認知症専門外来を続けていると、ときどき非常に印象的な患者さんに出会います。ご家族がこう言って受診されるのです。「最近、母がぼーっとするんです」「会話の途中で止まることが増えて…」「同じことを何度も聞くんです」
こう聞くと、多くの人はまずこう思います。「認知症ではないか」実際、医療機関でもそのように説明されているケースは少なくありません。しかし、詳しく診察を進めていくと、まったく違う原因が見つかることがあります。それが――
てんかんです。
しかもこれは、決して珍しい話ではありません。今日は、認知症専門医として外来で何度も経験してきた「認知症と誤診されやすい高齢者てんかん」について解説します。
目次
1.「ぼーっとする母」から始まった診察
ある80代の女性の患者さんの話です。ご家族はこう言って受診されました。
「最近、母がぼーっとするんです」
「会話の途中で急に止まることがある」
「同じことを何度も聞きます」
ご家族としては当然こう考えます。
「認知症ではないか」
実際、他院では「軽度認知症」と言われていました。しかし診察の中で、ご家族の話をさらに詳しく聞いていくと、気になる点がありました。ご家族がこう言ったのです。
「時々、母が数分間固まるんです」
「呼んでも反応がないんです」
「でもそのあと普通に戻るんです」
これは典型的な認知症の症状とは少し違います。そこで私は、「てんかんの可能性」を考えました。検査を行い、てんかんを疑って治療を開始しました。するとどうなったか。それまで頻繁に起きていた「ぼーっとする症状」が、ほとんど消えたのです。ご家族はとても驚かれました。「認知症じゃなかったんですか?」もちろん、この患者さんに認知症が全くなかったわけではありません。しかし、症状の大きな部分が、実はてんかんだったのです。
2.実は高齢者で増える「てんかん」
多くの人が誤解していますが、てんかんは子どもの病気だけではありません。実は疫学研究を見ると、てんかんの発症率は
- 乳幼児
- 高齢者
この二つの年代でピークを迎えます。つまり、高齢者はてんかんになりやすいのです。高齢者てんかんの原因として多いのは次のようなものです。
・脳梗塞
・脳出血
・脳萎縮
・アルツハイマー病
こうした脳の変化が、てんかん発作の原因になることがあります。つまり、脳の病気を経験した高齢者では、てんかんが新しく発症することは珍しくないのです。
3.なぜ認知症と間違われるのか
では、なぜ高齢者てんかんは認知症と間違われるのでしょうか。理由はとてもシンプルです。高齢者のてんかんでは、けいれんが少ないからです。多くの人がイメージするてんかん発作は、
・突然倒れる
・体が激しくけいれんする
・泡を吹く
こういうものだと思います。しかし、高齢者てんかんではこのような発作はむしろ少なく、代わりに次のような症状が現れます。
・ぼーっとする
・反応が遅い
・会話が途中で止まる
・数分間意識が飛ぶ
・同じ行動を繰り返す
これを非けいれん性発作と呼びます。見た目は非常に地味で、周囲から見ると「認知症の症状」に見えてしまうのです。
4.アルツハイマー病とてんかん
さらに重要なことがあります。それは、アルツハイマー病はてんかんを起こしやすいという事実です。研究によって差はありますが、アルツハイマー病の約10〜20%にてんかんが合併すると言われています。つまり現実の臨床では、認知症とてんかんが同時に存在するということが珍しくありません。
そのため、「すべて認知症の症状だろう」と考えてしまうと、治療できる症状を見逃してしまうことがあるのです。
5.見逃してはいけない症状
もし高齢者に次のような症状があれば、てんかんの可能性を考える必要があります。
・突然ぼーっとする
・会話が途中で止まる
・数分間反応がない
・同じ行動を繰り返す
・急に立ち止まる
・意識が数分飛ぶ
さらに特徴的なのは、1日に何回も起きることがあるという点です。ところが周囲はこう考えてしまいます。「認知症だから仕方ない」これが見逃される最大の理由なのです。
6.実は治療できる病気
ここがとても重要なポイントです。認知症は、現在の医学では完全に治すことが難しい病気です。しかし、てんかんは違います。適切な抗てんかん薬を使用すれば、発作を抑えることができます。
するとどうなるか。ぼーっとする症状が減り、
・会話が増える
・反応が良くなる
・活動量が増える
という変化が起こることがあります。
家族からこんな言葉を聞くことがあります。「母が元に戻ったみたいです」もちろん完全に元通りになるわけではありません。しかし、生活の質が大きく改善することは決して珍しくないのです。
7.認知症専門医として思うこと
私が外来で聞く言葉の中で、最も怖いものがあります。それは「認知症だから仕方ない」という言葉です。確かに認知症は進行する病気です。しかし、すべての症状が認知症とは限りません。その中には治療できる原因が隠れていることがあります。その代表的なものが、てんかんなのです。
8.最後に
もしご家族に次のような症状があれば、
・突然ぼーっとする
・数分間反応がない
・同じ行動を繰り返す
一度、てんかんの可能性を考えてみてください。そして主治医に、こう聞いてみてください。「てんかんの可能性はありませんか?」その一言が、患者さんの人生を大きく変えることがあります。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。