老人性難聴は認知症のリスク・専門医がお伝えする早めの対処方法とは

老人性難聴は認知症のリスク・専門医がお伝えする早めの対処方法とは

高齢になったお父さん、お母さんの耳が遠くなっていると感じることは少なくないと思います。

大きくはっきり言うようにしてもなかなか伝わらないものです。わかったかどうかわからないので、もう一度聞くと「?」という顔をします。聞こえないのを悟られないように愛想笑いでごまかしている時もあるでしょう。

外来でも、患者さんのご家族から『おばあちゃんは都合の悪いことは聞こえなくて都合の良いことしか聞こえない」と言われることがあります。人によっては、「悪口だけは聞き取れる」と言われることもあります。実はこれは医学的に説明できるものです。

老人性難聴の多くはよくある「加齢に伴う難聴」です。しかし、本人も困っているし、ご家族も困っています。さらに最近では、認知症と関連が報告されています。そのため加齢だからとあきらめずに対処に取り組むことが必要です。この記事では認知症専門医の長谷川が老人性難聴に対する対処方法をご紹介します。

1.老人性難聴とは

人の聴力は、40代から少しずつ落ちていきます。加齢とともに音を聞き取る内耳の感覚細胞や神経の細胞が減ってしまうのです。糖尿病や高血圧、動脈硬化などの生活習慣病やストレスがあると、さらに細胞が劣化しやすくなります。

1−1.特徴

老人性難聴では、高いほうの音から聞き取りにくくなります。特に「サ行」や「タ行」などの音の高さは、2000~3000Hzと、日常会話のなかでは、高い音域に属します。そのため、相手が話した言葉とは違う言葉に聞こえるようになります。例えば、「タカイ」と言っても「ハカイ」と聞こえる。そのうえ、音と音の区切りがわかりにくくなるため、早口で話されると、スピードについていけません。ご家族が一生懸命説明しようとすると、自然に早口で声が高くなります。そのためますます通じなくなるのです。

逆に、陰で、悪口を言うときは、「低い声で、ゆっくり」話すために高齢者には聞こえてしまうのです。つまり、「悪口を言うがごとく」低い声で、ゆっくり伝えることが大切なのです。

フ、サ、タ、ナなどの子音がまず聞こえにくくなります。(出典:補聴器サービス

1−2.頻度

超高齢社会を迎え、加齢性難聴の患者数も年々増加しています。世界保健機関(WHO)では会話領域の平均聴力レベルが25dBHL(デシベル・エイチ・エル)を超えると難聴と定義しており、国立長寿医療研究センターの「老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)」という疫学調査によれば、聴力レベルが25dBHLを超える難聴の有病率は65歳以上から急激に増え始め、75~79歳では男性71.4%、女性67.3%、80歳以上になると男性84.3%、女性73.3%が難聴と報告されています。

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25dbHlが聞こえにくくなると、補聴器の使用を検討しましょう(出典:日本補聴器販売店協会 難聴の程度と適合補聴器のタイプ

1−3.老人性難聴は感音難聴

難聴には大きくわけて、耳垢が詰まったり鼓膜が破れたりして音が伝わりにくくなる「伝音難聴」と、内耳から脳までのどこかの神経機構の感度が低下する「感音難聴」があります。老人性難聴は感音難聴であり、治療法が少なく、その効果も限られています。

耳の構造と難聴の種類
加齢による「感音性難聴」は内耳より内部に問題があると考えられます

2.老人性難聴と認知症に関係があるとは

老人性難聴は認知症の発症にも影響を与えるのです。

2−1.難聴が認知症の原因となった疫学調査

2017年7月、専門誌『THE LANCET』に「認知症の3分の1は予防しうる」とする論文が掲載されました。認知症の原因となるアルツハイマー病など脳の病気を治す方法は、残念ながら見つかっていません。しかし仮に9つの要因を完璧に無くせたとしたら、認知症の3分の1は予防できるとしています。ちなみに9つとは①高血圧 ②糖尿病 ③肥満 ④運動習慣のなさ ⑤喫煙 ⑥(幼少期の)質の低い教育 ⑦社会的な孤立 ⑧難聴 ⑨うつです。

つまり、「難聴」が認知症のリスクとされたのです。論文では、仮に難聴になる人を完全に無くすことができたら、認知症を今より9%も減らせると指摘しています。

2−2.難聴によるワーキングメモリへの負担が、認知症の一因になりえる

実は、老人性難聴が認知症になる原因の一つが、私が自著「一生使える脳」でご紹介したワーキングメモリを使って説明できます。

私たちの脳には、パソコンでいうところのメモリ(情報を一時的に保ちながら操作するための領域)機能があり、例えば、「隣の部屋にメガネを忘れたから取ってこよう」という行為は、このワーキングメモリに入れられて、一時記憶として保存されます。

しかし、隣の部屋に行ったときに、ちょうど雨が降ってきたからとあわてて洗濯物を取り込んだりしていると、「メガネを取ってこよう」という最初の記憶が「洗濯物を取り込む」という記憶に上書きされる形で消されてしまい、元の部屋に戻ってから「肝心のメガネを忘れた!」となります。


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これはワーキングメモリの容量が限られているために、同時にいくつかの作業をやろうとする結果起こるのです。

実は難聴のある人は、日常生活において耳から入ってくる少ない情報から内容を理解するために、無意識のうちに多くのワーキングメモリーを消費してしまっています。

例えば、電車内の聞きとりやすいアナウンスならば小説を読みながらでも内容を理解できますが、音声の悪いアナウンスを聞きとる場合は、小説を読むことを止めて耳を澄まし集中しなければ聞きとれません。

このように難聴がある人は、日常的に音声の聞きとりに多くのワーキングメモリー容量を使ってしまい、それが認知機能の低下に影響するのです。

ワーキングメモリの改善方法について、新刊「一生使える脳」では詳しくお伝えしています。以下の記事で、その概要をご覧いただけます。

3.早めに耳鼻科受診を

聞き返しや聞き逃しなどに身に覚えがあれば、まず耳鼻咽喉科を受診してください。詳しい聴力検査を受け、医師の指導の下、早めに治療を開始し、同時に補聴器を使いましょう。聞こえ難さに慣れてからでは、人の言葉をはじめとして音楽などさまざまな音がなじみにくくなるからです。

4.難聴の進行を遅らせるための3つ方法

難聴の進行を遅らせるために意識すると良いことは、以下の3つです。

4-1.ストレスをためない

過度なストレスは、難聴の原因となる場合もあります。 趣味に没頭する時間を作ったり、気分転換をしたりすることでストレスを発散しましょう。また、適度な運動もストレス発散となります。ただし、無理をすると精神的にも肉体的にも負担になってしまいますので、無理のない範囲で長期的に続けられる運動を取り入れると良いでしょう。

4-2.耳の血流を良くする

耳の血液の循環が悪くなると、聴覚器官や脳への神経伝達が十分に行われなくなってしまいます。血液の流れを良くすることが、難聴の進行を遅らせることにつながります。血液の流れを良くするためには、バランスの取れた食事や適度な運動を取り入れることが大切です。耳の治療にはビタミン剤の投与がしばしば行われます。主にビタミンB(1,2,6,12)やビタミンEが良いとされています。

ちなみに、各種ビタミンは以下の商品に多く含まれています。

  • ビタミンB1:豚ヒレ肉・豚もも肉などの肉類や、大豆などの豆類、うなぎなど
  • ビタミンB2:レバー、うなぎ、牛乳、納豆など
  • ビタミンB6:マグロ・カツオ・サケなどの魚類や小麦胚芽や種実類など
  • ビタミンB12:肉類や魚類などの動物性食品など
  • ビタミンE:植物油やアーモンドなど

4-3.大きな音を避ける

大きな音や騒音に日常的にさらされていると、難聴が加速してしまう可能性が高いとされています。大きな音や騒音は、工事現場やコンサートなどだけではありません。幹線道路や高速道路、線路の近くにお住まいの方は、常に騒音にさらされている可能性があります。 老人性難聴を予防するためにも、一度お住まいの環境面を確認してみてはいかがでしょうか。 騒音レベルが高い場合、窓を防音ガラスにする、防音カバーを取り付ける、背の高い家具を置いて音を防ぐなど、引越しをしなくても騒音を避けることは可能です。

5.補聴器の使用について

老人性難聴の対策としては、補聴器をつけてできるだけ聴力を維持することが大切です。しかし補聴器の使用には「慣れるトレーニング」が必要になります。そのため、難聴が進行してしまう前の軽度の段階で使用を開始することが望ましいのです。

また認知症患者さんが補聴器の管理をすることは困難です。難聴が進行して認知症も進行する前に、補聴器に慣れておいてほしいものです。介護の現場では、認知症の患者さんが補聴器を失くしたり、ゴミ箱に捨ててしまうことが結構あります。そのために、スタッフ全員が血眼になって探し回ることはしょっちゅうあるものです。

ちなみに補聴器は、その場ですぐに購入するのではなく、まず1~2週間は試聴しましょう。病院の検査室は静かなので、実際に日常生活を過ごしながら装着感や聴こえる範囲など使い心地を確認し、補聴器の調整をしてもらうことをお勧めします。

調整しても、子音の聞き取りに必要な高音部が聞こえにくいといったことがありますが、老人性難聴が原因で認知症にならないようにするには、少しでも聴こえる範囲を広げるように補聴器をつけることが望ましいのです。

Otoscope and Hearing Aid with test results
補聴器を自然に使いこなすようになるには、調整とトレーニングが必要です(写真は耳掛け式補聴器とオトスコープ)

6.まとめ

  • 老人性難聴は、加齢により70歳以上の6割以上に認めるものです。
  • 老人性難聴は、認知症のリスクの一つであることが分かってきました。
  • 認知症予防のためにも補聴器の使用・管理に慣れることができる早い段階から、補聴器の使用しましょう。
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