アリセプト(一般名ドネペジル)は、抗認知症薬として歴史があり、多くの医師に処方されています。そのため、認知症の診断をされるとまずはアリセプトが処方されているケースが多いと思われます。その際、簡単に「認知症の進行を抑えるもの」といった説明だけでは、十分に納得できないのではないでしょうか?
現在、抗認知症薬には4種類ありますが、アリセプトを使うべき病態もあります。逆にアリセプトの副作用が見落とされていることもあります。
今回の記事では月に1,000人の認知症患者さんを診察する長谷川嘉哉が、アリセプトの正しい使い方と副作用を解説して、そのメリットを享受する方法をお伝えします。
目次
1.アリセプトとは
ドネペジル塩酸塩はアセチルコリンエステラーゼ阻害剤の一種で、アルツハイマー型認知症およびレビー小体型認知症の進行を抑制する薬です。エーザイ株式会社より開発され「アリセプト」の製品名で販売されています。認知症治療薬の中でも古くから使用されており、認知症薬で最も有名であり、国内外で大きなシェアを占めています。
2.作用機序
脳は神経伝達物質を介して記憶・学習を行なっているのですが、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症では神経伝達物質の1つであるアセチルコリンが脳内において減少していることが知られています。脳内にはアセチルコリンを分解する役割を持つ酵素であるアセチルコリンエステラーゼがあり、アリセプトはこのアセチルコリンエステラーゼの作用を阻害することで、脳内でのアセチルコリンの濃度を高め神経伝達を助けます。
3.保険適応が認められている症状
アリセプトは認知症の中で最も頻度の多いアルツハイマー型認知症と、3番目に多いレビー小体型認知症に保険適応が通っています。
3-1.アルツハイマー型認知症
抗認知症薬は、簡単に分けるとアクセル系とブレーキ系の薬に分けられます。アリセプトはアクセル系の薬になります。そのため、認知症の患者さんでも物忘れがひどい、意欲がない、言葉数が減った患者さんには効果的です。逆に、攻撃性が強く、易怒性があるような患者さんにアリセプトを処方するのは、火に油を注ぐようなものなので避けた方が賢明です。詳しくは後ほど解説します。
3-2.レビー小体型認知症については使い方が難しい
エーザイさんは、アリセプトにおいてレビー小体型認知症の保険適応を取得しました。これにはジェネリック医薬品対策の意味合いもあったと思います。
しかし、核心となるレビー小体型認知症への処方については私は当初から疑問でした。なぜならレビー小体型認知症認知症は、抗認知症薬の感度が強く、副作用が強く出るものなのです。多くの患者さんでは常用量の5㎎では副作用が多いため、3mg程度がお薦めです。
しかし、この薬の3mgはあくまで使用開始時2週間までしか認められていないため、3mgで継続治療を行いたくても保険で切られてしまうのです。そのため、認知症専門医がレビー小体型認知症にアリセプトを使用することはあまりありません。
それならば、4段階で細かい量設定ができるリバスタッチ/イクセロンパッチを使用することが多いのです。また、レビー小体型認知症は嚥下障害を伴うことも多いため、肌に貼って使えるリバスタッチ/イクセロンパッチの使用がより効果的なのです。
結果的に、エーザイさんはコマーシャルまで使ってレビー小体型認知症に対するアリセプトの適応拡大をアピールしましたがマーケティング的に失敗に終わったのです。
4.アリセプトを積極的に使用したいケースとは
4種類の抗認知症薬のなかで以下のケースはアリセプトを積極的に使用します。
4-1.MCI(早期認知障害)の場合
側頭葉機能は維持されているが、前頭葉機能が低下しているMCIにはアリセプトを選択します。この場合、アクセル系の抗認知症薬のレミニールやリバスタッチ/イクセロンパッチでも良いのですが、レミニールは1日2回服用する必要がある点、パッチは貼っていることを他人に見られる心配がある点からあまり現実的ではありません(社会的に活躍している人が多いため)。
また長期の服用になるため、抗認知症薬の中で唯一ジェネリックがあるアリセプトは選択しやすくなるのです。
4-2.アルツハイマーも初期なら改善の可能性
抗認知症薬は進行を押さえるだけではありません。抗認知症薬は神経細胞間の流れを良くします。したがって、神経細胞の数が維持されている初期であれば改善が期待できるのです。
ただしこの場合は、第一選択薬は意欲を高めたり、言葉数を増やすことがより期待できる点から、リバスタッチ/イクセロンパッチが第一選択となります。しかし、リバスタッチ/イクセロンパッチは約30%の患者さんにおいて皮膚症状の副作用がでるため、こういう方には継続使用ができません。この場合に、アリセプトを使用することになります。
4-3.若年性アルツハイマーの場合
65歳未満で発症したアルツハイマー型認知症を若年性アルツハイマーと言います。通常、65歳以降の発症例に比べ、進行が速いとされています。私の個人的な経験ですが、若年性アルツハイマーの方に、アリセプトの最大量の10㎎を使用したケースで10年以上経過しても症状が抑えられているケースを経験しています。そのため若年性アルツハイマーの患者さんの場合、10㎎までの増量を視野に入れてアリセプトを選択するのです。
5.処方と服薬の方法
一日一回3mgから開始し、副作用の有無を観察した上で、通常は1~2週間後に一日一回5mgに増量し継続します。高度のアルツハイマー型認知症では5mgを4週間以上継続した後に、一日10mgに増量することができます。
3mgから処方を開始するのは副作用の出現の有無を見極めるためと、薬を内服することで起きる神経伝達物質の変化に身体を慣れさせるためです。
いずれも一日一回内服します。食後であるか空腹であるかは吸収に影響しないため食事のタイミングに縛られず飲むことができますが、他の薬とタイミングを合わせて朝食後に処方されることが多いです。但し、薬が体に留まる時間(半減期)が長いため飲む時間による血中濃度への影響は少ないです。つまり、一日の中でいつでも良いので一回、身体の中に入れてもらえれば大丈夫です。
6.気になる副作用について
副作用を気にされる患者さんがいらっしゃいます。しかし、薬としての効果があるものは、同程度の副作用があるものです。副作用のない薬は、効かないのです。副作用も理解したうえでの服薬が大事なのです。
6-1.胃腸症状
代表的な副作用として、食欲不振、嘔気、嘔吐、下痢などの消化器症状があります。多くは内服開始後および増量後に出現します。軽度なものであれば多くは様子をみているうちに体が慣れてきて自然に軽快します。個人差がありますが、軽度の場合はおおむね数日~1週間程度で治まる方が多いようです。
症状が比較的強かったり長引いたりする場合は整腸剤や吐き気止めなどを併用することで内服を継続できることもあります。重度の場合には基本的に中止または減量が必要になります。
6-2.陽性症状
アリセプトを長期にわたって服薬していると「興奮」しやすくなることがあります。その他にも過剰な感情反応で、易怒性や易刺激性、攻撃性といった症状を呈することがあります。この症状は、脳が刺激を受けやすくするアリセプトの効果が過剰に表れたと考えられます。この場合は、アリセプトを減量・中止します。もしくは落ち着かせる作用のあるメマリーを併用することで対応します。
6-3.徐脈・不整脈
脈が遅くなる除脈、脈が正しい間隔で打たなくなる不整脈などの副作用が報告されています。ただし、これらの症状は高齢者の場合はもともと合併しやすいため、すべてが副作用とはいえません。そのため当院では、服薬前に必ず心電図をとることで、服薬後の変化が分かるようにしています。
7.飲み合わせについて
比較的患者さんは、他の薬との飲み合わせを気にされます。しかし、アリセプトについては併用については、あまり心配する必要はありません。敢えて言えば、アリセプトの副作用ではないのですが、認知症患者さんの場合、総合感冒薬により不穏症状を呈することがありますので安易な併用は避けるようにしましょう。
8.ジェネリック(後発)医薬品について
2011年にドネペジルの日本での特許が切れたことに伴い、各社からジェネリック(後発)医薬品が販売されています。薬価はメーカーにより異なりますが、おおよそ先発品の半額~6割程度のものが多いようです。内服が長期にわたる認知症においては自己負担の軽減に有効です。
ただし有効成分については同一であっても添加物については異なるため、患者さんによってはジェネリックに変更後、急激に認知機能障害が進行することがあります。そこで先発品に戻すことで、症状も改善したケースも数例あります。先発品からジェネリックに変更された場合は、患者さんを注意深く観察することが大事です。
9.認知症=アリセプトと決めつける時代ではない
お伝えしたように、抗認知症薬は4種類あり、その方の症状に応じて使い分けをすることが大切です。「認知症」だからといって、漠然とアリセプトを処方する時代ではないのです。脳の活動を積極的にする「アクセル系」の薬として、アリセプト、レミニール、リバスタッチ/イクセロンパッチがあり、感情を穏やかにする「ブレーキ系」の薬としてメマリーがあります。
それぞれの特徴については以下の記事で詳しく紹介していますので、参考になさってください。
10.まとめ
- 現在は、患者さんの症状・特性に合わせて抗認知症薬を使い分けます。漠然と、アリセプトを処方する時代ではありません。
- ただし、今でもMCIの段階や、若年性アルツハイマーの患者さんにはアリセプトを積極的に使用します。
- ジェネリックは自己負担の軽減には有効ですが、変更によって悪化することもあるので、患者さんを注意深く観察することが大事です。