医療介護の現場には、たまに来て口だけ出すご家族の方がいます。
これを「ぽっと出症候群」といいます。もちろん正式な疾患名ではありませんが、関係者のあいだでは共通言語です。
医師も困っているし、ケアマネも施設関係者も困っています。もちろん介護者で毎日面倒をみている一番近いご家族が、もっとも困っています。
口を出さずに手を貸してくれるといいのに、本当に困りますよね。しかし、どこの医療現場でも、介護施設でも、また多くのご家庭であることなのです。
これを防ぐにはどうしたらいいか。難しい問題ですが私なりに対処法をお伝えしますので、遠方の口だけ出す家族にお困りの方はぜひ参考になさってください。
目次
1.ぽっと出症候群とは?
普段の状況を何も理解しないまま、年に1、2度突然やってきて、「治療法が納得できない」、「介護サービスが不十分」などと主張される遠方に暮らす子どもさんのことを、「ぽっと出症候群」と言います。
日々、介護の現場との連携を取りながら外来を続けていると、患者さんやご家族との関係はとても良好なものになります。しかし、そんな関係を「ぽっと出症候群」の方は一瞬で崩してしまいます。
東京(なぜか東京です)に嫁いだ娘さんが多いようです。突然現れ、言いたいことだけ言って、権利を主張して帰っていきます。残された者たちは「唖然」とします。こんな「ぽっと出症候群」は現場を疲弊させるのです。
2.ぽっと出症候群は何が困るか?
ぽっと出症候群で、なぜ現場は疲弊するのでしょうか?
2-1.権利を主張するスタンス
2000年に介護保険が施行されるまでは、介護とは「行政処分」でした。つまり「介護で困っているから行政が何とかしましょう」というスタンスでした。しかし、介護保険の導入により、毎年国民が保険料を負担することで、処分から「権利」にしたものが、介護保険制度なのです。
しかし、介護の現場は、個々のスタッフの人間性に支えられている部分が大です。介護保険制度の中でできるだけのサービスを提供しようしているのです。そのため「権利の主張」はなじまないのです。
2-2.過程を知らない
どれだけ注意をしても、要介護者さんが転倒することはあります。そんな時に「介護のプロである方が、なぜ転倒させるのですか!」と苦情を伝えられた「ぽっと出症候群」の家族がいらっしゃいました。
毎日、介護をしているご家族は要介護者の歩行が不安定であることを理解しています。若いスタッフが必死に介助をしても転倒してしまうことも知っています。そんな家族からは、ねぎらいの言葉をいただくことはあっても、権利を主張されることはありません。
2-3.中途半端な知識
なぜか「ぽっと出症候群」の家族は、知り合いの医療関係者からの中途半端な知識を持っています。ただし、その場合の「知り合い」とは決して近い身内ではありません。例えば、「要介護者の長男のお嫁さんの叔父さん?」のようにと遠い関係なのです。
きっと相談された医療関係者も、当たり障りのない答えしかできなかったんだと思います。なぜなら、医療関係者であれば、身内から相談をされたら、医療・介護の現場の方に不義理だけは働かないように注意をするものです。医療関係者である自分の身内が、現場で権利だけ主張している姿は、とても恥ずかしいことなのです。
3.ぽっと出症候群が及ぼす影響とは
「ぽっと出症候群」は多くの方々に悪?影響を及ぼします。
3−1.家族には
忘れてはいけないことは、日々の介護をしているのは、一緒に暮らしている、もしくは近くに暮らしているご家族なのです。遠方に暮らしている、「ぽっと出症候群」の家族ではないのです。たまにきて、権利を主張したり、文句を言うぐらいなら、月に一回でも介護の手伝いをして欲しいものです。
しかし、権利は主張しても義務は遂行しないので困ってしまいます。介護生活だけでも相当な負担なのに、「ぽっと出症候群」の方の主張は、さらに精神的苦痛となります。
3−2.ケアマネや施設関係者には
現在の介護現場は、劣悪な労働条件の中で、本当に頑張って対応してくれます。そんな仕事を支えてくれるのは、ご家族や要介護者さんからの感謝の言葉です。
それを踏みにじるような、突然現れた「ぽっと出症候群」の家族からの対応に、現場は疲弊してしまうのです。
3−3.医師には
仮に血液検査の結果が悪くても、年齢・認知症の状況・介護状態を考え、さらなる検査をせずに様子を観察することはあるものです。もちろん、常に付き添ってくれているご家族は了承してくれます。
そこに突然やってきて、「なぜ大きな病院に入院して検査・治療をしてくれないのですか?」と主張されることがあります。そんな家族は、はっきりいって邪魔です。
4.介護医療には独特の要素がある
介護医療には、世の中の他の医療系サービスと違って以下のような特徴があります。それを理解していただかないことには、何もできなくなってしまいます。
4-1.不確定要素が多い
医療介護とは、不確定なものです。絶対はありません。副作用が全くない治療はありません。介護の現場でも、どれだけ注意をしていても事故は起きてしまいます。
ですから杓子定規に契約のようなことを主張されても対応はできないのです。
4-2.在宅医療は訴訟のリスクも
じつは、私が500例以上経験している在宅看取りも、一歩間違えれば訴えられるリスクさえあるのです。患者さんが老衰で、食事もとれなくなった。そこで家族と話し合って、入院をさせず、点滴も最小限にして自宅で看取ることはよくあることです。
そんな時に、突然「ぽっと出症候群」の家族がやってきて、「なぜ入院して延命してくれなった?」と主張された結果、訴訟を起こされることさえあるのです。
在宅で患者さんを看取るためには、我々医師は、いつ呼び出しの電話が鳴るかわからない中で生活しています。私は晩酌もしません。家族で長期の旅行にも行きません。それでも地域のために在宅医療に取り組んでいるのです。そんな思いも「ぽっと出症候群」の家族は、平気で踏みにじるのです。
4-3.サービス提供のお断りも
最近、「義務を果たさずに、権利を主張するご家族」が増えてきたような気がします。これも時代の影響かもしれません。そのためあまりにご理解を得られないご家族に対しては、医療介護サービスの提供をお断りすることもあります。
これは医療介護の現場を守る経営者としてはやむを得ないことなのです。
5.「ぽっと出症候群」の方の特徴から考える対処法とは
私の外来では、「ぽっと出症候群」の家族の被害から身を守るため、初診の段階で詳細に以下の確認をします。時には、冗談に任せて「東京の娘さん、ぽっと出症候群にならないでね」とお願いしてしまうこともあります。
5-1.配偶者がいるかどうかでだいぶ違う
要介護者の配偶者の有無は重要です。配偶者がいれば、遠方に嫁いだ子供さんも、あまり介入してきません。したがって「ぽっと出症候群」の被害も少ないものです。
5-2.子どもの男女比でも
男女比によって「ぽっと出症候群」の発生が予想できます。
典型的な「ぽっと出症候群」は、子供は長女と長男。弟である長男夫婦が必死に介護をしているが、東京に嫁いだお姉さんは不満でしょうがないケースが多いようです。
理想は、子供さんが女性だけが望ましいです。特に、三人姉妹はとても仲良く介護を難なくクリアします。一方で三人兄弟は、本当に大変です。不思議と三人の中で仲の悪い組み合わせがあり、意見が統一されません。そのなかで、東京に住んでる人がいれば手に負えない「ぽっと出症候群」になります。
5-3.遠方に住んでいる子供さんに注意
診察室にこない、遠方に子供さんがいる場合は、「ぽっと出症候群」になる可能性が多いので要注意です。できるだけ早い段階で、一度は診察に付き添ってもらうようにお願いします。いくら遠方でも、年に一度くらいの立ち合いは可能です。できるだけ医療介護の現場に参加してもらうことで、現実を知ってもらうことが大事なのです。
6.まとめ
- 「ぽっと出症候群」は、介護者、介護現場、医療現場を疲弊させます。
- 立場が変わると「ぽっと出症候群」を演じてしまうことがありますので、気をつけたいものです。
- 家族構成で、「ぽっと出症候群」の発生が予想できます。遠方の家族でも一度は医療介護の現場に参加してもらうことが大事です。