先日、歯科クリニックにおける認知症の早期発見の方法をご紹介させていただきました。多くの方にシェアをいただき、コメントもいただきました。その中のコメントに、「これくらいで認知症?通帳をなくすわ保険証もなくすわ、、、、若い時からですがねえ」というものがありました。確かに、認知症の初期の症状には、これぐらいは誰にでもあるのでは?と考えがちです。しかし、認知症の発症リスクには、もともとの知的活動習慣が影響することもあります。
今回の記事では、月に1000名の認知症患者さんを診察する長谷川嘉哉が、認知症予防のために知的活動生活の改善方法についてご紹介します。
目次
1.認知症のリスク要因とは?
2017年7月、イギリスの医学雑誌『Lancet』(ランセット)の認知症予防・介入・ケアに関する国際委員会は、それまで発表された数々の研究結果に対してメタアナリシス解析を実施しました。その結果、認知症の発症リスクを高めるさまざまな要因のうち、本人の意識しだいで改善できる9つのリスク要因があると発表しました。そのリスク要因とは、「低学歴」「高血圧」「肥満」「難聴」「喫煙」「抑うつ」「運動不足」「社会的孤立」「糖尿病」の9つです。
今回は、その中の「低学歴」の意味を中心にご紹介します。
*メタアナリシス解析:複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること
2.低学歴をカバーする読み書きそろばん
直訳では「低学歴」とあるのですが、きつい言葉のため、反感を持たれる方も多いと思います。実際には11~12歳までに十分な教育を受けていない、ということのようです。私は「低学歴」という言葉を、「不十分な知的活動習慣」と置き換えて考えています。
2-1.日本にはそもそも優秀な教育システムがあった
日本では、戦前の義務教育であった尋常小学校を卒業した12歳の段階で学歴を終わらせて働き始める人も多くいました。しかし外来をやっていると、学歴は関係なく知的活動習慣が高い方がたくさんいらっしゃいます。
2-2.読み書きそろばんの効果
これには日本の昔の教育、「読み書きそろばん」が貢献しています。学歴に関係なく、読むことと書くことが習慣化していると、脳全体を刺激するために認知症予防につながるのです。
また計算については、これも学歴に関係なくそろばんをやっていた人は、計算能力が維持されます。何しろ、そろばんは、右脳の空間認識をフルに利用するため能力が落ちにくいのです。認知症になっても、計算能力が維持されている方は、たくさんいらっしゃいます。
2-3.もともとの知的レベルが高ければ、低下しても一定のレベルで維持できる
このように、読み書きそろばんをしっかりと教育された方は、元々の知的活動レベルが高いため、認知症になって機能が低下しても、それなりのレベルでとどまる傾向にあるのです。
3.まる憶えによる素敵なお年寄りが多くいる
最近の日本の教育では、意味のない「まる憶え」は否定されています。しかし、昔の日本の教育では、子供たちに意味もなく、強制的に「まる憶え」をさせていました。おかげで年をとって認知機能が低下しても昔の記憶は忘れません。
そのため、認知症になっても、過去の天皇陛下の名前がすべて言えたり、百人一首をそらんじたり、難しい漢字が書けたりする人が、たくさんいらっしゃいます。これこそ、まさに学歴に関係ない知的活動だと思います。そんな方々は、不思議と認知症の進行も緩やかで穏やかなのです。
4、加齢変化により、同時にこなせることが減る
年を取って、脳の機能が落ちるということは、同時に作業できる数が減ることです。具体的には、20〜30歳代のころは、同時に7つの事柄を進行させることができます。しかし、40〜50歳代になると7つの事柄は5つに減ってしまいます。
ですから、若いうちから、物を忘れやすかったり、物を失くしやすい人には、何か原因があるのです。これを、放置してしまうと、加齢によるよりひどくなり、ひいては感情にまで悪影響を及ぼします。例えば、物を忘れることでイライラしたり、物を失くすことで実害を被って落ち込んだりしたりしてしまうのです。これが認知機能にも悪影響を及ぼすと考えられます。
5.加齢変化を軽くするための知的活動習慣
今の高齢者が、昔の教育で知的活動習慣を維持してきたように、何らかの準備が必要です。
5-1.覚える努力
年を取ると、覚えられないと嘆く方がたくさんいます。しかし、学生時代は試験の前には手で書きながらも覚えようと努力したものです。今も、それほどの努力をしているでしょうか? さすがに百人一首を覚えようとは言いませんが、覚える努力をするべきです。仕事なので、人の顔や名前を覚える必要がある人は、独自の覚える努力をしているのです。
5-2.忘れない努力
今の時代、多くの情報が頭に入ってきます。黙っていると、頭の中を素通りしてしまいます。そんな時代たからこそ、メモが重要です。不思議と、メモは取る方と取らない方に分かれます。メモを取る習慣のある人は、その内容を適宜アウトプットすることで、知恵に変わります。その積み重ねが、年をとった時の大きな違いにつながるのです。
5-3.「素直」を心がける心の習慣
実は、外来をやっていて、大事なことと感じるのは、「素直さ」です。素直な方は、良いことは素直に問い入れます。認知症が進行しても、素直な方への対応は介護者の負担を和らげます。
できれば、「若い時から、物も失くしやすい人」ほど、若いうちからこそ何か工夫をしてもらいたいものです。
6.まとめ
- 認知症のリスクにおいて、知的活動習慣は大事です。
- 昔の日本教育は、学歴に関係ない優秀な知的活動習慣です。
- 今の時代も、自ら知的活動習慣を取り入れましょう。