認知症の初診で必ずやることの一つが「頭部CTによる撮影」です。
その画像を見て、「○○さんはお酒をたくさん飲まれていましたか?」と質問すると驚かれるものです。しかし、患者さんが過去にアルコールを大量摂取していたか否かは、認知症専門医が頭部CTを見れば一瞬でわかるのです。お酒の影響を受けていない方と比べて、脳萎縮の程度が明らかに進んでいるからです。
適量を超えた過剰なアルコールは脳萎縮を引き起こし、認知症を発症するのです。それによって起こる認知症が「アルコール性認知症」です。
アルコール性認知症は、通常の認知症に比べ手がかかります。そのため介護者の負担は重いものになります。今回の記事では、月に1,000名の患者さんを診る認知症専門医の長谷川嘉哉が、アルコール認知症についてご紹介します。
目次
1.アルコール性認知症とは
アルコールの慢性的な大量摂取が原因と考えられる認知症です。大量に飲酒する人に認知機能の低下や認知症がみられることはよく知られています。若いアルコール依存の人でも飲酒のために前頭葉機能が障害されていることは珍しくありませんし、高齢の依存症者には物忘れや認知症が高い割合でみられます。
アルコールが関係する認知症の原因には多発性脳梗塞などの脳血管障害、頭部外傷、肝硬変、糖尿病、ウェルニッケ・コルサコフ症候群を含む栄養障害など多岐に及びます。さらにアルツハイマー型認知症などの認知症性疾患の人が飲酒のコントロールを失って多量に飲みすぎてしまい、その結果問題を起こす場合もあります。
つまり他の認知症の原因にもなりますし、他の認知症の結果、飲酒量の見境がつかなくなってさらに認知症を悪化させるケースがあるのです。このような併発を起こしていることも少なくありません。
2.アルコールと認知症に大きな関連があるという研究結果があった
アルコールの飲み過ぎについての大規模調査があります。
フランスのある研究チームは2008~2013年に、同国内の3,162万4156人の医療記録を解析。期間中に110万9,343人が認知症と診断されました。その結果、「アルコール依存症」は、あらゆるタイプの認知症、特に早期発症型認知症の発症にもっとも重要な危険因子であることが明らかになっています。
アルコール使用障害は、あらゆる種類の認知症のリスクを、男性で3.4倍に、女性で3.3倍にそれぞれ上昇させます。また、全体の5.2%にあたる5万7,353人が65歳以前に発症する早期認知症と診断されています。認知症全体では女性の発症が多く、早期認知症に限ると三分の二(64.9%)が男性でした。早期認知症と診断された患者の半分以上が、アルコールの飲み過ぎと関連していることも判明しました。
*アルコール依存症:薬物依存症の一種で、飲酒などアルコールの摂取によって得られる精神的、肉体的な薬理作用に強く囚われ、自らの意思で飲酒行動をコントロールできなくなり、強迫的に飲酒行為を繰り返す精神障害
3.アルコール性認知症患者の特徴とは
アルコール性認知症患者さんには、他の認知症とは異なる特徴があります。
3-1.現在は飲んでいない人も多い
「過去に大量飲酒をされていましよね?」と答えると、皆さん「今は飲んでいません」と答えます。実は、認知症専門外来に受診される方の多くは、大量飲酒により全身状態が悪化。飲酒をする力もなくなっている方が多いのです。
一方で少数の飲酒を継続してる患者さんは、「隠れて飲んだり」「家族の財布からお金を盗ってお酒を購入したり」と家族に多大な迷惑をかけているようです。
3-2.見当識障害や作話が多い
アルコール性認知症では他の認知症に比べ、物忘れなどの記憶障害、周りの状況が理解出来なくなる「見当識障害」などが起こりやすいようです。ついさっきのことも覚えられず、今何時であるかとか、ここがどこかなどがわかりません。
また、忘れてしまった部分を、覚えているものを繋ぎ合せて埋め合わせようとして、「作話」も高頻度に見られます。
*作話:記憶障害の一種。 過去の出来事・事情・現在の状況についての誤った記憶に基づく発言や行動が認められる点が特徴的です。 作話は、「正直な嘘」と呼ばれ、通常は本人は騙すつもりは全く無く、自分の情報が誤りであるとは気がついていないので、この点で嘘とは区別されます。
3-3.介護者の負担を増やす症状の数々
アルコール性認知症は身体介護・認知症介護いずれにおいても介護者に重い負担を強いています。
例えば、歩行が不安定になります。歩く時は何かにつかまらないと歩けなくなる場合もあります。当然介助が必要です。
またうつのように意欲がなくなり、好きなテレビ番組であっても見ないで寝てばかりになることもあります。逆に興奮しやすく攻撃的で暴力がみられたり、幻覚が見えたりする場合もあります。
さらに行動に抑制が効かなくなり、欲しいと思うと盗ってしまったり、他人の食べ物などでも食べてしまうなど、思うがままに行動してしまう問題行動もみられます。
4.ピック病の可能性も
アルコール性認知症の患者さんは、頭部CTで年齢に比し高度の脳萎縮を認めます。そのうえ、行動に抑制が効かなくなり問題行動もみられます。これは、実は「ピック病」とも酷似しているのです。アルコールをよく飲んでいたから「認知症」ではなく、いろいろな視点から検討することも重要です。ピック病については以下の記事も参考になさってください。
5.治療法は
症状が似ているため、アルコール性認知症はピック病の治療と似ています。
アルコール性認知症の症状の多くは、攻撃性、暴言等の興奮状態を呈しています。そのため、治療としてはブレーキ系の薬を使用します。具体的には、メマリーを使用します。
間違っても、アリセプト等のアクセル系の処方をしてはいけません。さらに症状を悪化させます。メマリーだけでコントロールできない場合は、漢方の抑肝散や抗精神病薬(リスパダール、セロクエル)を少量から追加していきます。
抗精神病薬は副作用として、歩行障害を起こすことがあります。。ただでさえ歩行が不安定なアルコール性認知症患者さんへの処方は、躊躇します。しかし動きの悪化に目をつぶってでも、抑制が必要なケースもあるのです。
それ以前に服薬拒否をされる方もいらっしゃいます。そうなると医師もお手上げです。さらに症状が進行することを待つしかないこともあります。場合によっては、自宅や介護施設でも対応ができないことがあるため精神科病院へ入院せざる得ないこともあります。
6.家族関係が悪化していることも少なくない
アルコール性認知症になる以前から、患者さんは大量飲酒で他人とトラブルを起こすことが多いようです。そのため本人は、何度も禁酒や節酒を試みますが、実を結びません。家族が患者さんのことを思って必死になっても裏切られる。この繰り返しにより、家族関係が冷え切っていることも多いようです。
そのうえ、アルコール性認知症になれば、身体の動きが悪くなって身体介護が必要になります。さらに、物忘れ以外に攻撃性、暴言等の興奮状態が加わるのです。
家族の精神的・肉体的負担はとても重くなるのです。このような悲劇は未然に防ぐことが最も重要です。
7.アルコール性認知症にならない飲み方は?
アルコール性認知症にならないためには、どのようなお酒の飲み方をすればよいのでしょうか?
7-1.大量飲酒しない
世界保健機関(WHO)は、慢性的な大量飲酒をアルコール換算で、男性の場合は一日当たり60グラム以上、女性の場合は40グラム以上と定義しています。アルコール10グラムは、ビールでは250mL(ロング缶の半分)、ウィスキーでは30mL(シングル1杯)、ワインでは100mL(グラス1杯弱)に相当します。
日常的に飲んでいない方にとってはこの水準を超えるのは難しいような気がしますが、ウイスキーをダブルで3杯もしくは、ワインをボトル1本空ければアルコール60グラムになってしまいます。もちろん、ビールを1リットルにウイスキーダブル1杯の組合せても容易にアルコール60グラムになってしまいます。
大量飲酒にならないようなお酒の量をコントロールしましょう。アルコールがもたらす脳のダメージと認知症は予防が可能なのですから。
7−2.休肝日を設ける。お酒だけで飲まない
慢性的な飲酒を避ける方法の一つが休肝日を設けることです。肝臓の負担を減らすことにもなります。日頃から多めに水を飲み、飲酒前にも飲むことで抑制できます。人によっては飲酒前に食事を取ることでお酒が入らなくなる方もいます。
またアルコール依存の人は、おつまみを取らずにお酒だけを飲んでいる方が少なくありません。お酒の味を楽しむのではなく酔うことが目的になっているのです。ちょっとした息抜き程度とし、健康的なおつまみを一緒に取るようにしましょう。カロリー過多にも注意してください。
7-3.委縮した脳は戻らないことを自覚すべき
飲酒量のコントロールでアルコール性認知症の予防は可能です。しかし、いったん委縮が進んでしまった脳が回復することはありません。お酒をやめても萎縮は回復しません。前述したようにすでに体が受け付けない状態になったとしても、脳のダメージは相当進んでおりそこから元に戻ることはありえないのです。
だからこそ、アルコールとは節度ある付き合いをする必要があるのです。
8.まとめ
- アルコールはすべての種類の認知症のリスクを増大させます。
- アルコール性認知症は、身体介護・認知症介護いずれの面でも家族の介護負担を重くさせます。
- 但し、それ以前に家族関係が崩壊しているケースも多くみられます。