私が最近、はまっているドラマに「インハンド」(TBS系金曜夜10:00〜)があります。その中の主人公である山下智久さんが、失った右腕の痛みに苦しむシーンが毎回描かれています。「失った右腕が痛い?」 とても不思議な現象ですが、すべての感覚は脳の電気信号により痛みとして感じます。つまり、腕や足があろうがなかろうが、脳が感じれば痛みが生じるのです。
こんな幻肢痛は、脳の未知なる現象の一つと言えます。今回の記事では、脳神経内科専門医である長谷川嘉哉が幻肢痛についてご紹介します。
目次
1.幻肢痛とは?
交通事故や悪性骨腫瘍などでやむなく手や足の切断(骨の部分で切り離された状態)・離断(関節の部分で切り離された状態)となることがあります。切断・離断後も手や足がまだあるように感じる症状を幻肢といい、幻肢に痛みが伴った状態を幻肢痛と言います。
幻肢痛患者さんは様々な性質の疼痛を訴えます。「刃物で裂かれるような」「電気が走るような」「しみるような」など多彩です。ドラマの中の山下智久さんも、かなり強い痛みにより苦痛様症状を伴って描かれています。
2.幻肢痛の特徴
幻肢痛には、以下の特徴があります。
2-1.高頻度で発生する
四肢切断後の患者さんの80%以上は、失った四肢が存在するような錯覚や失った四肢が存在していた空間に温冷感や痺れ感などを感じます。
2-2.年を取るほど頻度が増える
四肢切断時の年齢が若いほど幻肢痛は起こりにくく、年齢の増加とともにその発症頻度が増加します。また先天性の四肢欠損患者に幻肢痛が発症することも非常に稀です。これは、若いほど脳が変化に対応しやすいことで痛みが起こりにくいからと考えられています。
2-3.記憶が関与している
幻肢痛の性質は四肢切断前から知覚している痛みの感覚と同じです。そのため幻肢痛の発症には疼痛の「記憶」が関与していると考えられています。
2-4.ストレスが影響
患者さんの心理的要因も幻肢痛の発症頻度に影響を与えます。例えば家族から支援が得られていない患者さんでは、幻肢痛の発症頻度が高くなります。さらに日常生活で心理的ストレスを多く感じる患者さんほど幻肢痛の発症頻度が高いことが報告されています。ドラマの中の山下智久さんも、過去のトラウマが思い起こされると強いストレスとなり、幻肢痛が出現しています。
3.治療方法・薬物療法
治療には薬物療法が用いられます。幻肢痛のような神経障害性疼痛の場合、非オピオイド鎮痛薬やオピオイド鎮痛薬はやや効きにくいため、抗けいれん薬(ガバペンチン、カルバマゼピンなど)、抗うつ薬、睡眠薬などを使用します。
ただし、どの薬も著効することはないので、患者さんと相談しなが、薬を組み合わせて使用します。ドラマの中では、非オピオイド鎮痛薬と睡眠薬が処方されているようです。
*オピオイド鎮痛薬:神経系の司令塔の部分である脳や脊髄に作用して痛みを抑える薬の総称です。 医療用麻薬とも呼ばれ、法律で医療用に使用が許可されている麻薬です。
4.薬以外の対策
薬以外にも以下のような対応で、幻肢痛を軽減させる手段がとられます。
4-1.時間
幻肢痛はリハビリや日常生活を送ることで、約2~3年で軽減・消失していくことが多いです。しかし人よっては、長い期間、幻肢痛に苦しめられる場合もあります。幻肢痛を和らげるためには、さらにいくつかの方法があります。
4-2.義手・義足を使う
以前から、医療現場では、義手や義足を使ってリハビリ、日常生活されている方のほうが、ひどい幻肢痛に悩まされることが少ないことが分かっていました。義手や義足をコントロールすることで、その幻肢と義手・義足を重ね合わせて感覚の通った自分の手脚としてイメージできます。そのことが、結果として脳のよる痛みの軽減につながるようです。
4-3.鏡療法
アメリカの神経科医であるラマチャンドラン博士は、この治療のための鏡箱を考案し、健常な腕や手を鏡に映すことで、切断して無くなった手や腕が実際にそこにあるように錯覚させ、視覚的な感覚を脳にフィードバックさせることで幻肢痛を和らげることに成功しました。具体的には、健側肢と切断肢の間に鏡を置き、健側肢を動かしながら切断肢の動きをイメージします。実際、多くの患者さんに効果を上げています。
5.まとめ
- 幻肢痛とは、事故や病気が原因で手や足を失った患者さんが、存在しない手足に痛みを感じることです。
- 治療方法は薬物治療が中心ですが、義手義足の使用や、鏡療法も効果があります。
- ストレスにより悪化することが多く、今後ドラマの中で、主人公山下智久さんが、どのように幻肢痛と対峙していくか楽しみです。