認知症専門外来では、「抑肝散(よくかくさん)」という漢方薬をよく処方します。
しかしながら「漢方薬をお出ししますね」と患者さんや家族に伝えると、「いまさら漢方?」という顔をされる方もいらっしゃいます。実は、抑肝散は漢方ですがとてもよく効くのです。
少し興奮気味の患者さんには特に効果を発揮し、その効果にご家族も驚くほどです。但し、抑肝散には特有の副作用があることも事実です。今回の記事では、月に1,000名の認知症患者さんを診る認知症専門医の長谷川嘉哉が、この漢方薬「抑肝散」についてご紹介します。
目次
1.抑肝散とは?
実は抑肝散は、もともとは小児に対して用いられてきた処方です。最近では、健康食品として更年期のイライラ・精神不安に対しても販売されているようです。
もちろん、健康保険の適応を受けた処方薬もあり、効能又は効果は「虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症」とされています。
抑肝散の、「肝」は、現在で言う肝臓だけでなく、精神機能全般を指すといわれ、「肝」のたかぶりを抑えることから本処方名がつけられたと考えられています。
抑肝散は、配合生薬として当帰(トウキ)、 釣藤鈎(チョウトウコウ)、川芎(センキュウ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)が含まれています。そのうち、釣藤鈎は興奮している神経系を緩和する作用があるといわれ、柴胡には鎮静作用があります。
通常、成人1日7.5gを2~3回に分割し、食前又は食間に経口投与します。量については体重や症状に応じて、増減します。特に高齢者の女性には体重が40㎏以下の方もみえます。その際には、1日量を5g程度にすることが多いです。
服薬してから、おおよそ2週間ぐらいで効果が出てきます。
2.認知症専門医が使う理由
認知症に対して、なんでも抑肝散を使用するわけではありません。
2-1.ブレーキ系の効果
私は、認知症の薬をアクセル系とブレーキ系に分けて処方しています。同じ認知症の症状でも、元気がなくやる気がない方には、アクセル系。興奮気味で多動な方には、ブレーキ系を使用します。その点では、抑肝散はブレーキ系の薬になります。
2-2.周辺症状をコントロール
認知症は記憶障害を中心とする中核症状が最初に出現します。その後、症状が進行すると、幻覚、妄想、興奮、暴言、介護抵抗といった周辺症状が出現してきます。そんな周辺症状に対して抑肝散を使用するととても効果を発揮します。
2-3.メマリーの先か後かは、状態に応じて
周辺症状のコントロールに対しては、抗認知症薬のメマリーも積極的に処方します。我々、専門医としてはメマリーと抑肝散を状態に応じて使い分けたり、併用することで症状をコントロールします。
具体的には、周辺症状が強く、すぐにでも症状を落ち着かせたい場合は、メマリーを先に処方します。逆に、周辺症状が緩やかに出現している場合は、抑肝散から処方します。
メマリーにもう少し効果を加えたいときには、後から抑肝散を併用することもあります。
メマリーについては以下の記事で解説しています。
3.抑肝散の最大の副作用「低カリウム血症」とは
抑肝散の副作用には、一般的に「食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等があらわれることがある」とされます。しかし、これは副作用としては軽微です。それより最大の副作用である低カリウム血症には十分注意をしましょう。
3-1.低カリウム血症が起こる理由
抑肝散に含まれる甘草(カンゾウ)が原因で偽性アルドステロン症が起こることが原因です。尿細管では、Na+の再吸入と入れ代わりにK+が尿中に分泌されます。偽性アルドステロン症ではこの働きが亢進することで、高ナトリウム血症、低カリウム血症、浮腫、高血圧などの症状がみられることになります。甘草以外では、サイアザイド系利尿薬でも同様のことが引き起こされます。
3-2.「低カリウム血症」になるとどうなるか?
通常、血液中のカリウム濃度(正常)は3.5~5.0mEq/Lの範囲内にあり、3.5mEq/L以下に低下した状態を「低カリウム血症」といいます。
カリウムの役割には、「体液の浸透圧調整、筋肉の収縮、神経伝達を助ける」などがあります。したがって低カリウム血症になると、消化管や筋肉、腎臓、神経系に障害を受けやすくなります。
筋力低下や筋肉痛、悪心、嘔吐、便秘、痙攣などの諸症状から、重度になると四肢麻痺や自律神経失調、筋肉痙攣、呼吸筋麻痺、不整脈、麻痺性腸閉塞などに至ります。
抑肝散を服用している方が、痙攣とともに突然手足が動かなくなり救急受診。そこで初めて低カリウム血症が見つかることさえあるのです。
3-3.低カリウム血症の頻度は?
添付文書では頻度不明とされています。しかし、私の印象ではおそらく30%くらいは低カリウム血症を合併すると思われます。なぜ、このような差が出るのでしょうか? 実は抑肝散をよく使用する筆頭の科は、精神科です。精神科では、採血検査をすることは少ないのです。さらに採血をしてもナトリウムやカリウムといった電解質までをも検査することは稀なのです。
ちなみに、私の外来では抑肝散を処方した場合は、最低でも3か月に1回は採血をします。脳神経内科医として、自分の患者さんが救急受診してはじめて低カリウム血症が見つかるような恥ずかしいことは避けたいからです。
4.低カリウム血症が起こったら
せっかく抑肝散を処方して患者さんが穏やかになったのに、低カリウム血症になった場合はどうすれば良いのでしょうか?
4-1.他の原因がないか調べる
低カリウム血症は、甘草以外では、サイアザイド系利尿薬で起こります。高齢者の場合は、心不全に対する治療としてサイアザイド系利尿薬が処方されていることがよくあります。原因がこのような利尿剤であることもあるのです。
4-2.中止する
低カリウム血症が出た時点で、いったん抑肝散を中止することもあります。中止しても、症状が悪化しなければそのまま継続します。しかし、抑肝散はよく効く薬ですので、中止した途端悪化するケースが多いものです。
4-3.カリウムを追加して継続する
利尿剤も使っていない。仮に使っていても減量・中止できない。抑肝散を止めた途端に悪化する。そんな場合は、カリウム製剤を追加して、薬を継続します。もちろん、定期的な血液検査を忘れてはいけません。
5.副作用以外のデメリット
抑肝酸は比較的処方したい薬なのですが、それ以外のデメリットもあります。
5-1.粉が飲みにくい
医師が処方する抑肝散には、粉しかないことが難点です。粉薬を飲むと口から出してしまう患者さんもいらっしゃいます。ただし、中には、味が少し甘いのか(薬の添付文書では、わずかに甘くて渋いと書いています)嫌がらずに飲んでいただけることもあります。
5-2.食前か食間の服用が面倒くさい
漢方薬の服用は食後ではなく、食前もしくは食間です。他にも服用薬が多い高齢者の患者さんにとっては、けっこうな負担となります。特に、認知症が進行した患者さんでは服薬管理は困難となりますので、介護者への負担へとつながります。しかし、とても効果のある薬ですので服薬をお願いしたいものです。
薬の飲み忘れを防ぐ服薬管理の方法については、以下の記事が参考になると思います。
6.まとめ
- 抑肝散は、漢方薬にしてはとても効果のある薬です
- 認知症専門外来では、周辺症状に対して、多用します。
- 副作用としての低カリウム血症が30%程度に出現することに注意が必要です。