先日、私の父から緊急で電話がありました。「日記が書けなくなった!」とのことです。すぐに診察をすると、普通にしゃべることができるし、指示動作も可能。麻痺も認めません。医学的には「純粋失書」の状態です。すぐに、救急車で病院に受診。頭部CT、頭部MRIおよびMRAを撮影して明らかな異常がないうちに、字が書けるようになりました。幸い、後遺症もなく退院。これもひとえに早期受診できたお陰だと思います。
私の父親は、毎日朝日新聞の天声人語を書き写し、さらに寝る前には10年日記をつけています。そのため、84歳の現在も認知症の症状は認めません。そのうえ今回は「失書」を早期に発見、適切な対応ができました。今回の記事では、認知症専門医の長谷川嘉哉が、「書くという習慣」が「失書」の早期発見につながった理由を解説します。
目次
1.失書とは?
私の父親が発症した症状は、「字を書くこと」のみが障害されました。他に症状がなかったため、いわゆる「純粋失書」と言います。他に、「文字を読むこと」だけができないと「純粋失読」。「字を書くこと」と「文字を読むこと」が両方とも障害されると、「失読失書」と言います。
しかし一般的に、「純粋失書」、「純粋失読」、「失読失書」のみが単独で出現することは稀です。脳神経内科医30年の私でも、経験したことはありませんでした。多くの場合は、右利きの患者さんであれば右麻痺、もしくは失語症状に伴うことが大部分なのです。
*失語症状:脳出血、脳梗塞などの脳血管障害によって脳の言語機能の中枢(=言語野)が損傷されることにより、獲得した言語機能(「聞く」「話す」機能)が障害された状態。
2.なぜ、父親を救急車で搬送したか
私の父親は、発症時、麻痺もなく、症状は「失書」だけでした。自分で喋れて、自分で動けるのに、私は専門医として救急車による搬送を指示しました。それには以下の理由があります。
2-1.症状が進行する可能性がある
純粋失書の場合、詰まっている、もしくは詰まりかけている血管は細い部位であると考えられます。しかし、さらに太い部分が詰まりかけている可能性も否定できません。その場合、時間の経過とともの右麻痺や意識障害が出現する可能性あるのです。
2-2.超急性期血栓溶解療法も時間次第
もしも太い血管が閉塞していても発症4〜5時間であれば、詰まった血栓を溶かすことが出来ます。その場合は、時間が早ければ早いほど効果があるのです。
3.失書に対する検査・治療は?
失書に対しては以下の検査を行います。
3-1.頭部CT撮影
大至急で行うことは、頭部CTです。脳出血であればCTだけで出血の有無はすぐに分かります。脳梗塞の場合は、急性期の場合は、CT上では病変を見つけることはできません。逆にCTでも梗塞巣が見える場合は、時間が経っているため超急性期血栓溶解療法は適応にならないことが多くなります。
3-2.頭部MRIとMRA検査
CTで異常がない場合は、MRIで梗塞巣の有無を調べます。さらに、MRAで脳の血管を見て、閉塞している部位、狭窄している血管がないかを調べます。幸い私の父親は、病院到着時には失書の症状は消失しており、MRIもMRAも異常な所見は認めませんでした。
3-3.不整脈のチェック
心臓に不整脈があると、血栓が脳に飛ぶことで失書の症状が出ることがあります。そのため、心電図、24時間心電図、心エコーなどで不整脈をチェックします。
4.書かなければ失書は気が付かなかった?
今回の父親の症状は、字を書かなければ気が付かなかったと思われます。気が付かなかった場合、寝ているうちに症状が進行、その結果、重篤な障害や、生命的な危険が起こっていた可能性もあるのです。
その点、私の父親は、毎日天声人語を書き写し、寝る前には10年日記をつける習慣があったため、早期に発見できたのです。
5.書くことが脳の機能低下を防ぎ、早期発見につながる
今回、改めて書くことが脳のどの部位と関連しているかを調べてみました。実は、書くという行為は、本当に脳のあらゆる部位と関連していることが改めて理解できました。書くためには、読むことも必要、読むにも漢字・カタカナでは認識する部位が異なります。そしてイメージを膨らませることも必要。昔の記憶を引っ張り出すことも必要。そして、実際に手を使って文字を書く必要があるのです。まさに、脳がフル回転です。
そのため書くことが習慣化している人は、年をとっても脳の機能が維持され、何かあった場合でも早期に発見できるのです。脳機能の維持のためにも、万が一の早期発見のためにも、毎日何かを書き続けることを強くお勧めいたします。
6.まとめ
- 今回、私の父親が「純粋失書」という症状を発症した
- 幸い、早期に対応できたため後遺症を残したり、生命的危険も回避できました。
- これも常日頃、書くことを習慣にしていたおかげだと考えられました。