近年、一部の訪問看護ステーションが、極めて高額な給与を提示して看護師を集めているケースが目立つようになりました。一見すると「人材確保に成功している優良事業者」に見えるかもしれません。しかし、現場で起きている実態は、本来の訪問看護の理念から大きく逸脱したものです。
訪問看護とは、利用者の生活の場に入り込み、医師の指示のもとで専門的判断を行いながら、人生の質を支える医療です。経験と倫理観、そして覚悟が必要な仕事であり、「楽で高給」な仕事では本来ありません。
目次
1.医師の4割が経験する“不当な指示書要求”
こうした懸念を裏付ける調査結果が、日本在宅医療連合学会 から公表されました。
末期がんや難病患者向けの有料老人ホーム、いわゆるホスピス型住宅において、
- 医師の40%が
虚偽または誇張した病名を指示書に書くよう求められた - 37%が
過剰な訪問回数や複数名訪問を求められた
と回答しています。
さらに、医師がこうした要求を拒否した場合、主治医を変更された、変更を示唆された、診療をやめざるを得なかったという回答が約6割に上りました。
これは単なる現場の摩擦ではありません。診療報酬を最大化するために、医師の専門性が踏みにじられているという、極めて深刻な問題です。
2.「訪問看護」を装った診療報酬ビジネス
問題の多くは、ホスピス型住宅に訪問看護ステーションを併設する形態で発生しています。同一建物内で多数の入居者に頻回訪問を行えば、効率よく報酬を積み上げることができます。しかも医療保険が適用される疾患であれば、単価は高く、患者負担は高額療養費制度などで抑えられます。
結果として、
- 利用者は疑問を持ちにくい
- 医師は圧力を受ける
- 看護師はマニュアル的訪問を繰り返す
という構造が生まれ、看護の質は低下し、請求額だけが膨らむのです。
3.高給での看護師引き抜きがもたらす悪影響
こうした事業所は、高額給与を武器に看護師を集めます。
しかしそれは、看護師本人にとっても危険です。
- 判断力を鍛える機会がない
- 医師との対等な連携経験が乏しい
- 不正・過剰請求に巻き込まれるリスクがある
一方で、真面目に地域で訪問看護を行ってきたステーションは人材を失い、経営が苦しくなります。制度を悪用する事業者ほど儲かり、真っ当にやるほど損をする。これは医療制度として明らかに間違っています。
4.診療報酬改定は「必要だが不十分」
厚生労働省 は、2026年度診療報酬改定で、高齢者施設への過剰な訪問看護に対する報酬引き下げを検討しています。
これは重要な一歩です。
しかし本質的には、
- ホスピス型住宅と訪問看護の実質一体運営の規制
- 医師指示書への外部介入の厳罰化
- 看護師への倫理教育と責任の明確化
といった、より踏み込んだ制度設計が不可欠です。
5.真の訪問看護を守るために
訪問看護は、患者の人生に深く関わる尊い医療です。それを「稼げるビジネス」に変質させてしまえば、最終的に損をするのは、患者であり、家族であり、医療者自身です。高給・楽・効率的という言葉の裏に何があるのか。
看護師も、医師も、そして行政も、いま一度立ち止まって考える必要があります。
規制強化は締め付けではありません。真面目に訪問看護を提供してきた人たちを守るための、最低限のルールなのです。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。