嫉妬妄想とは、患者さんが配偶者の浮気を疑うことです。ご主人にこの症状が出ると、奥さんは買い物にも行けません。30分買い物に行っただけでも、「どこで男と会っていた!」と怒るのです。はたから見れば「80歳を超えた夫婦が?」と思うのですが、本人は真剣です。そのためどこにも出かけられない奥さんのストレスは相当なものです。
今回の記事では、毎月1000名の認知症患者さんを診察する認知症専門医である長谷川が、高齢者の嫉妬妄想についての概論と対応法についてご紹介します。
目次
1.認知症における嫉妬妄想とは?
嫉妬妄想は認知症の周辺症状の一つです。
認知症には「中核症状」と「周辺症状」があります。初期は中核症状が多く、物忘れが代表例です。これは同じ話や質問を繰り返すというもので、ご家族にストレスがかかります。しかし「実害」はあまりありません。
ここでほうっておいてしまい、症状が進行すると「周辺症状」が出るようになります。この代表例としては妄想、幻覚、易怒性等です。こうなってくるとご家族も「実害」をこうむるようになります。
この周辺症状の「妄想」で、珍しくないものが「嫉妬妄想」です。実際にはありもしないことを妄想して怒鳴るようになります。ちょっとしたことで「男ができた」などと詰問するようになるのです。どんなに否定しても取り合うどころか逆上したりします。
このような嫉妬妄想が出現した時点で、認知症もある程度進行しているといえるのです。
2.具体的症状は
嫉妬妄想では「夫や妻が浮気をしている」と信じ込みます。嫉妬妄想の対象にされた配偶者は、面と向かって浮気を非難されます。その上、実際にはしていない浮気を他人にも訴えられ、配偶者はいたたまれなくなります。
原因としては、徐々に自分が衰えてきたことの自覚から生じる不安や焦りが、配偶者から見捨てられるかもしれないとの恐怖から嫉妬妄想に発展するのだと想像されています。
近所の方と少し挨拶を交わしただけでも、「浮気している」と断定されることも多く、疑われる配偶者はたまったものではありません。
3.妄想は否定しても無駄です
もちろん配偶者や家族は浮気を否定します。しかし、残念ながら妄想は否定しても無駄です。というより、否定しても訂正不能なことが妄想の定義なのです。
否定の仕方をいろいろ考えて実施しても、配偶者の方の考えを改めることはできないのです。
ちなみに訂正して修正可能な場合は、妄想でなく作話といいます。
*妄想とは、誤った確信のこと。妄想を持った本人はその考えが妄想であるとは認識しない場合が多い。根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、経験、検証、説得によって訂正不能であるということが特徴とされている。
4.自宅での対応法・配偶者の心の持ち方とは
そのような精神的に大きな負担となる嫉妬妄想の対処方法をご紹介します。
4-1.視点を変える
嫉妬妄想で、浮気を疑う配偶者に面と向かって否定してもかえって興奮させてしまいます。
しかし、認知症患者さんの特徴は、同時に2つ以上の事柄を処理することが苦手になることです。これを応用します。例えば、話題を変えることで、嫉妬妄想から視点をずらすことが可能になります。
浮気の話題が出れば、お茶やお菓子を勧めます。もちろん、まったく異なった話題に切り替えても良いでしょう。
4-2.あえて距離を取る
配偶者が嫉妬妄想の対象となり、ご本人が激しく混乱したり、介護する方に極度に負担がかかる場合は、デイサービスやショートステイを利用し、一時的に環境を変えてみることも有効です。ケアマネジャーや専門医とよく相談して、よい選択をしてください。
4-3.浮気を認めてはいけない
奥さんの方で嫉妬妄想が起きたときに、ご主人に注意いただきたいことがあります。そのときに、本当に過去にあった浮気を白状してしまってはいけないということです。
妄想は、実際にあることないことに関わらず思い込み、修正できない特徴があります。そこで、過去の浮気を白状してしまうと、ますます混乱してしまいます。世の男性陣、気をつけてください。あくまで過去の悪業は、悪業として認めないほうが、患者さんのためなのです。
5.病院で治療できる方法とは
嫉妬妄想は治療できることを知ってください。
5-1.メマリーが著効
認知症の進行を抑える治療薬の中でもブレーキ系のメマリーが嫉妬妄想には効果があります。メマリーは5㎎から治療を開始して、10㎎、15㎎、20㎎と1週間ごとに逓増します。治療のコツとしては、処方開始から2週間後には確認をして、嫉妬妄想が落ち着ていれば10㎎を維持量とすることです。
もちろん、10㎎で効果がなければ20㎎まで逓増します。メマリーの効果は、ご家族が驚くほどです。嫉妬妄想が出現した場合は、必ず使用してほしい薬です。
5-2.メマリーで不十分なら抑肝散も
メマリーは確かに効果があるのですが、もう少しコントロールしたい場合は、抑肝散を1日2〜3回追加します。漢方ですが、思いのほか効果があります。
5-3.完全に抑制してもいけない
治療のコツは、月に1〜2回は嫉妬妄想が残る程度がコツです。完全にゼロにしてしまうと少し抑制が強過ぎると思われます。嫉妬妄想が無くなることは歓迎かもしれませんが、そのほかの反応も少なくなってしまう可能性があるのです。こうなると、意欲も感情も希薄になってしまいます。そのようなところまで抑え込むことは避けたいのです。
アルツハイマー型認知症における薬の使い分けについては以下の記事で詳しく紹介しています。
6.放置は危険。その後どうなるか
高齢者の嫉妬妄想は放置しても良いのでは?と思われるご家族もいらっしゃいます。「疲れるのでとにかく無視する」という対応法を取られる気持ちもわからなくはありません。
しかし、そのまま放置をしておくとときに不幸な事件になることもあります。専門医としては絶対に放置しないよう提言いたします。
6-1.耐えきれずにゴルフクラブで患者さんを殴り飛ばした事例
あまりに患者さんの嫉妬妄想がしつこいために、介護者であるご主人がゴルフクラブで奥さんの頭を殴ってしまい警察沙汰になったケースがあります。認知症の症状として嫉妬妄想を訴える患者さん。それに毎日耐えなければいけない介護者さん。どちらも不幸です。ですからこそ適切な対応と薬物治療が必要なのです。
6-2.精神科に入院せざるを得なかった事例
あまりにしつこい嫉妬妄想が原因で精神科に入院させられた患者さんもいらっしゃいます。正直、嫉妬妄想は外来での薬物治療で十分にコントロールできます。
そうすることをせずに、放置させた結果悪化させてしまい入院させるしかなくなってしまったのです。精神病院は自宅や介護施設とはあまりに異なります。やむを得ない場合以外は、出来るだけ利用しない方策を考えたいものです。
7.まとめ
- 嫉妬妄想は病気であることを認識してください
- どれだけ説得しても修正できないことが被害妄想です。
- 最近では、効果的な薬物治療があります。