このブログに対して多くの感謝のお手紙やメールをいただいています。「勇気を出して医師にこの病名を伝えたらようやく診断がついた」、「整形外科を3軒廻っても診断がつかなかった」、「診断治療まで3か月かかってしまった」などの内容です、
そんなリウマチ性多発筋痛症(Polymyalgia rheumatica :PMR)という病気をご存知でしょうか? 難しい名前なのであまりご存知ではないと思います。この病気になると、高齢者の方が突然、原因もなく体中の痛みを訴えて動けなくなります。慌てて医療機関に受診しても、いくつもの科を回されたあげく診断がつかないこともあります。
実は、この病気はリウマチと名がついていてもリウマチではありません。適切に診断されればステロイドが著効して、数日で症状は取れてしまいます。逆に、見落とされると患者さんは何日も痛みに苦しむことになります。ですから絶対に見落としてはいけない疾患ですが、この病気自体をご存じない医師も結構いらっしゃいます。
その結果「高齢だからしょうがない」「歳を取れば誰でもどこかが痛くなる」と放置されることさえあります。
今回の記事では、認知症専門医として高齢者医療に携わる長谷川嘉哉が、リウマチ性多発筋痛症を見落とされないためのポイントをご紹介します。ときには、ご家族の方から医師に「リウマチ性多発筋痛症ではありませんか?」と聞いてみても良いかもしれません。
目次
1.リウマチ性多発筋痛症とは?
リウマチ性多発筋痛症とは、明らかな原因がないのに、肩、腰周囲等の筋肉痛を起こす病気で、血液でCRP高値、血沈亢進などの炎症反応を認めるのが特徴です。患者さん自身は高齢であり、自分自身で筋肉の痛みがあることも訴えられないことも多々あります。ただ動けなくなるため、時には脳の病変を疑われることもあります。まずは医師がこの病気を疑い、適切な検査を行ったうえで。関節リウマチなどの膠原病や感染症を否定しながら総合的な診断を行うことが必要です。
2.リウマチ性多発筋痛症の特徴
リウマチ性多発筋痛症には特徴があり、慣れてくると診断は比較的容易です。
2-1.頻度
リウマチ性多発筋痛症の頻度は、関節リウマチの十分の一以下と考えられます。アメリカでは、人口10万人で18.7~68.3 人、とくに50歳以上の人口10万人に対しては年間50人ほど発病するとされています。日本人は欧米人よりもずっと少ないとされているのですが、私の外来では、月に一人程度は診断します。個人的には、「多くの日本の医師が見落としているのでは?」と疑っています。
2-2.好発年齢
教科書的には、「50歳代以上の方に多く、発症時の平均年令は65歳くらい」と言われていますが、私の印象ではもっと高齢です。特に80歳前後の患者さんに好発します。
2-3.症状
全身の症状、筋肉の症状、関節の症状の3つが主です。
- 全身症状としては、あまり高くならない発熱(80%)、食欲不振(60%)、体重減少(50%)、全身倦怠感(30%)、抑うつ症状(30%)などがみられます。そのため、「感染症にともなう全身状態の悪化」と誤診されてしまうことも多いのです。
- 筋肉の症状としては、両側の肩、くび、腰、臀部、大腿などに痛みやこわばりがでます。半数以上の人ではこの肩周囲の症状が最初に現れます。しかし一般に筋力が低下することはありません。但し、80歳を超えた患者さんでは、筋肉の痛みを訴える事も出来ず、「ただ動けない」ことが多いのです。
- 関節の症状として朝から手のこわばりや関節痛がみられます。但し、関節リウマチのように関節が腫れることはあまりありません。
3.検査が不十分だと感染症が疑われることも
検査所見は、以下のような特徴があります。
3-1.炎症反応の上昇
我々は、身体の中の炎症所見の有無を診る際に、C反応性蛋白(=CRP)を測定します。CRPは、体内で炎症反応や組織の破壊が起きているときに血中に現れるタンパク質です。通常のCRPは0.3mg/dl以下ですが、リウマチ性多発筋痛症では10mg/dlを超える例も少なくありません。
通常CRPが10mg/dlが超える場合は、気管支肺炎、急性胆嚢炎、腎盂腎炎を疑うような高いレベルです。しかしこれらの感染症のように白血球数が増えたり、好中球の割合が増えることはあまりありません。
3-2.筋肉は崩壊しない
筋肉痛を訴えますが筋破壊所見はなく、血清クレアチンキナーゼ(creatine kinase, CK)などの筋原性酵素の上昇は通常みられません。従って、リウマチ性多発筋痛症を疑った場合は、必ずCKを検査項目に入れる必要があります。(入れ忘れる先生が結構います)
3-3.リウマチは否定
リウマチ性多発筋痛症はリウマチではありません。リウマチを否定するためには抗CCP抗体の検査で分かります。抗CCP抗体は、今までのリウマチ因子検査よりはるかに鋭敏であり、正確にリウマチの発症を予測できる検査です。そのため、リウマチ性多発筋痛症を疑った場合は、必ず抗CCP抗体を検査項目に入れる必要があります。(やはり入れ忘れる先生が結構います)
4.何科を受診?
本来、リウマチ性多発筋痛症は膠原病リウマチ科への受診が理想です。しかし、膠原病リウマチ科がある病院は相当大きな病院に限られます。その上、まったく動けない状態も珍しくないので、お近くの脳神経内科や整形外科に受診されることが多いです。特に整形外科では、骨の写真だけ取り「異常なし」と判断されることもあります。
現実的には、リウマチ性多発筋痛症を経験理解している医師のみが診断治療している不思議な病気です。ですから患者さんの家族も何気なく「リウマチ性多発筋痛症ではないですか?」などと聞いてみる必要があるのです。
5.医師にも知っておいてほしい対応方法
リウマチ性多発筋痛症を知らない先生には以下の理解をお願いしています。
5-1.感染症を否定する
CRPが高値ですから、まずは感染症の否定が絶対です。特に気管支肺炎、急性胆嚢炎、腎盂腎炎の否定が重要です。気管支肺炎は胸部XP、血中の酸素濃度、呼吸器症状を確認。急性胆嚢炎は腹部の触診、腹痛の有無、黄疸、肝機能等を確認。腎盂腎炎は、発熱以外症状がないことが多いので、必ず尿検査が必要です。
5-2.否定できれば抗生剤よりもステロイド
各種検査で、感染症が否定できれば、安易に抗生剤を使用することやめてください。まずは経口でプレドニンを10㎎処方して、3〜4日後に受診してもらいます。リウマチ性多発筋痛症にはステロイドが著効します。通常は、服用して1〜2日で症状は殆ど消失します。逆に、「ステロイド著効」がリウマチ性多発筋痛症の診断根拠の一つとなります。CRP所見も、症状の改善に伴って改善します。
5-3.的確に診断されないと
的確に診断すると、家族も驚くほど症状は改善します。しかし、リウマチ性多発筋痛症を認識しない医師の場合、最初に抗生剤を処方します。抗生剤は、まったく効果がありませんから、再受診の際も症状もCRPも改善しません。そこで、さらに抗生剤を変更します。それでもやはり症状・CRPも改善しません。その頃には、筋肉痛で全身状態は悪化、さらには抗生剤の副作用として下痢等まで合併してしまいます。そうなると生命的な危険さえあるのです。
6.再発予防
通常、ステロイドを服薬すると1〜2日で症状は消失。検査所見も2週間程度で完全に正常化します。しかし、そこでステロイドをすぐに中止すると再発します。そのため通常プレドニン5mgを半年程度、その後さらに2.5mgを半年服薬してもらってから中止します。そうすると、再発は殆ど起こることはありません。
7.巨細胞性動脈炎の合併症に注意
巨細胞性動脈炎といって、頚部から側頭部にかけての動脈に炎症が生じ、頭痛や視力の低下をきたす病気があります。欧米では、巨細胞性動脈炎の50%にリウマチ性多発筋痛症を合併するとされています。そのため、リウマチ性多発筋痛症の場合、視力障害の確認が必須です。しかし、なぜか日本ではリウマチ性多発筋痛症と巨細胞性動脈炎の合併例はまれで、私自身も経験したことはありません。念のためありうることを理解しておいたほうが良いでしょう。
8.まとめ
- 突然、全身の痛みで高齢者が動けなくなったらリウマチ性多発筋痛症を疑いましょう
- 血液検査で炎症所見が上がっていても、感染症の所見が無ければ抗生剤でなく、ステロイドで治療します。
- 著効しますが、再発予防で1年はステロイドを継続します。