薬の量が多いのは困りものです。
本日、以下のような報道がありました。
厚労省によると75歳以上の24.8%は同じ薬局で7種類以上の薬を受け取っている。出典:日本経済新聞「厚労省が医師向け指針案 高齢者の薬副作用防止 」
年を取るとともにいろいろなトラブルが起こり、その度に病院へ通うことは珍しいことではありません。私の実感としても患者さんの3~5割が、5種類以上の薬を処方されています。
その結果、飲みきれない薬が山のようになっていることもあります。日本中で飲まずに捨てられる「残薬」は年間4〜500億円、健康保険代を無駄にしているという報道もあります。
患者さんが大事な薬を勝手な判断で止めてしまうことも怖いですが、飲みすぎで生じるトラブルもあるのです。
私は、認知症専門外来に受診された患者さんには、可能な限り不要な薬を中止します。人によっては1/5以下の薬量になる方もいらっしゃいます。しかし、一度として薬の減量で体調が悪くなった経験をしたことがありません。このことから不要な薬が多く処方されていることがわかります。
ではなぜ、多くの薬が処方されてしまうのでしょうか。
今回の記事では、必要な薬は使いつつ、弊害については改善する方法をご紹介します。
目次
1.多剤処方の危険性について
一人の患者さんに、多くの種類の薬が同時に処方されている状況を「多剤処方」と呼びます。種類が増えると副作用が出やすく、多くの病気を抱えて多剤処方になりがちな高齢者で特に問題視されています。
ある研究では、常用薬が6種類を超えると副作用が出やすくなる傾向が報告されています。ほかにも「5種類以上で転倒しやすくなる」とか「消化器への影響で低栄養状態になるリスクが高まる」と報告されています。薬の相互作用によるものでしょう。そのため可能ならば5種類以内に抑えるべきなのです。
2.なぜ薬が増えるのか?
私は、35歳と通常よりとても若い年齢で開業しました。開業当時は院内処方であったのですが、その時に仲卸メーカーさんから言われたことがあります。「先生は、薬を使われませんね。ほかのクリニックの半分以下ですよ。」と指摘されました。その後も、当院に転院された患者さんの処方を見て、あまりに多くの薬が処方されていて驚いたものです。どうも、ある一定の年齢以上の医師は薬の処方が多くなるようです。それはなぜなのでしょうか。
2-1.薬を出せば出すほど医者の収入は増えた時代の名残
昔は多くの医療機関が院内薬局でした。その理由が、薬価差益です。薬価差益とは、「仕入れ価格と処方したときの薬の価格との差」です。以前は薬価差益が大きかったため、医師はたくさん薬を処方するほど利益が残ったのです。最近では、多くが院外薬局ですので、薬価差益はありません。
長年の医師の処方パターンは変わらないものです。現在、60歳を超えているような医師の大量処方には注意が必要です。
2-2.説明よりも「薬を出しておきます」で済ませる医師がいる
患者さん一人当たりの診察時間を短縮するために、薬がたくさん処方されてしまうこともあります。
例えば、患者さんの訴えが多い場合、診察室で長々と話を聞いていると、ほかの患者を診察する時間がなくなるという理由です。このような医師は、頭が痛いと言われれば鎮痛薬、胃が痛いなら胃薬、眠れなければ睡眠薬と、訴えに対してそれぞれに薬を出すことで患者さんも一応納得し、医師としても短時間で対応することが可能になるのです。
2-3.患者さんが薬を希望されることもある
実は、患者さん側にも処方を増やしてしまう原因があります。「薬をもらうことが病気の治療」だと思っている患者さんも多いものです。「腰が痛いから痛み止めが欲しい」「熱があるから解熱剤が欲しい」「抗生物質を飲むとすぐに風邪が治るから薬が欲しい」と要求する方は結構いらっしゃいます。
それらの訴えに対して、希望の処方がされないと非難されることさえあるのです。
●自分の薬を把握し、不要なら相談しよう 「痛み止め」や「胃腸薬」は複数の機関から処方されることが少なくありません。今現在飲んでいるものがあれば、医師に積極的に相談しましょう。「せっかく処方してもらったから」「費用負担がほとんどかからないから」「もったいないからとりあえずもらっておく」ということではかえってムダを生じさせてしまいます。 |
3.無駄な処方の具体例
ここでは私が認知症初診で良く見る無駄な処方例をご紹介します。
3-1.重複する胃薬
胃の薬が、3〜4種類重複されていることがあります。きっと消化器症状を訴えるたびに「薬を追加しておきます」と、胃薬が加わっていったのでしょう。実は最も効果がある薬を1種類使用するだけで、十分効果が得られます。胃薬を中止しても、その後まったく胃のトラブルが出ないことも結構あるものです。
3-2.保険で処方が認められていないビタミン剤
現在、医療保険において経口のビタミン剤処方は認められていません。医師会等でも「ビタミン剤処方は控えましょう」と言われます。しかし、医師会の幹部で年を取った医師が、自分の診療所でビタミン剤を処方している姿には呆れてしまいます。そのうえ患者さんが当院に転院したのちに、ビタミン剤を中止すると「以前の先生は処方してくれた」と私がクレームを受けるのです。
3-3.専門外の処方が以前にあった場合
医師は自分の専門外の領域である場合、以前の処方を変更することに抵抗があります。例えば、開業医は、患者さんが地域の基幹病院等で処方されていたときの薬を、何も考えずに継続していることが多くあります。
私が専門とする神経内科領域で、近年「効果がないとされ承認が取り消された脳代謝賦活薬」があります。我々、専門医がこの薬を処方することはないのですが、専門外の先生が継続処方されているケースがいまだに残っています。
4.処方に責任を持ってもらう医師を決めよう
私はかかりつけ医を決めることが多剤処方を防ぐには有効と思います。私の考えるかかりつけ医の定義とは「患者さんに対して処方を含めたすべてに責任をもつ医師」と考えます。
日本ではかかりつけ医の制度が完全には整っておらず、役割が明確ではありません。患者は、専門分野の診療科を自由に受診でき、専門医は目の前の患者さんの病状に合わせ、最適と思われる薬をそれぞれに処方します。それが、循環器と神経内科と泌尿器科という具合に重なり、医師同士の情報の連携がないと結果として多剤処方になってしまいます。
言い換えると、誰も患者さんに対して責任を負っていない無責任状態なのです。複数の病気を持つ患者さん疾患をトータルに検討して最も影響を及ぼす疾患を診ている医師がかかりつけ医になることが基本です。
実際に認知症患者さんでは、いくつもある疾患の中で「認知症」がもっとも影響を与えると考えられます。そういった理由で、高齢の認知症患者さんにとっては当院がかかりつけ医になることも多いのですが、私は認知症以外のその方の疾患についても配慮するようにしています。
5.薬の減らし方とは
服薬する薬を減らす具体的な方法を紹介します。
5-1.合剤の積極的利用も
高齢者の場合、どうしても中止できない薬もあります。最近では、2種類の薬の合剤が多く発売されています。例えば、2種類の高血圧の薬が一つになったり、高血圧と高脂血症の薬が一つになったりです。うまく使えば、服薬する薬の数を減らすこともできますし、薬代も安くなります。
5-2.80歳代の糖尿病治療は緩めに
80歳を超えたら主治医に糖尿の薬の減量をお願いしてみることも一つです。
糖尿病の患者さんは、80歳を超えるとコントロールを緩めたほうがいいです。各種のデータで「高齢者は若いときに比べて厳密なコントロールは不要である」という結果が出たためです。さらに認知症専門医の観点からは、高齢者の場合は高血糖より低血糖の方が脳のダメージが大きいことも一因です。
減量により服薬の負担が少なくなります。
5-3.「様子を見る」は、大事な治療
何か症状があったときに、「様子を見る」ことは大事なことなのです。緊急性が高くない場合はすぐに薬を処方してもらうのではなく、数週間様子を見ましょう。(医師においても、様子を見ることは大事な治療の一環です)。その結果、症状が改善すればそもそも薬は不要だったのです。
逆に症状が残ったり、悪化すれば検査を進め、そのときは必要な薬を処方してもらいましょう。
6.院内処方のデメリット
我々、医師は薬に関しては薬剤師さんの力を借りることで患者さんに安全・安心を提供します。そのため、今の時代、院内薬局である医療機関はお勧めではありません。確かに患者さんとしては、診療と同時に薬がもらえることはメリットですが、それ以上の大きなデメリットがあるのです。
院外薬局の場合は、院内処方に比べ費用も余分に必要ですが、これは安全・安心のための必要経費と考えましょう。
6-1.院内処方は医師や薬剤師が薬を詰めているわけではない
院内処方のクリニックで、薬剤師が配置されていることは稀です。そもそも、薬剤師を配置しなければいけないほど流行っている診療所は、まず院外薬局になっています。院内処方のルールとして「医師の指示のもと」行うことになっていますが、看護師さんや、ときには素人である受付の方が薬を詰めています。実際、医師が確認することは殆どありません。これって、相当怖いことです。
6-2.薬の飲み合わせの確認も不十分では
院外薬局の場合、薬剤師は他の医療機関からの薬も確認します。その結果、重複や飲み合わせで問題がある場合は、医師に疑義照会(ぎぎしょうかい)をします。薬剤師がいない院内薬局では、この点も不十分と言わざるを得ません。
*疑義照会:医師の発行した処方箋の記載処方意図を明らかにし「重複投薬」「薬剤名」「用法」「用量」「薬物相互作用による禁忌」「投与日数」等の記載不備を発見し安全な医療を提供することで、疑問点や不明な点があるとき、記載内容が適切かどうか薬剤師が確認し、処方箋の作成者(処方医)に問い合わせて確かめること。処方監査の後に行われる業務。薬剤師は処方箋をもとに調剤を行う際、疑義照会をすることが求められている。
6-3.一包化や粉砕等の対応も後手
高齢者への処方の場合、服薬管理のためにも一包化はとても重要です。しかし、一包化には特別な機械が必要で院内処方では対応が困難です。特に、最新の院外薬局では、一包化した袋に名前と薬品名まで印字されます。そこまで行うことは院内処方ではほぼ対応不可能です。
さらに、患者さんの状態においては、薬を粉にすることも必要です。そんな、細かい要望にも対応するには院外薬局の力が必須なのです。
●薬剤師とお薬手帳も頼りになる 複数の医療機関からどのような薬が出されているか、そのチェックを行うのが薬剤師であり、その証拠がお薬手帳です。患者さんの薬の飲みあわせを確認して、もし多すぎたり、不要と思われれば、医師に判断をあおぎ処方箋を書き直してもらうことができます。薬剤師の判断で薬を勝手に減らしたり変えたりすることはできません。 |
7.まとめ
- 多剤処方は副作用の観点からも問題です。できれば5種類以内にしてもらいましょう。
- 多剤処方を防ぐためにも、処方に責任をもってもらえるかかりつけ医を決めましょう。できればあまり高齢の医師は避けた方が無難かもしれません。
- 薬に関しては薬剤師さんの役割は必須です。院内処方である医療機関は避けたいものです。