パーキンソン病というと、手のふるえ、歩行障害、姿勢保持障害など運動症状がメインと思われがちです。しかし、脳神経内科専門外来におけるパーキンソン病患者さんは、運動症状以外の訴えが多いのです。その中でも便秘、排尿障害、起立性低血圧などは生活を阻害します。これらは目に見える症状ではないので、第三者からはそれほど重要視されないのですが、患者さんにとっては深刻な問題です。
これらの非運動症状にはある神経系の働きが関係しています。今回の記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、パーキンソン病の患者さんのが外来で訴える、本当に困っている症状についてご紹介します。パーキンソン病の患者さんがまわりにいる方や、この病気について理解を深めたい方はぜひ参考になさってください。
目次
1.パーキンソン病とは
私たちが体を動かす際に、運動の調節を指令しているのが神経伝達物質の「ドパミン(ドーパミンとも)」です。ドパミンは、脳の奥の「黒質」にある「ドパミン神経」でつくられています。パーキンソン病になると、このドパミン神経が減少し、ドパミンが十分につくられなくなります。
2.二つに分類されるパーキンソン病の症状
このドパミンが減少することでさまざまな症状が発生します。
2−1.運動症状
ドパミンが減少した結果、運動の調節がうまくいかなくなり、運動症状があらわれます。パーキンソン病では、主に、手足がふるえる(振戦)、動きが遅くなる(無動)、筋肉が硬くなる(固縮)、体のバランスが悪くなる(姿勢反射障害)といった症状がみられます。 これらによって、顔の表情の乏しさ、小声、小書字、屈曲姿勢、小股・突進歩行など、いわゆるパーキンソン症状といわれる運動症状が生じます。
2−2.非運動症状
2012年8月に兵庫県難病相談センターが行ったアンケート調査の結果、多くの患者さんが歩行や移動困難(56.6%)などの運動症状を感じていました。しかし、便秘(80%)、体の一部が勝手に動く(=ジスキネジア45%)、会話困難(30%)、物忘れ(30%)、よだれ(30%)、体の痛み(28.3%)、意欲低下(23.3%)、睡眠障害(21.7%)、睡眠障害(21.7%)、排尿障害(20%)、幻覚(15%)、たちくらみ(15%)といった非運動症状の悩みも多いことが分かりました。
これらのことは第三者にはなかなかわかりにくいものです。
3.パーキンソン病を苦しめる「非運動症状」の原因とは
これらの非運動症状の原因が「自律神経の障害」で、これらの症状をまとめて「自律神経症状」といいます。
自律神経は血管や内臓の働きを支配しています。食事をすると自然に胃腸が動いて食べ物が消化・吸収されるのも、心臓が自然と拍動するのも、呼吸で酸素が肺に自然と取り込まれるのも、すべては自律神経の働きがかかわっています。自律神経は、呼吸・脈拍・体温・消化・免疫・ホルモンをはじめ生命維持にかかわるあらゆる働きを支配しており、私たちの体を構成する約60兆個の細胞すべてを無意識のうちに調整しているとても大事な神経なのです。パーキンソン病では自律神経の障害により多彩な症状を呈します。
4.自律神経症状の代表例
そのような自律神経症状の代表例と、実際の苦労をお伝えします。外来で「私は自律神経失調症かもしれません」という患者さんがいらっしゃいますが、パーキンソン病の生活を障害する自律神経症状を診ているものからすると、多くの方が思わず口にしてしまう自律神経失調症の状態はとても軽微と感じてしまいます。
4-1.便秘
パーキンソン病患者の80%程度が悩んでいるのが便秘です。自律神経障害により、胃腸の動きが低下し、便秘になります。その便秘も極めて頑固で、下剤程度ではコントロールできません。便を柔らかくする薬を何種類も飲み、その上で、下剤、座薬、浣腸を組み合わせます。それでも対応できないことも結構あります。その場合は訪問看護にて、定期的に肛門から便を掻き出す「摘便」という処置を行います。患者さんの中には、週2回訪問看護による便の処置にて、排便がようやくコントロールされているケースもあるほどです。
ちなみに、パーキンソン病に対する訪問看護は、厚生労働大臣が定める疾病等に含まれるため医療保険を使って利用ができます。この場合、特定疾患もしくは、身体障害者手帳の3級以上が交付されていれば医療費は、無料もしくは一部負担で利用することできます。
4-2.排尿障害
自律神経障害により、何度もトイレに行きたくなります。通常の尿は、膀胱の入り口を収縮させ、膀胱自体は弛緩させることで、尿を貯めておきます。そしていざ排尿の際には、瞬間的に、膀胱の入り口を弛緩させ、膀胱を収縮させることで、尿が残ることなく排出されます。自律神経の障害がおこると、膀胱の入り口と、膀胱自体の収縮と弛緩のバランスが取れなくなります。そのため尿自体を十分に貯めることができなくなります。そのうえ、排尿をしても膀胱に尿が残ってしまうのです。その結果、何度も尿意を感じてトイレに行ってしまうのです。
4-3.起立性低血圧
血圧を一定に保とうとする自律神経の動きが障害されるために起こるのが、起立性低血圧です。立ち上がったときに「立ちくらみ」がしたり、ひどい場合は一瞬意識を失い、倒れてしまいます。患者さんの中には、横になっているときの収縮期血圧が180mmHg。起き上がると収縮期血圧が100mmHg にまで低下する方がいらっしゃいました。寝ている時と立ち上がった時でまったく体調が異なるのです。そのためパーキンソン病患者さんの場合は、血圧が高めでも降圧剤の追加は相当に慎重にならざるを得ません。
4-4.脂漏性顔貌(しろうせいがんぼう)
自律神経の障害により体表の分泌物が多くなるため、顔が油っぽくなり、目やにが出やすくなります。これを、パーキンソン病特有の脂漏性顔貌と言っています。
4-5.発汗障害
自律神経症状として発汗低下ないし発汗過多などの発汗異常も起こります。外気温の異常な上昇によって体温の放散が障害されたり,運動により放散の限界以上に体熱が生産され、高体温をきたすことがあります。
5.患者さんを苦しめる数々の症状
自律神経症状以外にも患者さんを苦しめる症状があります。ここでご紹介します。
5-1.言語障害
患者さんの多くが言語障害を伴います。最も高頻度に報告される言語障害は、弱くかすれた鼻音や単調な声、不正確な構音、遅いあるいは速い会話、発語困難、アクセントやリズムの障害、吃音です。これらの能力障害は疾患進行につれ悪化する傾向があり、コミュニケーション困難になります。リハビリ等で発声を行うことで、改善する例も報告されています。
5-2.幻覚
パーキンソン病患者さんは、幻覚症状を頻回に訴えます。その原因の多くが、パーキンソン病薬の副作用です。しかし、薬を幻覚の副作用があるからといって中止すると、今度は運動症状が悪化します。そのため、幻覚は他人とのトラブルにつながらない場合は、投与を続けることも多いです。時々、執拗な幻覚とともに認知機能障害が進行することがあります。その場合は、パーキンソン病でなくレビー小体型認知症を疑います。
以下の記事も参考にしてみてください
5-3.精神症状
病気に対するショックやパーキンソン病そのものの症状により、うつ病を発症したり、幻覚や妄想が現れたりすることがあります。これらの精神症状に対して、抗うつ剤や抗精神病薬を投与すると、間違いなく運動症状が悪化します。そのため精神科の医師の治療を受けると、「精神症状は改善したが全く動けなくなった」ということも生じます。パーキンソン病に関しては、精神症状と運動症状のバランスをとった治療ができる、唯一の専門医である脳神経内科医を受診しましょう。
5-4.睡眠障害
パーキンソン病が進行すると、心身に安らぎを与え精神の安定をもたらす「セロトニン」などの神経伝達物質の分泌にも影響が及び、不眠症になることがあります。深く眠っている時間が減ったり、眠りの最中に異常行動が現れたりします。転倒骨折に気を付けたうえで睡眠薬を検討する必要があります。
5-5.認知機能障害
パーキンソン病は、反応が遅くなったり、意欲が低下したり、表情が乏しくなるため認知機能が低下しているように思われがちです。しかし、パーキンソン病自体は高次機能が維持されていることが多いものです。見た目にとらわれず、失礼のない対応をしたいものです。ただし、パーキンソン病のなかに、運動機能障害だけでなく、記憶障害など認知機能の低下もみられことがあります。このようにパーキンソン病を発症した後に起こる認知症を「認知症を伴うパーキンソン病」もしくは「レビー小体型認知症」と考えます。
6.まとめ
- パーキンソン病患者さんが訴える症状は、運動症状だけではありません。
- 自律神経症状の中でも、便秘は相当に頑固で、訪問看護による定期的な摘便が必要になることさえあります。
- 精神症状が出現した場合は、精神症状と運動症状のバランスをとった治療ができる、唯一の専門医である脳神経内科医を受診しましょう。