「服を着替えない」「風呂に入らたがらない」「ボタンを掛けられない」高齢者の方がいらっしゃいませんか?
ご家族としては、「年を取ったからしょうがない」と思いがちですが、実は「失行」という認知症の症状の一つかもしれません。
例えば、お風呂に入ろうとして裸になってもそのまま座っていたりします。今までは出来ていたことが、本人は「どうすればいいか」がわからないのです。他には目立った認知症の症状がないかもしれません。
「日常生活は自立しているが、何か変」。これが「失行」なのです。決して「以前よりだらしなくなっただけだ」と軽視しないでください。
でもどうすれば? どのように対処していけばいいか? このまま認知症が進行するのではないか?
そのようにお考えの方へ、この記事では認知症専門医の長谷川嘉哉が失行について詳しく解説し、よくある事例と対応方法をご紹介します。
目次
1.失行とは?
失行とは文字通り「行為を失う」という意味です。
失うわけですから、”以前は出来た行為”でなければなりません。手足の運動障害が原因ではなく、着替えなど何気なく行っている日常動作が、うまくできなくなった状態を言います。「動作がうまくできない」「手順を忘れてしまう」「道具の使い方がわからなくなる」などが起こります。
2.「失行」代表的な5つの種類
失行には多くの種類がありますが、ここでは認知症専門外来で、比較的よく見られるものをご紹介します。
2-1.着衣失行
最も多くみられる症状です。麻痺がないのに「衣服を正しく着る動作が出来なくなる症状」を言います。衣服の前後、上下などがわからず、袖に頭を入れようとしたり、ボタンをどのように留めればいいのかわからなくなります。
しかし、考えてみてください。服を着る行為はとても複雑です。下着を着て、シャツを着て、ズボンやスカートをはく。それだけでなく、柄をの組合せを考え、季節によって調節をする。通常であれば何気なくやっている行動が、認知機能が低下すると難しくなるのです。
夏に厚着をして脱水になりかかる方もいます。冬にはセーターを何枚も重ね着して、動きが悪くなって転倒される方もいらしゃいます。周囲の方が、着る服を調節することが必要になります。
奥様が着衣失行になられたときに、ご主人は何をどのように着せて良いか困ってしまうのが普通です。そんな中でもいつも奇麗に身支度をさせて来院されるご主人もいらっしゃいます。頭が下がります。
2-2.観念運動失行
特に意識していない自発的な運動はできますが、口頭で指示されたり、マネをしようとしたりするとできない状態です。例えば、「手でグー・チョキ・パーをする」「手を振ってください」と指示されてもできなくなります。
認知症専門外来でも、インフルエンザの予防接種を打つことがあります。その際に「肘を曲げて腰に手を当ててください」とお願いするのですが、上手くできない方がたくさんいらっしゃいます。
2-3.肢節運動失行
熟練した動作ができなくなることをいいます。「運動の記憶が障害され、硬貨をつまめない」「ボタンを掛けられない」などの症状が出てきます。血圧を測定する際、腕を出すためにボタンを外すことに手間取られる方がいらっしゃいます。
2-4.観念失行
物の名前や使い道はわかっているのに、使用することができません。例えば、「はさみは紙を切るもの」など道具の用途がわかるのに使い方がわからない、などです。
「入浴のために服を脱がせても、入浴という観念が理解できずに風呂場の前で佇んでいる」などの症状が現れます。
認知症の患者さんは、もともとお風呂が大好きであった方も、入浴を嫌がることが結構あります。この原因に、着衣失行や観念失行が絡んでいると思われます。「入浴の手順が分からない」「入浴後の着衣が分からない」。結果として、入浴せずに同じ服を着つづけるようです。
2-5.構成失行
物をうまく形にできない失行です。教科書的には、「パズルや積木ができない」「マッチや指を使って図形を作れない」 などと書かれています。ならば日常生活ではどんな問題が起こるのでしょうか?その答えを先日、患者さんのご家族から教えてもらいました。「おばあちゃん、手巻き寿司ができなくなりました」と報告してくれたのです。手巻き寿司は、海苔のうえにお米を適量載せて、バランスよく具を組み合せる必要があります。まさに構成する能力が必須なのです。日々の外来では、教科書に載っていない知識をたくさん教えてもらえるのです。
3.失行の原因
認知症や脳血管障害による「大脳皮質の変化」が原因で起こります。認知症になると必ずみられる中核症状のひとつです。
4.自宅で簡単にできる失行のチェック方法3選+α
ご家族として「何かおかしいな」と思ったら行える方法をご紹介します。認知症専門外来で行っているチェック項目と同じものです。
- 「目を閉じる」「手をあげる」、「頬を膨らます」、「口を開ける」などの単純な運動ができるか?
- 「右手を左手の上に置く」、「体を掻く」など自分に対する運動ができるか
- 指示した行為ができるか、行為のマネができるか?
認知症の検査であるMMSE(Mini Mental State Examination)では、3段階の指示動作を行ってもらいます。
①「右手にこの紙を持ってください」
②「それを半分に折りたたんでください」
③「机の上においてください」
これらに無意味な運動が出たり、行為ができなかったり、明らかに下手になったりした場合には、失行の可能性があります。
MMSEシートは、PDFでダウンロードいただけますので参考になさってください。
認知症検査を受けさせるべきかどうかに悩まれている方は、以下の記事もご一読ください。
5.失行の治療方法
失行の症状は幅広く、見過ごしてしまうものも多いものです。気になることがあればメモを取っておき、専門家や医師に相談しましょう。早いうちに診断を受けて、認知症自体の薬物治療を行うことで進行の予防や改善が期待できます。
6.対応方法
- ご家族にとっては、驚くような行動をとっても間違った行為に対して過度な指摘・訂正をしないようにしましょう。
- 雑音や急がせることで行為が阻害されるため、集中して取り組めるように対応しましょう
- 混乱を防ぐため、一度に複数の指示をせず、一つのことが終わってから次の指示をしましょう
7.若いうちからの予防
失行の症状を診ていると、若いうちからの心がけの重要さに気が付きます。若いうちから身だしなみに気を配ることは、認知症が進行した際にも役立ちます。最低でも毎日、男性は髭剃り、女性ならお化粧はしましょう。若いうちからだらしがないと失行などの症状が出てきても気が付いてもらえなくなります。
ちなみに、身だしなみは自分のためにするものではありません。あくまで相手に対して行うものです。相手に合わせて自分を装うことは、前頭葉を刺激することになり認知症を予防します。
8.まとめ
- 日常生活は自立している高齢者が、時々起こす「何か変な行動」は失行が原因かもしれません。
- 失行は、認知症になると必ずみられる中核症状のひとつです。
- 失行は、見落としがちなので、何か変と思ったら専門医に受診しましょう
認知症かな?と思われたら以下の記事もぜひ参考になさってください。