最近、同時にこなせる仕事量が減ったと感じることはありませんか? もしくは、同時に仕事を進めていると今まででは考えられないミスを犯してしまうことはありませんか?
これはワーキングメモリ低下の可能性があります。脳の機能の一つである、このワーキングメモリは加齢に伴って低下します。しかし少しでも早いうちから、ワーキングメモリの仕組みを知っておけば、対策をとることが可能です。
ワーキングメモリは鍛えることよりも、解放してあげることのほうが重要です。なぜならワーキングメモリはトレーニングで拡張するものではないからです。効率よく解放してあげることで、空いたスペースに新たな記憶を入れることが可能になります。
では具体的にはどうすればいいのでしょうか?
今回の記事では、認知症専門医長谷川嘉哉が、ワーキングメモリの仕組みや上手な解放の仕方について解説致します。仕事の効率をアップしたい方や、脳を若返らせたい方はぜひご一読ください。
目次
1.ワーキングメモリが使えていない人の特徴
・「忙しい、忙しい」が口癖のわりに作業効率が悪く、仕事ができない
・仕事にストーリー性がなく、場当たり的に仕事をし、ミスが多い
・「あれ? なんだっけ?」などの突発的な物忘れが多い
このように、日々の生活で情報をスムーズに処理できず、さまざまな問題、課題を抱えるようになります。ワーキングメモリが飽和状態になり、脳のネットワークがうまく働かなくなることで、新しい課題に直面すると古い課題は本人の意志とは関係なく忘れられていきます。正直、一緒に仕事をしている人にしてみれば、困ったものです。
2.そもそもワーキングメモリとは?
ワーキングメモリとは、脳の前頭葉の働きです。短い時間のみ脳の中で情報を保持し,同時に処理する能力のことです。 パソコンで言えば「メモリー」の働きをしています。(ちなみに海馬および大脳皮質は記憶を貯めておくので、ハードディスクの役割になります)
このワーキングメモリが同時に処理できる能力は、意外に小さくせいぜい5つ〜7つ前後と言われます。この処理能力は加齢によって衰えていき、50代に入る頃には30%ほど低下すると言われています。
3.あなたは大丈夫? ワーキングメモリのテスト
ワーキングメモリの低下は他人事ではありません。あなたもその可能性があります。私たち認知症の専門医が日々、診察室で行っているワーキングメモリの働きをチェックする簡単なテストを紹介します。早速チェックしてみてください。
暗算での引き算で、「シリアルセブン」とも呼ばれています。「100から7を引いた数を言ってください」と聞き、「93」と答えられたら「それからまた7を引くといくつですか?」と問いを5回繰り返します。100から7を引いた「93」を自力で保持しながら、さらにそこから7を引くことができますか。それをチェックすることでワーキングメモリの働きを測ることができるのです。
認知症専門外来の患者さんで、中等度の認知機能障害がある方では、5問をすべて回答されることはほぼ不可能です。若い方でも、出来るか否か少しドキドキしませんか? スムーズに計算できたでしょうか?
4.鍛えるよりも解放が重要な理由とは
ワーキングメモリのお話をすると、「負荷をかけることで、ワーキングメモリを鍛えることはできませんか?」という質問を受けることがあります。残念ながら、ワーキングメモリはトレーニングでがんばっても増やせません。人間のそもその能力として限界があるからです。
最新の研究によると、ワーキングメモリが平行して処理することのできる情報は最大で7つ、平均すると5つ程度だと言われています。先ほどのパソコンの例に置き換えるなら、フリーズせずにスムーズに動かせるアプリケーションは、7つから5つと決まっているのです。日々の情報を処理する中で、効率的に作業するため、あえて数を絞るように進化してきたと考えられます。裏を返せば、進化の過程で最も効率的な情報処理の量として定まったのが、5つから7つだったのです。
つまり、ワーキングメモリは鍛えて処理能力を増やすものではなく、効率よく解放して、次から次へ新しい情報を処理することが大事なのです。
5.具体的な解放の方法
ここでは、ワーキングメモリを解放する具体的な方法をご紹介します。
5−1.すぐやる
例えば、業務上で生じた課題の中で、すぐに対応できるものは持ち越すことなくその場で処理しましょう。忙しい人ほど、その場でメールや電話をして一瞬で仕事を終わらせてしまうものです。
5−2.メモする
一方、すぐに対応できない業務についてはメモしておくことで、状況を把握し、優先順位を書き出しましょう。解決できなくとも、メモにし、優先順位をつけるだけでワーキングメモリは解放されるので、新しい情報の処理が可能となります。
5−3.書き出す
メモするは、短期的な記憶の置き場を作るということになります。しかし世の中には、すぐにやることもできず、メモだけでは対応できない事柄もあるものです。
その時に有効なことは、視覚情報の力を借りることです。具体的には、書き出すことです。頭の中だけで思い悩まず書き出すことで、課題がビジュアル化され、全体のイメージを掴むことができます。すると停滞していた思考が活性化され、新しい対応策を見出すことができるのです。
「書き出す」ときに少し整理が付き、思考がまとめられる、という特徴があります。これが「メモする」とはニュアンスが異なる部分です。
私は、スタッフが結婚等で退職する場合に贈る言葉があります。『人生、大変なことは重なる!』しかし、『紙に書きだせば、思いのほか大したことではなく対応策が見つかる!』です。
6.ワーキングメモリーに負担をかけさせないことも大切
人間の日々の行動は情報処理と言われます。情報処理の際にワーキングメモリに負担をかけないことも重要です。
6−1.慣れる
皆さん、初めて車の運転をした時を思い出してください。運転することに懸命で、必死に周囲に気を配り、ハンドル操作、アクセル・ブレーキ操作をして、まさにワーキングメモリがフル稼働です。しかし慣れてくると、音楽を聴きながら、仕事のことも考えながらでも運転が可能になります。つまり、慣れることにより、運転という情報処理においてはワーキングメモリーを使う必要がなくなったのです。このように工程が決まっている仕事においては、無意識下でもできるようにするほど慣れることが大事です。
6−2.ビジュアル化する
珠算上級者の方は、認知症がかなり進行してもこの機能が維持されます。なぜかというと、上級になると数字の概念がすべてそろばんの玉に置き換えられるからです。私自身も珠算1級なのですが、ある日数字の概念がすべてそろばんの玉になったことに気が付き驚いたものです。
それはどういうことかというと、現在でも、電話番号、車のナンバー、値札もすべてそろばんの玉で認識します。私が調べたところ、数字の概念は、珠算1級は全員、2級が50%、3級は0%でそろばんの玉に置き換わっていました。そのため、加齢によってワーキングメモリの機能が低下しても、そろばんの玉を使って簡単に計算ができるのです。
そろばん以外でも、ことあるごとにビジュアルでイメージする習慣を持つことでワーキングメモリに負担をかけることがなくなります。例えば、飛行機、トウモロコシ、キツネという無意味な言葉をおぼる際にも、飛行機に乗って、北海道にいき,キツネを見ながらトウモロコシを食べるイメージをすると、ワーキングメモリを負担させずに映像で記憶することができるようになるのです。
6−3.相手のワーキングメモリに気を配りながら任せる
ある程度の年齢、立場になると膨大な量の処理能力を求められます。その際に最も手っ取り早いことは、他人に任せることです。ただし、何でも丸投げすることは、嫌われますから注意が必要です。上司であれば、部下のワーキングメモリが飽和しないように気を配りながら任せて欲しいものです。
7.若い人は即実践!将来困らない対策法
若いころは今よりもワーキングメモリの処理能力が高く、かつ与えられる業務の難易度が低かったことで、習慣化を身につけずとも仕事を回せていたのでしょう。ところが、加齢による衰えと求められる業務の難易度が上がったことで、ワーキングメモリが飽和し、パニックとなり、周囲から見ると頼んだ仕事がこなせない「仕事のできないベテラン」となってしまうのです。
この状態から脱するには、若いうちから、1つ1つの課題を「すぐやる、メモする、書き出す」のサイクルに乗せ、次々と処理していくことです。入ってきた情報は、ワーキングメモリがスムーズに回転することで、海馬や大脳皮質に移動してくことで知恵に変換されます。しかも、そのときには1つのワーキングメモリが新たな情報を処理できる状態になっているのです。
忙しくても、多くの知恵にあふれ、常に多くの情報を処理している「仕事のできるベテラン」は、若い頃から「把握する、書き出す、すぐやる」の「1人会議」に似たサイクルを習慣化しています。だからこそ、加齢によってワーキングメモリの処理能力が落ちてきても、積み重ねてきた経験と知恵を使って、うまく物事を習慣化し、対応することができるのです。
8.まとめ
最後に長谷川の著書「一生使える脳 専門医が教える40代からの新健康常識(PHP新書)」(860円+税)をご紹介させていただきます。
これは認知症専門医である長谷川が、臨床の現場で経験してきた知恵と、長年の脳科学の研究が蓄積してきたエビデンスを組み合わせ、「一生使える脳」を育む方法をお伝えするものです。本稿でご紹介した前頭葉の「ワーキングメモリ」機能についても述べています。
以下の記事で内容を一部ご紹介していますので、脳の若さを保ちたい方は是非参考にしていただきたいと思います。