池井戸潤さんの新作『ハヤブサ消防団 森へつづく道』を読みました。結論から言えば、またしても一気読みです。「今日はここまでにしよう」と思って本を閉じても、続きが気になって、また開いてしまう。少しだけ読むつもりが、気づけばかなり先まで進んでいる。
池井戸作品を読むたびに思うのですが、これはもう完全に「読ませる技術」です。今回は、私にとってさらに特別な一冊になりました。なぜなら、物語の背景にある岐阜の山里が、私が普段働いている岐阜県土岐市からも非常に身近に感じられる土地だからです。山、川、森、集落、昔から続く人間関係。ページをめくるたびに、どこか見覚えのある岐阜の風景が頭に浮かんできました。
目次
1.何も起こらなさそうな田舎だからこそ、怖い
『ハヤブサ消防団』の面白さは、舞台が大都会ではないことです。自然豊かで、人々がお互いの顔を知っているような田舎町。一見すると、とても平和です。ところが池井戸潤さんの手にかかると、その「平和そうな風景」が次第に違って見えてきます。
人間関係が近いからこそ、秘密もある。長く暮らしているからこそ、過去もある。そして、「こんな田舎で、なぜこんなことが起きるのか?」という違和感が、少しずつ大きくなっていきます。
今回も、若い女性の死、不可解な出来事、そして主人公であるミステリ作家・三馬太郎自身を取り巻く新たな展開が、最初は別々の話のように動き始めます。しかし読み進めるうちに、「これは何かつながっているのでは?」と感じ始める。
ここから先は止まりません。池井戸さんは、読者に答えを簡単には見せません。しかし、絶妙なところで「もう少し読めば分かるかもしれない」と思わせる。だから本を閉じられないのです。
2.岐阜を知っている人間には、風景まで見えてくる
私が今回特に面白かったのは、物語そのものだけではありません。「この景色、分かるなあ」と思いながら読めたことです。池井戸潤さんは岐阜県出身です。作品に登場する八百万町ハヤブサ地区は架空の場所ですが、山に囲まれた集落、川沿いの道、森の深さ、人と人との距離感には、岐阜県の中濃から東濃にかけて暮らしたことのある人なら感じ取れる独特の空気があります。
私は岐阜県土岐市で長く仕事をしています。少し車を走らせれば、同じような山里の風景は珍しくありません。だからでしょう。文章を読んでいるというより、頭の中で映画を見ているような感覚になるのです。都会を舞台にした作品なら、「そういう場所なのだろう」と想像します。
しかし今回は違います。山道の曲がり方まで浮かんでくる。夕方になれば急に暗くなる山あいの空気まで分かる。知っている土地に近いからこそ、物語の不気味さがより現実味を帯びて感じられました。
3.池井戸潤作品は、なぜこんなに止められないのか
池井戸潤さんといえば、『半沢直樹』『下町ロケット』『陸王』など、企業や組織の中で戦う人間を描いた作品の印象が強い方も多いと思います。
しかし『ハヤブサ消防団』シリーズは少し違います。舞台は山里。主人公はミステリ作家。そこに消防団、地域社会、選挙、過去から続く人間関係、そして事件が絡んできます。
それでも、「結局、人間が一番面白い」という池井戸作品の魅力は変わりません。善人に見える人にも別の顔がある。怪しく見える人が本当に怪しいとは限らない。誰を信じればいいのか。何が真実なのか。その疑問を抱えたまま、読者は三馬太郎と一緒に森の奥へ奥へと入っていきます。
そして後半になるほど、伏線がつながり始める。ここからのスピード感は、さすが池井戸潤さんです。私は今回もまんまと術中にはまりました。「あと一章だけ」が、「ここまで来たら最後まで」になってしまいました。
久しぶりに、読書そのものの楽しさを思い出させてくれる一冊でした。まだ読んでいない方には、ぜひお薦めします。ただし一つだけ注意があります。翌朝早い日の夜には、読み始めない方がいいかもしれません。おそらく途中では、やめられません。


認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。