モラハラ・万引き・ゴミ屋敷…反社会的行動を生み出すピック病とは

モラハラ・万引き・ゴミ屋敷…反社会的行動を生み出すピック病とは

皆さんの周りに、こんな人はいらっしゃいませんか?

突然怒り出したり、ときには暴力も振るう。逆に極端に無気力になる掃除や洗濯を全く行わず不潔感が強い決まった時間に同じ行動を繰り返す。スーパで万引きをしたりする、痴漢行為をする。どれも社会的ルールからは逸脱しています。

でも、これが自分の親だったらどうでしょうか? 『どうしてしまったんだろう』、と深く悩み、悲しくもなります。もし、これが近所の方であったらどうでしょう。できたら関わりたくありません。でも、怒りや暴力が自分や家族に向かってきたら、迷惑ですし危険です。

実は、こんな困った人たちがピック病という、認知症の一つの病気である可能性があるのです。最近、認知症専門外来ではピック病の患者さんが増えています。

テレビで、ゴミ屋敷や迷惑おばさんなどといって近隣の方とトラブルを起こしているニュースを見ていると、「これもピック病の可能性が高いな」と感じています。この記事では、認知症専門医としてピック病の症状・診断方法・治療・対策についてお伝えしします。

目次

1.ピック病とは?

ピック病はなかなか理解されていない病気です。

というのも、本やネットで調べると必ず、“65歳未満で発症する若年性認知症の一つ”と記載されています。日々現場で認知症を診察していると、この表現が多くの『見落とし』につながっていると感じています。まずこの病気について解説します。

1−1.若年性だけではない。65歳以上にもピック病は起こりえる

高齢化が進む中、多くの疾患の発症年齢が高齢化しています。そのため、ピック病の発症年齢も以前のように65歳未満に限定されていません。65歳以上の患者さんにも、ピック病はたくさんいることを多くの人が理解する必要があると思います。

Senior Couple in An Argument
65歳未満でも、それより上でもかかる可能性があります

1−2.遺伝性は日本ではまだ不明

海外では30~50%の患者さんに家族歴を認めますが、わが国では家族歴のある患者さんは殆どいません。日本では、ほとんどの患者さんは、はっきりと遺伝するものではないと考えられます。

1−3.頻度(発症の多さと患者数)

認知症の頻度では、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症に次いで4番目です。患者数は全国で約1万人といわれていますが、今後、病気が正しく認知されると患者数が増えてくると思われます。

1−4.初期症状は、「ああ言えばこう言う」が目立つ

ピック病の特徴的な症状は「人格の変化」です。認知症の一種ですが、初期の段階では、物忘れなどの記憶障害はほとんど見られません。理性や感情に障害が出ることで、怒りっぽくなったり、他人を思いやる気持ちがなくなったり、善悪の判断をつけることができなくなります。その結果、暴力や万引き、痴漢などの反社会的な行動を躊躇なく取ることになります。

外来での印象は、とんでもない行動をとっているのですが、『ああ言えばこういう』でふてぶてしく、多弁な印象です。

Funny broken furnitures trash pile
ゴミ屋敷など常人には理解できない行動をする場合もピック病の可能性があります

2.チェックリスト〜こんな症状に注意したい

家族や近所の方でピック病を疑ったら、以下の質問に答えて判定をしてみましょう。10個のチェックリストで、思いあたるものがあれば、あてはまる項目数をチェックして下さい。

1・状況にあわない行動 場所や状況に不適切と思われる悪ふざけや、周囲の人に無遠慮で、身勝手な行動をする

2・意欲減退 引きこもりや何もしないなどの状態が続き改善しない。思いあたる原因は特になく本人の葛藤もない

3・無関心 周囲の出来事に無関心になったり、身だしなみに気を使わず不潔になったりする

4・逸脱行為 万引きなどの軽犯罪を犯すが反省や説明はできず、繰り返すことが多い

5・時刻表的行動&繰り返し行動 散歩や食事、入浴などを時刻表のように毎日決まった時間に行う。やめさせたり待たせたりすると怒る

6・食べ物へのこだわり 毎日同じもの(特に甘いもの)しか食べず、際限なく食べる場合も

7・言葉の繰り返し 同じ言葉を繰り返したり、他人の言葉をオウム返ししたりする

8・好みの変化 突然甘いものが好きになるなど好みが大きく変わる。酒やたばこなどは以前と違い毎日大量にとる

9・発語、意味の障害 無口になったり語彙が少なくなったり、品物の名前や使い方が分からなくなる

10・短期記憶の維持 最近の出来事などの短期記憶は保たれる。日時も間違わず、外出しても道に迷わない


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以上の質問で、当てはまる症状が3つ以上あるとピック病の疑いがあると言われています。

また、4・5・7・9番の項目に1つでも当てはまる場合は、ピック病の可能性が高くなります。

3.専門医での鑑別方法(他の病気との見分け方)

ピック病は、認知症の検査では正常なため、『問題ないですよ。性格的なものです』と正しく診断されないことがあります。専門医として鑑別すべき疾患と画像診断の特徴を紹介します。

3−1.早期認知症との違いを診る

早期認知症とは正常ではなく、認知症でもない、いわゆる認知症の前段階を言います。一見正常で、通常行われる認知症の検査も正常です。症状としては、論理的思考ができず理性がコントロールできません。そのため、理屈が通らず怒りっぽい症状が出ると、ピック病と鑑別が難しいこともあります。この場合は経過観察することで、症状に変化がなければ早期認知症。人格障害が悪化すればピック病と判断します。

3−2.重度アルツハイマー型認知症との違いを診る

ピック病は、初期の段階では、記憶障害等が見られません。進行するとアルツハイマー型認知症と同様に認知機能障害も悪化します。一方で、アルツハイマー型認知症も進行すると、性格変化、暴言、暴力といったピックに特徴的な症状が出現します。認知機能障害と人格障害がともに揃うと、両者の鑑別は困難になります。

3−3.画像診断と聞き取りで判断していく

ピック病は、CTやMRIで前頭葉、側頭葉前方に委縮が見られます。しかし、病初期では委縮を認めないこともあります。診断には、臨床症状の聞き取りが重要です。

4.ピック病は誰が診ている?

実はピック病は初期症状の場合は、医療機関が中心になって診ているわけではありません。

周囲でピック病を患った方が出た時に、すぐ医療機関にかかるケースはまれです。病気だと思われていないからです。

4−1.医師とケンカすることも

医師の間でも、ピック病の認知は広まっていません。患者さんは、周囲を無視したりバカにするような態度や自己中心的な行動をとります。そのため病院でも、診察を拒否したり、不真面目に答えたりするため、病気を理解していない医師とケンカになることさえあります。

4−2.民生委員に相談がいくケースが多い

認知症専門として、医師会や病院の勉強会で講演をする際にも、当然ピック病の話もします。しかし、医療従事者の反応は今一つです。それどころか、『そんな患者さんいる?』といった雰囲気です。ところが、民生委員さんの前で講演した時の反応は、凄いものでした。講演後の質疑応答で『先生、私の担当者にピック病のような人がいます』と多くの人から手が挙ったのです。

地域では、このように民生委員さんがピック病に関わってくれています。ちなみに民生委員さんは、厚生労働大臣から委嘱され、地域において住民の立場に立って相談に応じ、必要な援助を行っています。

近所でピック病の方がいらっしゃると周囲の方は相当迷惑です。そんな時に、どこに話が行くかといえば、医療機関でなく民生委員さんなんです。つまり、ピック病は各地域の民生委員さんが苦労しながら対応してくれているのです。

Japanese Senior Ladies Talking at a Cafe
ご家族も民生委員さんもピック病と知らず苦労し合っているケースが多いです

5.ピック病の理解が進む映画がある

なかなかピック病を理解することは難しいものです。そんな時にお勧めの映画があります。精神科医の和田秀樹さんが監督をした、『「わたし」の人生 我が命のタンゴ』です。映画の中では、患者さんが怒りっぽくなったり、痴漢をして警察につかまったりと現実感があります。

当院の認知症専門外来では、このDVDを貸し出し用に備えています。ピック病が疑われる患者さんが受診された場合には、ご家族にDVDをお貸ししています。借りられた家族の方は、『とてもよく理解できた』と喜ばれています。お勧めです。

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6.治療方法について

ピック病の症状の多くは、攻撃性、暴言等の興奮状態を呈しています。そのため、治療としてはブレーキ系の薬を使用します。具体的には、メマリーを使用します。間違っても、アリセプト等のアクセル系の処方をしてはいけません。さらに症状を悪化させます。メマリーだけでコントロールできない場合は、コントミン(抗精神病薬)を少量から追加していきます。

しかし、それ以前に服薬拒否をされる方もいらっしゃいます。そうなると医師もお手上げです。さらに症状が進行することを待つしかないこともあります。場合によって、自宅や介護施設でも対応ができないことがあるため精神科病院へ入院せざる得ないこともあります。

薬の使い分けについては別記事にまとめてありますので、医療従事者の方や、ご家族でも詳しく知りたい方はぜひ参考になさってください。

7.ピック病の時に活用したい公的制度がある

ピック病も含まれる前頭側頭葉変性症の中の一部が、2015年7月1日から新たに特定疾患(指定難病)に指定されました。指定難病と診断され、症状の程度が重症度分類で3以上ならば医療費の助成が受けられます。ただし、診断をされれば全例で指定を受けられるわけでは無いので、症状が進行する中で主治医と相談されることをお勧めします。

指定難病「前頭側頭葉変性症」について詳しく知りたい方は難病情報センターの記事も参考になさってください。

難病情報センター:前頭側頭葉変性症(指定難病127)

8.予後

寿命は、発症した年齢にもよりますが、2年~15年(平均6年)とされます。発症して2年の寿命というと、急激に進行するようにも見えます。それは、寿命の長さそのものよりも、この病気の診断がつきにくいことにも、関係しています。ピック病は、診断されることが難しく、気が付いたときには進行してしまっていることが多いのです。その結果、寿命の長さにもズレが生じてくるようです。

9.まとめ

  • あなたの周囲にいる困った人は、もしかするとピック病かもしれません
  • ピック病は65歳以上の方でも発症することを知ってください。
  • 受診もしない、薬も飲まないときは、精神科入院も検討しましょう
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