「認知症は遺伝するのですか?」 認知症専門外来をやっているとよく質問される言葉です。
親が認知症になった場合、「自分も認知症になったらどうしよう」と思うのは自然です。
今回の記事では、毎月1,000名を超える認知症患者さんを診察している認知症専門医の長谷川が、認知症に関わる遺伝子のなかでも重要な遺伝子の一つ、アポE(APOE)遺伝子についてご紹介します。
目次
1.認知症は遺伝するのか?
分かっていることもありますし、分かっていないこともあります。現時点ではっきり言えることが三つあります。
1・ごくまれに単一遺伝子の異常が子に受け継がれて発生することがある。
2・どのような疾患も血縁者は再発率が高いという経験則がある。
3・それとは別に発症率を高める遺伝子が存在し、人によって遺伝することがある。
ここではこの3点を解説します。
1−1.家族性アルツハイマー型認知症はごくわずか
明確な単一遺伝子の異常により発症する認知症は、家族性アルツハイマー型認知症と呼ばれます。しかし、頻度的には認知症全体のわずか2〜3%程度です。家族性アルツハイマー型認知症は、通常35〜60歳までに発症する特徴があります。
1−2.原因ははっきりしないが、血縁者のリスクは高い
認知症の大多数を占めるアルツハイマー型認知症の場合、明確な単一遺伝子の異常は認めません。しかし血縁者における再発率が高いことや一卵性双胎(双子)において同じ疾患に罹患する頻度や高いことは医学界ではよく見られます。
実際、ご家族にアルツハイマー型認知症がいると発症するリスクは通常の約3倍程度と考えられています。
1−3.特定のApoE遺伝子を引き継ぐとアルツハイマー型認知症の確率が上がる
認知症においては、明確な遺伝子異常を持つケースは少ないのですが、発症率を高める遺伝子は存在してます。遺伝子のうちの一つ、アポリポたんぱくE(ApoE)を作り出すアポE遺伝子がそれです。アポE遺伝子はアルツハイマー病や高齢者の認知機能低下に関与すると言われています。
2.特定の遺伝子が認知症の原因
2011年8月22日、認知症とアポE遺伝子の関係について、衝撃的な記事が日本経済新聞に掲載されました。ここに抜粋して紹介します。
東京大学、東京都健康長寿医療センターなどは、特定の遺伝子型を持つ人で、アルツハイマー病の原因物質が若いうちから脳内に蓄積し始めることを突き止めた。日米豪の182人を対象にした調査で、「アポE」と呼ばれる遺伝子の4型を持つ人は持たない人に比べ、蓄積が約11年前倒しで始まることがわかった。
これは、60~80歳代の人を「認知機能が正常」「多少物忘れがある」「アルツハイマー病の症状がある」の3段階に分け、陽電子放射断層撮影装置(PET)撮影や血液検査を実施したものです。病気の原因物質の一つとされるアミロイドベータの状態と遺伝子型の関係を分析しました。
研究チームは、アルツハイマー病と関連があるとされる脂質運搬などにかかわる遺伝子アポEの4型に注目。遺伝子には父親、母親由来の2つがあって、アミロイドベータが脳に一定量蓄積する人の割合は年齢とともに増えるが、4型を一つ持つ人では実年齢より11歳年上並みの割合になったということです。4型を二つ持ってしまった方は、なんと23歳年上と同等だったとしています。
また物忘れが出始めたが発症前の「予備軍」の6~7割は4型を持っていた。記事では、成果は若年性アルツハイマー病発症の解明にも役立つとみているとありました。
報道の元となった発表が、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術開発機構のサイトにありましたのでご紹介します。
2.アポEの遺伝子型は6パターンある
アポEという遺伝子型には2型、3型、4型の三種類があり、父親から一種類、母親から一種類を受け継ぎます。つまり、子どもが持つアポEの遺伝子パターンは、「2・2」「3・2」「3・3」「4・2」「4・3」「4・4」の6種類のうちいずれかになります。
このうち、4を一つ持つ人は実年齢より11歳年上相当に、二つ持つ人は23歳年上相当である、ということが分かったのです。
実は、アポEと認知症の関連については以前から知られていました。「脂質運搬などにかかわる遺伝子アポEの4型をもつ人は、アミロイドベータを蓄積しやすい」ことがわかっていたのです。しかし、測定自体が研究レベルであったため簡単に測定することができませんでした。しかし、最近では血液を採れば検査データで測定できるようになり臨床データとの関連が明らかになってきたのです。
3.アポEタイプ4のアルツハイマー型認知症のリスクについて
アポEの4型遺伝子は変異型であり、脳内でアミロイドベータタンパクの凝集、線維化を促進させる作用があります。この遺伝子タイプを持つ方は持っていない方に比べアルツハイマー病の発症率が3~10倍高いことが明らかになっています。つまり、アポE4型遺伝子を多く持つほど、アルツハイマー病等のリスクが高まるのです。
表.アポE遺伝子によるアルツハイマー型認知症への影響
遺伝子型 | オッズ比 |
E3/E3 | 1.0 |
E2/E4、E3/E4 | 3.2 |
E4/E4 | 11.6 |
E2/E3 | 0.6 |
E3/E3の遺伝子型を持つ人を基準に、アルツハイマー病を発症するリスクをオッズ比で示しています。これによると、E4を一つ持っている人で、3.2倍、E4を二つ持っている人で11.6倍の発症リスクがあることが分かります。
4.認知症専門外来でも比率は多い
アポE遺伝子の4型は認知症の発症に大きく関わっています。実際に、認知症専門外来においては、アポE遺伝子の4型を持っている方が多くみられます。
4型を一つ持っている患者さんは、一般社会での頻度は15%程度ですが、認知症専門外来では30%と通常の2倍になります。
4型を二つ持っている患者さんは、一般社会での頻度は1%程度ですが、認知症専門外来では10%いらっしゃいます。つまり通常の10倍になるのです。
つまり、認知症初診の患者さんのうち4割程度は、4型を持っているのです。
5.アポEを測るべき人とは
遺伝子検査は、その結果に対して明確な治療・対策がありません。そのため、検査自体にも賛否があります。しかし、以下のようなケースではアポEの測定がお勧めなケースがあります。ただし、検査の実施には患者さん自身の同意を必要とします。
5-1.中小企業の経営者
中小企業の経営者の方は自主的に測定を希望される方が多くいらっしゃいます。実際、経営者である患者さんが60歳代で認知症を発症。突然、幹部を首にしたり、経営判断を間違えるケースがありました。(ちなみにその経営者はタイプ4・3でした)
このような方は事前に把握されることで、将来に備えることができます。
5-2.身内に重度の認知症の患者さんがいる方
これはお勧めというより、ご家族が自主的に測定を希望されることが多いです。もし自分に素因があれば、早い段階から治療をすることにつながります。
5-3.既に発症していて、予後が知りたい方
APOEのタイプによっておおよその進行が想像できます。特に4・4の方は進行が急激で、在宅生活が困難になることが殆どです。これも早めに把握しておくことで、取るべき対応を想定しておくことができます。
6.検査できる医療機関とは
私のクリニックでは、株式会社 MCBI(Molecular and Clinical Bioinformatics)の血液検査「MCIスクリーニング検査」および「APOE遺伝子検査」を提供しています。2017年12月の時点で全国1,502件で実施可能です。以下のサイトで実施医療機関を知ることができます。
7.アポEのタイプ4を持っていると分かったら?
もし測定をして、アポEのタイプ4を持っていると言われたらどうすればよいでしょうか。ここでは私の考える対処法をお伝えします。
7-1.一つだけなら生活習慣で対応可能
遺伝子があるからといって100%発症するわけではなく、ない人に比べると発症しやすいということをご理解ください。『あっても過剰な心配はせず、なくても安心はしない』というスタンスが大切です。
実際に初診の患者さんのうち、六割は4型を一つも持っていない方なのです。
病気には後天的な誘発因子(生活習慣や嗜好など)も大きく影響しています。4型を一つ持っている患者さんでも、早期の治療・対策で改善維持されている方もたくさんいらっしゃいます。
7-2.前頭葉機能低下していたら進行予防目的での服薬も
しかし、念のため詳細な検査をするべきです。そこで少しでも前頭葉機能の低下が認められたら抗認知症薬の服薬をお勧めします。仮に症状が出ていなくても主治医の先生と相談のうえ、投薬をお願いしてみましょう。
7-3.引退を前提とした人生設計も
残念ながら、4型を二つ持つ場合にはかなりの頻度で認知症を発症します。経営者なら引退を前提とした経営をしましょう。要介護者の場合は、早い段階で施設入所を検討しましょう。
8.まとめ
- 認知症は明確な単一遺伝子異常を持つケースは少ないのですが、発症率を高める遺伝子は存在してます。
- アポE遺伝子4型はアルツハイマー型認知症の発症に影響します。
- アポE遺伝子の測定に際しては、結果・予後等を十分検討しましょう。