認知症というと治らないと思われがちです。しかし、認知症の中には、手術によって改善するものもあります。認知症の患者さんが、失禁をするようになり、歩行が悪くなっても、高齢だからとあきらめがちです。しかし、その中に正常圧水頭症という病気が隠れていることがあります。当院の認知症専門外来でも、初診でお越しいただいて、すぐに脳神経外科に手術目的で紹介して、改善するケースがあります。
今回の記事では、治る認知症の代表疾患の一つ、正常圧水頭症についてご紹介します。
目次
1.正常圧水頭症とは?
人間の脳や脊髄は、硬膜という容器のなかで、脳脊髄液に満たされています。脳脊髄液により、脳や脊髄は外からの衝撃から保護され、必要な成分を供給されています。
そんな脳脊髄液の量は、130㎖程度とわずかなのですが、毎日500㎖程度産生されており、1日に3〜4回は入れ替わっているのです。高齢者に髄液の流れの障害が起こると、脳内に脳脊髄液が溜まってしまいます。その結果、起こる病気が正常圧水頭症です。
主な症状は、認知機能低下、歩行障害、尿失禁が3徴候と言われています。
2.正常圧水頭症3つの徴候の特徴とは
3徴候には以下の特徴があります。
2-1.歩行障害
最初に発症する症状としては、歩行障害が最も多いです。歩幅が狭くなる小刻みな歩行、床をするようなすり足歩行、足が前に出にくいといった特徴があります。あとで紹介するシャント手術で最も改善しやすいのも、歩行障害です。
2-2.認知機能障害
いわゆる認知症のような、物忘れがみられます。その他にも、自発性が低下、無関心、動作緩慢などの症状も出現し、外見だけではアルツハイマー型認知症認知症と区別はつきません。
2-3.尿失禁
あまりに目立たなかった尿失禁が増えてきます。3徴候の中では最も遅くに出現することが多いのです。
3.正常圧水頭症は見逃されやすい、とは
正常圧水頭症は、実はとても見逃されやすい特徴があります。
3-1.3徴候がすべてみられるのは半数程度しかない
多くの医師は、正常圧水頭症=認知機能低下、歩行障害、尿失禁の3徴候と思いこみがちです。そのため、3つの症状が伴わないと正常圧水頭症でないと判断してしまうのです。実は、3徴候がすべてみられるのは、半数程度です。一つでも症状があれば、疑う必要があるのです。
3-2.高齢者ならやむを得ないと思われがち
3徴候の認知機能低下、歩行障害、尿失禁は、高齢者にはいずれも良く見られる症状です。そのため、家族も医師もあまり関心を持たないことも多いのです。そのような見逃しを減らすために、当院では、初診時とその後の定期的な頭部CT撮影は必須にしています。治る認知症を見逃すわけにはいかないのです。
3-3.パーキンソン病と誤診されてしまうことも
歩行障害から、パーキンソン病と誤診されているケースも結構見られます。パーキンソン病と診断する場合は、ドーパミンが著効することが必須です。この場合の著効とは、素人であるご家族でも「薬が効いている」と実感できるほどの改善レベルです。効果がはっきりしない場合は、ドーパミンは継続することなく、中止する必要があります。
4.診断方法は?
患者さんの年齢で3徴候のうち一つ以上があれば、頭部CTを撮影します。つまり、認知症専門外来で、認知機能の低下があれば正常圧水頭症を鑑別するために頭部CTは必須ともいえるのです。
4-1.頭部CT
頭部CTでは、脳室の拡大を認めます。ただし、脳室の拡大が著明でなく軽度なこともあるので注意が必要です。つまり、頭部CTだけでは、確定診断に至りません。
4-2.髄液排出試験(タップテスト)が重要
正常圧水頭症の診断では、髄液排出試験(タップテスト)がもっとも診断的価値が高いとされています。患者さんに横を向いて臥床してもらって、腰椎から30㎖の髄液を排除して症状の改善を観察します。髄液の量は、約130㎖ですから、30㎖というと結構な量を抜くことになります。
改善の基準としては、3m往復歩行することで10%以上の改善、認知機能を評価するMMSE(minimentalstate examination)が3点以上改善することで判断をします。
5.治療法について
手術が唯一の治療法です。
5-1.脳室・腹腔内シャント
脳室内と腹腔内をチューブでつなぎます。間のチューブは、皮下を通します。
5-2.腰椎くも膜下腔腹腔シャント
最近、増えてきている手術方法です。腰椎のくも膜腔と腹腔をチューブでつなぎます。脳に直接侵襲が加わらないため、低侵襲な手術です。ただし、シャントの流れの調整のために可変式バルブの使用が必要であり、定期的な経過観察を必ず行わなければなりません。また、シャントの閉塞等が起こりやすい欠点があります。そのため、術後の定期的な診察が大事になります。
5-3.積極的に手術をお薦めする人は?
外来の患者さんには、正常圧水頭症の診断がされても、年齢、状態、合併症から様子観察される方も結構いらっしゃいます。逆に、年齢が、70歳前後で、髄液排出試験(タップテスト)が著効して、合併症が少なければ積極的な手術をお勧めします。
6.まとめ
- 認知機能低下、歩行障害、尿失禁のうち一つでも認められたら、治る認知症、正常圧水頭症を疑いましょう。
- 頭部CTで脳室拡大が診られれば、髄液排出試験(タップテスト)がお勧めです。
- 年齢が70歳前後で、髄液排出試験(タップテスト)が著効して、合併症が少なければ積極的な手術をお勧めします。