認知症外来をしていると、本当に報われない介護を続けている方に出会います。兄弟はいても、「遠くに住んでいるから」「仕事が忙しいから」と、実際の介護は一人の娘さん、息子さん、あるいは配偶者に集中してしまう。病院への付き添い、薬の管理、デイサービスの準備、ケアマネジャーとの相談、夜間の対応。毎日の生活すべてを背負っています。それでも兄弟から「ありがとう」の一言もない。それどころか、「もっと家で見てあげたら?」「施設はかわいそうじゃない?」と、介護していない人ほど意見だけは言う。
さらに、一番介護している人が認知症の本人から「財布を盗った」と責められることさえあります。そんなご家族に、私は時々こう言います。「大丈夫です。必ず良いことがありますよ」。今日は、長年認知症介護を見てきた私が、頑張っている介護者の方にどうしても伝えたいお話です。
目次
第1章 一番頑張っている人ほど、介護の苦労は見えない
認知症介護には、外からは見えない仕事がたくさんあります。薬を一錠飲ませる。着替えを手伝う。病院の予約を取る。同じ話を何度も聞く。失禁の後始末をする。一つ一つは小さなことに見えます。しかし、それが毎日、365日続きます。
ところが、たまに顔を出した兄弟には、その大変さが分かりません。「元気そうじゃない」と言われると、主介護者は「一日だけ見て何が分かるの」と言いたくなります。
だから私は、診察室で介護者が愚痴をこぼしても責めません。むしろ、もっと言ってほしいと思っています。愚痴が出るのは、それだけ頑張っている証拠でもあるからです。
第2章 なぜ一番介護している人が「泥棒」にされるのか
認知症では、「物盗られ妄想」が見られることがあります。自分で財布や通帳をしまったことを忘れる。しかし本人には「自分が忘れた」という認識がありません。
そこで脳は理由を作ります。「誰かが盗った」そして疑われるのは、多くの場合、一番身近にいる人です。つまり、一番介護している人なのです。
毎日世話をしている娘さんが「あなたが盗った」と言われれば、傷つかないはずがありません。これは認知症という病気の症状です。しかし、言われた家族の痛みは本物です。
だから覚えておいてほしいのです。あなたの介護が悪いから責められているわけではありません。親が忘れてしまっても、兄弟に理解されなくても、あなたがしてきた介護の価値までなくなるわけではありません。
第3章 あなたの姿を見ている人はいます
私は報われない介護を続けている方に、「必ず良いことがありますよ」とお伝えすることがあります。医学的根拠はありません。それでも私はそう信じています。なぜなら、あなたの姿を見ている人がいるからです。
あなたのお子さんは、親が祖父母を支える姿を見ています。ケアマネジャーも、訪問看護師も、介護スタッフも見ています。そして少なくとも、私は診察室で見ています。
疲れ切った顔をしながら、それでも親を病院へ連れて来る姿を見るたびに、「本当によくやっている」と思います。人が人生に残すものは、お金や財産だけではありません。「あの人は最後まで親を支えていた」その生き方そのものも、次の世代に残っていくのではないでしょうか。
終わりに
認知症介護は、必ずしも報われるとは限りません。感謝されないこともある。兄弟から理解されないこともある。本人から泥棒扱いされることさえあります。だから、「もうやってられない」と思う日があって当然です。それでも、あなたがしてきたことは消えません。親が忘れても、兄弟が分かってくれなくても、今日まで介護を続けてきた事実は残ります。だから私は今日も、頑張っている介護者の方に言いたいのです。「大丈夫です。必ず良いことがありますよ」もし何も良いことがなかったら、その時は私のところへ文句を言いに来てください。
完璧な介護など必要ありません。愚痴を言いながらでもいい。腹を立てながらでもいい。今日まで続けてきた。それだけで十分立派です。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。