認してみましょう。何カ所も傷があって問いただすと、『俺は知らん!』と言い張る方が結構いらっしゃいます。
⑥ 他人から指摘されていませんか?
ご近所の方、つまり第三者から『お宅の親御さん少し物忘れが目立たない?』などと指摘されたら、まず認知症と思いましょう。他人の目は冷静ですし、今の時代あえて家族に伝えることは、かなり進行していると思ってください。
実の息子さんや娘さんは、「できれば自分の親は認知症であって欲しくない」と思っています。そのため、冷静な判断ができないものです。ちなみに、家族の中での第三者は、義理の関係の方になります。長男のお嫁さんなどは、冷静に正しい判断をされるものです。(実家に帰って実の娘になると、同様に判断力は鈍ります)
以上の、6つの項目でしたが、いかがでしたか?『一項目でも?』と思われるかもしれませんが、認知症は早期受診が大切です。
認知症の治療薬は神経細胞と神経細胞の間の流れを良くするものです。早期であれば神経細胞の数が保たれているため、治療薬の効果が期待できます。残念ながら、進行してしまうと神経細胞の数自体が減っているので、治療薬の効果は期待できなくなるのです。
1-2.自宅で認知症検査を試してみましょう
以下の検査は、“かな拾いテスト”といって簡単にできる検査です。脳の機能の中でも認知症の初期で低下する前頭葉機能を評価することができます。ゲーム感覚で行えますので、トライしてみてください。
【かな拾いテスト】
次のかな文の意味を読みとりながら、同時に「あ、い、う、え、お」を拾いあげて、○を付けて下さい。制限時間 2分
むかし あるところに、ひとりぐらしのおばあさんがいて、としをとって、びんぼうでしたが、いつもほがらかに くらしていました。
ちいさなこやに すんでいて、きんじょの ひとの つかいはしりをやっては、こちらでひとくち、あちらで ひとのみ、おれいに たべさせてもらって、やっと そのひぐらしをたてていましたが、それでも いつもげんきで ようきで、なにひとつ ふそくはないと いうふうでした。
ところが あるばん、おばあさんが いつものように にこにこしながらいそいそと うちへかえるとちゅう、みちばたの みぞのなかに、くろいおおきな つぼをみつけました。
「おや、つぼだね。いれるものさえあれば べんりなものさ。わたしにゃ なにもないが。だれが、このみぞへおとしてったのかねえ」と、おばあさんは もちぬしがいないかと あたりを みまわしましたが、だれも いません。
「おおかた あなが あいたんで、すてたんだろう。そんなら はなでも いけて、まどにおこう。ちょっくら もっていこうかね」こういって おばあさんはつぼのふたを とって、なかをのぞきました。
採点は、正解の個数から間違いの部分(「あ、い、う、え、お」以外に〇をつけた)を引いたものが点数になります。
結果:正解 ( )点/61点
年代ごとに、以下の点数より低い場合は前頭葉機能の低下が疑われます。
【年齢別境界値】
80歳代:8文字 70歳代:9文字以下 60歳代:10文字以下
50歳代:15文字 40歳代:21文字 30歳代 29文字
20歳代 30文字
早急に、認知症専門医を受診しましょう。
※上記のかな拾いテストはダウンロードしてお使い頂けます。下記リンクをクリックしてください。
2.病院で行う診察
家族によるセルフチェックで認知症が疑われて、受診された場合、専門医が行う診察内容をご紹介します。実は、認知症の専門医は、全国的にも少ないものです。以下で紹介するような検査をほとんど行わず、わずかの質問だけで説明も不十分で薬だけを処方された場合は、医療機関を変えることも考えましょう。
2-1.認知症の診断は、アナムネを重要視する
アナムネとは、患者の既往歴のことで、アナムネーゼの略語です。患者さんの入院歴や病歴を聞くことです。認知症はアナムネだけで診断ができるほど重要なものなのです。しかし、病院でいきなり医師に質問をされても、瞬時に答えることは難しいものです。前もって箇条書きにしてノートに記載しておくと良いでしょう。その際には、遠慮せずにおかしいと思ったことを、全部書くことをお勧めします。ご家族が大したことはないと思ったことが、医学的に重要であることもあるからです。
2-2. 認知症の診断には質問形式のMMSEも必須
大病院では、頭部のCTに始まり、MRI、脳血流シンチと画像検査ばかり行いがちです。しかし、認知症の診断においては画像診断以上に質問形式の側頭葉機能の評価が必須になります。
画像診断は、最低限の頭部CTだけ行えば十分です。検査が画像診断に偏りすぎて、質問形式の検査が不十分で診断が遅れることもあります。
認知症の診断で必須なのが、質問形式の検査です。特に、以下のMMSE(Mini-Mental State Examination)検査は、側頭葉の機能をチェックすることができます。日本では長谷川式認知症スケールもよく使われますが、側頭葉の機能を評価している点はMMSEと同じです。
但し、海外の論文はMMSEで評価されているため、多くの認知症専門医はMMSEを使用しています。MMSE検査を以下にご紹介します。検査の実施には、約束事がいくつもありますので、正式な評価は医療機関で行ってください。
現物(2ページもの)は長谷川嘉哉のサイトからもPDFにてダウンロードできます。
2-3.受診は神経内科がおすすめ
基本は、神経内科がお勧めです。物忘れより、暴言暴力妄想が強い場合は、精神科受診となります。病院によっては老年科が担当していることもあります。多くの方が勘違いされるのですが脳外科は認知症を診察する科ではありません。
緊急を要する病気や事故に対応するのが脳外科です。医師の性格上からも認知症の診察には向きません。(但し開業すると積極的に認知症を診るから不思議です…)
2-4. 費用は保険診療でまかなえる
基本は保険診療で対応します。画像診断の内容にもよりますが、1割負担で3〜5千円です。認知症専門のクリニックでは、予約料として保険外の負担をお願いしていることもあります。確認されることをお勧めします。
2-5. 検査にかかる時間はまちまち
大病院では、待ち時間はまちまちです。初診時は、簡単な診察を行い、予約をして別の日に検査だけ、結果を別の診察日と3回必要なことが多いようです。
当院の様に認知症専門外来では、前もって予約を頂ければ、すべての検査を半日で行います。そして、その日に検査説明を行います。それでも全部で1-2時間は戴いております。
3.受診を前向きにさせるテクニック
実はせっかく自宅でセルフチェックや“かな拾いテスト”を行って、受診をしたほうが良いと判断をしても、困ったことがあります。それは、本人の受診拒否です。
正直、認知症専門外来に喜んで受診される方は殆どいらっしゃいません。当院の患者さんが受診の際に工夫された方法を紹介します
- 健康診断をうけよう:身体の健康診断と言ってクリニックに来てもらいます。通常の胸部XPや採血の流れの中で頭部CTや質問形式の検査をしても、素直に受けてくれるものです。
- 市で決まった:高齢者の方は、公的な決定には比較的素直に従います。“今年から○○歳以上は、頭の検査をする必要がある”と説明すると、拍子抜けするほど素直に従ってくれるものです。
- 子供さんが説得する:正直に、『最近、少し物忘れが目立ってきた。今は良い薬が出ているので、早めに受診しよう!』と話すことで、しぶしぶ受診されるものです。
以上の手順を踏んでもかたくなに拒否される患者さんがいらっしゃいます。残念ながら、この場合は、認知症は結構進行していると判断せざるを得ません。
4.認知症の受診を相談する場所は
それでも迷う方は少なくないでしょう。受診の前に相談できるところをお勧め順にご紹介します。
4-1.ケアマネ
不安に感じた時には地域のケアマネに聞くこともお勧めです。日々、利用者さんを抱えているケアマネは、本当に親身になって認知症診療をしている医師を探しています。結果、専門に関わらず認知症を一生懸命診てくれる医療機関の情報を持っているものです。
4-2.介護経験者
一度でも認知症介護をされたご家族からの情報は有益です。近所にいらっしゃったら、伺ってみてください。まさに生きた情報と言えます。
4-3.公的窓口
認知症の相談に、市役所等の窓口を尋ねられる方がいらっしゃいます。残念ながら、そこで有益な情報が得られることはあまりありません。彼らは、公務員です。どうしても杓子定規的な情報になります。今の時代、インターネットで調べればわかる範囲の情報しか得られません。
いくら評判が良い医療機関があっても、そこを紹介すると宣伝になりますので、情報提供ができないのです。ただし、当院の患者さんの中には、強引に『本当に困っているので、良いクリニックを紹介してください』と懇願して、市役所から教えてもらって受診された方もいらっしゃいます。
5.まとめ “家族の関心に勝る良薬はない”
”何かおかしい“と思われたら躊躇しないで、今回ご紹介した、観察項目・認知症検査を行ってください。結果によっては先延ばしすることなく専門医を受診してください。多くの場合、当事者は受診をすることを嫌がります。その時は子供さん、お孫さんたちが、一生懸命説得してください。
今回、ご紹介した認知症検査を行うためには、ご家族と患者さんのコミュニケーションが基本となります。是非、家族の“何かおかしい”を家族の新たなコミュニケーションの手段にしてみましょう。少し、疎遠になっていた家族関係の改善につながるかもしれません。
最後に、日々の外来で感じること、“家族の関心に勝る良薬はない”をお伝えしておきます。