医師になりたての頃、患者さんの処方に、小児用バファリンが含まれていることがありました。「大人なのに小児用?」と不思議に思ったものです。当時は、低用量のアスピリンを摂取するためにあえて小児用バファリンを処方していたのです。(当時はまだ低用量アスピリン剤の製品がありませんでした)
実は、この低用量アスピリンはとても効果がある薬なのです。そのうえ、薬価も信じられないほど安いというメリットがあります。今回は脳神経内科専門医である長谷川嘉哉がこの伝統的な痛み止め薬の、他の処方目的とその効果についてご紹介します。
目次
1.アスピリンとは
歴史をさかのぼると、アスピリンの原料は、西洋と東洋で共に鎮痛剤として用いられた柳の樹皮に含まれていました。ギリシャの医聖ヒポクラテスが、紀元前に柳の樹皮を熱と痛みを軽減するために用い、中国では唐の時代の書に柳の樹皮を歯痛止めに使うことをすすめる記述があります。
19世紀になって、柳の樹皮から有効成分が抽出され、1897年にアスピリンが開発されました。しかし、なぜ痛みに効くのかが解明されたのは、1971年になってからです。プロスタグランジンという身体の痛みを伝達する局所ホルモンが合成されるのを抑えることが報告されたのです。これを発見したイギリスの薬理学者・ジョン・ヴェインは、1982年にノーベル医学賞を受賞しました。
2.アスピリンの効果
アスピリンの効果には、よく知られる消炎鎮痛作用のほかに抗血小板作用があります。
2-1.高用量の消炎鎮痛作用
冒頭でご紹介した熱冷ましや痛み止めの効果を期待して処方するものです。皆さんにはこの使い方が有名でしょう。
慢性関節リウマチや変形性関節痛に対して、成人にはアスピリンとして、1 回0.5~1.5g、1 日1.0~4.5gを経口投与します。上気道炎(いわゆる風邪)等に対する発熱では、1 回0.5~1.5gを頓用します。
しかし、現在においてはステロイド以外の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drug)として、サリチル酸系のアスピリンではない他の薬が使われることが多くなってきています。
- プロピオン酸系:代表薬はロキソニン、イブプロフェンです。強力な鎮痛作用に加えて白血球抑制作用も知られ、その影響から消化管への副作用もアスピリンよりは少ないためよく使用されます。
- 酢酸系:坐剤があるため即効性の高いボルタレン座薬などをを頓服で使用します。湿布に使用されるインドメタシンもこの系統です。
※インフルエンザが疑われる場合の発熱にはアスピリンは使用しないでください。
2-2.低用量の抗血小板作用
実は、アスピリンには抗血小板作用といって、「血小板の凝集を阻害することで、血栓を作らないようにする作用」があるのです。この効果は、あくまで低用量のアスピリンでのみみられる効果です。
1日に100 mg程度の「低用量アスピリン」を服用することにより、血液が固まりにくくなり、脳梗塞や心筋梗塞の予防になるのです。この100mという量が小児用であったため、昔は小児用バファリンを使用していました。もちろん現在は、正式に81㎎や100mgのアスピリンが含まれた薬剤が作られているので、そちらを処方しています。
3.低用量アスピリンの効果
怪我をしたときに血が固まって傷口を防ぐのは、人体を守る重要な作用ですが、何かのきっかけによって体内で血が固まると血管を詰まらせ、「脳梗塞」や「心筋梗塞」などの生命に関わる疾患の原因になります。低用量アスピリンの効果は、血が固まることを防ぐ「血液サラサラ」効果です。高血圧や軽度の脳梗塞を発症している人の多くが、病院でこの薬を処方されています。低用量アスピリンの効果をご紹介します。
3-1.抗血小板薬で血栓予防
アスピリンは、血小板の凝集や血管壁の収縮を引き起こす物質「トロンボキサン」の合成を阻害し、血液の粘性を低下させて、脳梗塞や心筋梗塞などの血管障害を予防する効果があります。ただし、血小板が血栓を発生させるのは動脈においてのみです。そのため、静脈などで血液が滞ることなどで起こる血栓症に対してはアスピリンは効果がありません。
3-2.抗凝固薬ワーファリンとの違い
静脈などで血液が滞るために起こる血栓症では凝固因子の働きが重要です。この場合は、ワーファリンという薬で、血を固まりにくくさせます。
ですから、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞など動脈で起こる血栓症では、主に抗血小板薬(低容量アスピリン)が使われ、人工弁置換術後、心房細動、深部静脈血栓症、肺梗塞など主に血流の乱れや鬱滞(うつたい)による血栓症では、主に抗凝固薬(ワーファリン)が使われています。
3-3.納豆が食べられないのはどっち?
血をサラサラにする薬を飲んでいるというと、「納豆が食べられないのですか?」という質問をよく受けます。しかし低用量アスピリンの場合は、納豆を制限する必要は全くありません。
一方、納豆を食べると、腸内でビタミンKが合成され、ワーファリンの効果を弱めてしまいます。ワーファリンを処方されている患者さんは納豆の摂取は禁物です。
4.低用量アスピリンの保険適応疾患
低用量アスピリンは、以下の疾患で保険が適応されています。
・狭心症:抗血小板作用を有し、狭心症患者において、心筋梗塞、死亡などの心血管イベントを減少させます(SAPAT trial. Lancet 1992;340:1421-1425)。
・心筋梗塞・脳梗塞:いったん心筋梗塞を起こしてしまった人の再発を予防する効果が認められています。
・虚血性脳血管障害:低用量アスピリンは虚血性脳血管障害の再発予防に有効であるばかりでなく,脳梗塞急性期の治療薬としても汎用されています。
5.副作用
当たり前ですが、効果能ある薬には副作用があります。しかし、私は医師としては副作用のある薬は評価します。薬とは、両刃の剣です。副作用の全くない薬は、全く効かないと言えるのです。
5-1.副作用
重い副作用の発現率は極めてまれですが、特に飲み始めの2カ月間は念のため下記のような初期症状などに注意してください。
- 出血傾向:歯ぐきの出血や皮下出血、血尿など出血傾向がみられたら、すぐに受診してください。重症化することはまれですが、消化管出血や脳出血など重い出血を起こす危険性がまったくないともいえません。とくに他の抗血栓薬との併用時は要注意です。
- 消化管潰瘍・胃腸出血:胃痛、腹痛、下血(血液便、黒いタール状の便)、吐血(コーヒー色のものを吐く)。
- 肝障害:だるい、食欲不振、吐き気、発熱、発疹、かゆみ、皮膚や白目が黄色くなる、尿が茶褐色。
- 喘息発作:咳き込む、ゼーゼー・ヒューヒュー息をする、息苦しい。
5-2.禁忌
アスピリン喘息、過敏症、出血傾向、消化性潰瘍、非ステロイド性消炎鎮痛剤等による喘息発作、15歳未満の水痘、15歳未満のインフルエンザには、使用自体が禁忌です。
5-3.予防
副作用として、消化性潰瘍や上部消化管出血がありますが、その予防にはプロトンポンプ阻害薬などの併用が有用です。アスピリンは、脳梗塞や心筋梗塞の発症・再発を減らすわけです。禁忌が無い限り使用します。
6.期待できるさらなる効果
アスピリンは、消炎鎮痛および抗血小板作用以外にもさらなる効果が期待されています。まだ発見されていない効能があることも期待され、21世紀になっても研究が続いています。アルツハイマー型認知症、骨粗しょう症、糖尿病、妊娠中毒などに臨床試験が試みられています。
6-1.認知症
アルツハイマー病をはじめとする認知症を呈する患者では、その原因にかかわらず、しばしば血管の病気を併発することが知られています。そのため、血管性認知症の要素も合併している患者さんにはアスピリンの抗血小板作用が有効であると予想されます。
また、血管性でなくアルツハイマー型認知症自体が「脳の慢性炎症」という考え方があります。そう考えるとアスピリンの抗炎症作用が認知症を改善すると考えられるのです。
6-2.大腸がん
大腸がんではCOXという物質の発現が普通の人より亢進していて、その結果プロスタグランジンも増えて腫瘍の増殖を促進していると言われています。古くは1970年代の米国の疫学調査でアスピリンの服用で大腸がんによる死亡を30~40%抑制できるという報告があり、また1990年代にはマウスを使った実験でCOXを働かなくすると大腸がんの原因になる腺腫(ポリープ)の数が有意に減り,あるいはノックアウトしなくてもCOX阻害薬(NSAID)の投与でも腺腫の減少が認められる事がcellという有名な学術雑誌で発表されています。
最近では、オックスフォード大学のDr. Peter Rothwell氏らが、Lancetで、14,000人以上の統合データから20年間のリスク推定値を算出した結果およそ5年間日常的にアスピリンを少なくとも75mg服用していた患者は大腸がんの発症リスクが24%低下し、またそれによる死亡リスクは35%低下したことを示しています。
7.値段もメリット
最近の、新薬は恐ろしいほど高価な値段がついています。その点、低用量アスピリンは1錠5.6円という恐ろしいほどの安さです。別に保険を使わなくても、30日分で200円にもなりません。
8.まとめ
- アスピリンは、消炎鎮痛作用だけではありません。
- 低用量アスピリンは、抗血小板小夜により、狭心症、心筋梗塞、虚血性脳血管障害にも効果があります。
- 今後は、認知症、大腸がんなど、他の疾患にも効果が証明される可能性があります。