先日、美容院で髪の毛を洗ってもらっていたところ、スタッフの方から「先生、申し訳ありませんが急病人を診てもらえませんか?」と相談されました。
見にいくと、若い女性が椅子から倒れ落ちて床に横たわっています。全身けいれんに加え、白目をむいて、意識がないため周囲の人達も近づくこともできません。典型的なてんかんの発作です。
幸い、私の専門中の専門ですから心臓と呼吸の確認をしてから、気道を確保。おおよそ3分でけいれんは止まりました。今回の経験で、一般の方がてんかん患者さんの対応を知られていないことを痛感しました。
その方は発作が治まっても意識が朦朧としていたため、念のため救急車を呼ぶことに。しかし、救急病院の当直医が専門外との理由で転送先が決まりません。実は、てんかんは多くの医者も苦手にしている病気なのです。
おそらく多くの方(医師も)はけいれん発作のシーンに遭遇することはあまりないと思います。「これは何?」「いったいどうしたら?」「ヘタに動かして悪化したら責任問題!」などと思うと、遠巻きに眺めるしかないのでしょう。しかし患者さんを救うには救急の知識が必要です。
今回の記事では、神経内科医の長谷川が目の前で誰かが倒れられたときに慌てずに対処する方法をお伝えします。
目次
1.てんかんの症状とは
てんかんの発作を起こすと、突然、意識を喪失し、転倒やけいれん、口から泡を吹いたり、倒れてしまうこともあります。このような状態を目にすると、多くの人は遭遇したことがないので、たいへん慌てるものです。
1−1.症状
てんかんの症状には、多くのものがあります。しかし、周囲の方が対応しなければいけないものは、「意識消失発作に伴うけいれん」が主症状です。
症状が発症した際は、強直(きょうちょく)発作といって、「口を固く食いしばり、手足を伸ばした格好」で全身を硬くしていきます。数秒〜数十秒間持続します。強直したまま激しく倒れ、けがをすることもあります。
また、間代(かんたい)発作といって、膝などを折り曲げる格好をとり、手足をガクガクと一定のリズムで曲げたり伸ばしたりするけいれんが起こります。一般には数十秒で終わりますがときに一分以上続くこともあります。
1−2.患者数
発症率は“100人に1人”と言われています。つまり、1%の方が持病としてお持ちで、全国に100万人の患者さんがいると考えられます。また、現在の医療では、70〜80%の人が、適切な治療を取ることで発作をコントロールすることができ、多くの人たちが普通に社会生活を営んでいます。しかし、2割の人は、薬を飲んでも発作をコントロールできない状態です。これは「難治性てんかん」と呼ばれるものです。
1−3.遺伝の可能性は低い
てんかんのほとんどは遺伝しません。一部のてんかんには発病に遺伝子が関係していたり、発作の起こりやすさを受け継ぐことが明らかになっていますが、そうしたてんかんの多くは良性であり、治癒しやすいようです。
2.対処法
突然の意識消失とけいれんを起こした患者さんに遭遇した際の対処法をご紹介します。
2−1.基本対処法
まずは、呼吸をしているか確認しましょう。患者さんの鼻や口に皆さんの顔を寄せ呼吸を感じ取ります。
次いで、脈を取り心臓が動いていることを確認しましょう。
てんかん発作の場合は、心臓や呼吸に障害を及ぼすことは殆どありません。呼吸が保たれて、心臓が動いていることが確認できれば、衣服をゆるめて、気道を確保してください。吐物による窒息を避けるために横向きに寝かせることも重要です。
【横向きに寝かせる方法】
また、けいれんの発作様式や持続時間を記録(携帯電話やスマートフォンの動画が便利)すれば、診断にも役立ちます。
2−2.禁忌(やってはいけないこと)
意識を取り戻させようと必死になるかもしれませんが、体を叩いたり、ゆすったりすることはNGです。
さらには何かを飲ませたり、口の中に何かを入れるのも避けましょう。これは窒息を避けるためです。
口にタオルをかませたり、箸を入れたりすると、窒息してしまったり口の中を傷つける恐れがあるので、絶対にしないようにします。
2−3.症状が治まらなかったら
多くのけいれん発作は、5分以内に収まります。けいれんが収まるにしたがって意識も回復してきます。しかし、5分経ってもけいれんが収まらないときは、迷わずに救急車を呼びましょう。
3.てんかんと紛らわしい疾患
意識消失に伴うけいれん発作はてんかんだけではありません。ただし、てんかん患者さんは20歳前後の方が多いため、以下の疾患の可能性は低いと思われます。
3-1.脳血管障害
脳出血や脳梗塞といった脳血管障害でも同じ症状が起こります。しかし、この場合は5分経っても意識レベルが回復することはありません。
3-2.心筋梗塞
心臓の疾患でも同じ症状が起こります。しかし、胸痛を伴うことが多く、脈も不整であったり、弱くなります。脳血管障害と同様に、5分経っても症状が改善することは少ないものです。
※心停止が疑われる場合は、AED機器をセットします。AED機器は動作が必要な状況かどうか自動でチェックします。呼吸が止まっている場合は心臓マッサージを行います。必要なときに慌てることがないよう、救急救命講座をできるだけ受講しておきましょう。
4.多くの医師はけいれんを苦手としている
今回、私が経験したケースでもいくつもの救急病院で専門外という理由で断られました(私が救急車に一緒に乗っていこうかと思ったほどです)。
てんかんに限らず、医師はけいれん発作に立ち会う経験は少ないものです。ですのでこの発作を苦手とする医師が多数なのです。私が基幹病院に勤務していたときも、けいれんが起こると多くの科から「神経内科医」ということで呼ばれたものです。神経内科の専門領域については以下の記事を参考になさってください。
5.治療方法
この章では、医師の方のために急性期と慢性期の治療方法を簡単に紹介します。
救急では、まずはけいれんを止めることが必要です。セルシンを静脈注射します。その際に、一時的に呼吸が抑制されますが、アンビューバックで補助することで回復します。頭部CTや心電図で脳血管障害や心筋梗塞が否定できれば、てんかん発作予防のための治療を行います。
抗てんかん薬の治療は、単剤使用が基本です。複数の抗てんかん薬を併用すると、アレルギーなどが出現した場合に原因薬が不明となるだけでなく,副作用の種類も増え、また併用することで薬物相互作用を起こすこともありえます。効果がない場合も単剤で量を増やします。それでも効果がない場合は、複数の治療薬を併用します。
6.周囲でてんかん発作を起こした方がいる場合の心がけ
まずは、世の中に100人に1人といった高頻度に患者さんがいることを理解しましょう。そして、根拠のない偏見は避けましょう。この病気によって、採用などの際に差別することは許されません。
心がけとしては、正しい服薬につきます。もし患者さんが服薬に不安があり、薬を飲まないことがあると、発作を引き起こすことがあるかもしれません。
その場合に、専門医としては「薬の量が足りないのか?」「薬の選択が悪いのか?」が分からないため、正しい対処ができなくなります。患者さんにおいては処方通りの服薬を日頃行うようにしてください。
周囲、特に職場においては医療機関受診への配慮をお願いしたいものです。ただし、てんかん患者さんの受診間隔は落ち着いて入れば3〜6か月で良いので、かなり間隔を空けることができます。
7.運転と妊娠について
てんかん患者さんの場合は、治療だけでなく以下の2点への心構えが大事です。
7-1.発作を起こさない人は運転できる
実は、以前はてんかん患者さんは、車の免許が取得できませんでした。そのため患者さんは、病名を隠して免許を取得するということがありました。
患者であることがわかると運転できなくなるので、病院にも行かないということがあったのです。
しかし、京都の八坂神社でてんかん患者さんが逆走して多くの方が亡くなる事故が起こりました。その事件以降、てんかん患者さんに対する免許取得に対して明確な基準が示されました。具体的には、2年間発作がなければ免許取得が可能となる反面、発作のコントロールができていない方は運転が禁止となったのです。
そのため、従来以上に専門医による薬の正しい選択と患者さんの正しい服薬が重要となったのです。
7-2.妊娠中の不安も少なくすることができる
てんかん患者さんが妊娠された場合、不安があるでしょう。一番は服薬による胎児への影響です。
私は以下のような説明をしています。「抗てんかん薬の服薬で奇形児の発生は倍になります。実は、通常の妊娠でも1000例に5例は奇形が発生します。それが抗てんかん薬を服薬している方の場合は1000例が10例になります。」
この説明をすると、多くの方が妊娠に対して安心されます。私個人の経験では、服薬しながらも、幸いにも皆さん無事に正常出産されています。
ただし、抗てんかん薬については、単剤で最小限の処方量にします(妊娠中も発作をできるだけ避けたほうが良いため)。そのためにも、患者さんにおいても正しい服薬が重要となります。
8.まとめ
- 意識消失に伴ったけいれん発作を起こした患者さんに遭遇した場合は、呼吸と脈を確認しましょう。呼吸と脈が維持されていれば、3分以内でけいれんは収まり、意識も徐々に回復します。
- 抗てんかん薬の治療は単剤が基本です。そのためにも専門医による薬の正しい選択と患者さんの正しい服薬が重要です。
- 正しいコントロールがされていれば、車の運転も出産も問題はありません。