脊髄小脳変性症とは・在宅医療を行う脳神経内科医が全経過を解説

脊髄小脳変性症とは・在宅医療を行う脳神経内科医が全経過を解説
2019-01-21

脊髄小脳変性症という病気をご存知でしょうか?

我々、脳神経内科医が専門とする病気です。手足の動きは保たれるのですが、歩行も不安定になり転倒を繰り返し、そのうち移動に介助を要することになります。

当初は大学病院や地域の基幹病院を受診されますが、いずれは受診自体が不可能になります。そのため、専門医であっても脊髄小脳変性症の全経過を診ることは少ないものです。その点在宅医療では、病院に通院できなくなった脊髄小脳変性症の患者さんを長期にわたって診ることが可能です。今回の記事では、在宅医療に取り組む脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、脊髄小脳変性症の全経過についてご紹介します。

1.脊髄小脳変性症とは

Functionalareasofthebrain
バランスや微調整を司る小脳にトラブルが発生する病気です

歩行時のふらつきや、手の震え、ろれつが回らない等の症状があらわれる神経の病気です。通常、手足を動かすことは大脳が中心で行いますが、微調整は小脳が行います。そのため、小脳が病気になったときには「動かすことは出来るのに、上手に動かすことが出来ないという症状」が現れます。この症状を総称して、運動失調症状と呼びます。脊髄小脳変性症は一つの病気ではなく、この運動失調症状をきたす原因不明の病気の総称なのです。

なお、足の突っ張り、歩行障害が主な症状である痙性対麻痺(けいせいついまひ)も、一部の疾患では小脳症状を呈することがあるため、我が国では行政上は脊髄小脳変性症に含まれています。

2.特徴

脊髄小脳変性症には以下の特徴があります。

2-1.患者さんの数は?

脊髄小脳変性症は日本において難病指定を受けている疾患の1つです。全国で3万人以上の方が本疾患に罹患していると報告されています。

2-2.発症年齢

脊髄小脳変性症にはいろいろなタイプがあり、発症年齢にはばらつきがあります。報告では、55歳を中心に前後8歳の間での発症が多いようです。

2-3.遺伝性は?

脊髄小脳変性症は、遺伝性のものと遺伝性でないものに分けられます。脊髄小脳変性症の約1/3の方が遺伝性です。遺伝性のものは、遺伝様式により、優性遺伝性と劣性遺伝性に分かれます。優性遺伝性の病気は、お子様につたわることがあります。一方、劣性遺伝性の病気はお子様に伝わることはまずありません。

3.症状は

主な症状は、起立や歩行がふらつく、手がうまく使えない、喋る時に口や舌がもつれるなどの症状です。

3-1.運動失調で初期は痩せる

筋力は維持されても、バランスが取れないため、患者さんは必死にバランスをとろうとします。患者さんにとっては、僅かの移動でも、消費カロリーは膨大です。そのため、初期の患者さんは、痩せていることが多いものです。

しかし、症状が進行すると、安全のため車いす等での移動が増えてくることで消費カロリーが減少。逆に体重が増えてくるのです。

3-2.暗闇が苦手

明るい場所では、バランスの悪さを目で調整します。しかし、暗い場所では、眼での補正が十分行えないため、バランスを崩して転倒しやすくなります。

3-3.凸凹も苦手

正常であれば、地面がデコボコであろうと、多少傾斜があっても対応が可能です。脊髄小脳変性症の患者さんは、ちょっとして凸凹や傾斜でもバランスを崩すため、舗装されていない道や、舗装されていても傾斜がある道には注意が必要です。

3-4.構語障害・嚥下障害

小脳に障害がある場合の構語障害は特徴的で、我々専門医は、喋り方を聞いただけで診断がつきます。初期の段階では、何をしゃべっているかは、周囲の人間も聞き取れます。しかし、症状が進行すると何を言っているか分からなくなるほど、構語障害が進行します。この段階で気をつけることは、同時に嚥下障害も進行していることです。こうなると窒息・誤嚥性肺炎の危険性が高まります。

3-5.その他の合併症状

足が突っ張る、手がうまく使えないなどのパーキンソン症状も認めます。また、自律神経系にも異常がおよぶ結果、呼吸や血圧の調整機能障害を認めます。さらに、末梢神経の障害に関連したしびれを自覚することもあります。なかには、幻覚や失語、失認、認知症などの高次機能障害を認めることもあります。

Senior person using walking frame
歩行や嚥下が不自由になることで、身体にも悪影響を及ぼします

4.診断

症状以外では以下で診断を補助します。


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4-1.小脳の萎縮

頭部MRIやCTの画像検査を通して小脳や脳幹、大脳基底核や大脳皮質の萎縮を認めます。

4-2.除外診断

運動失調症状は、腫瘍(癌)、血管障害(脳梗塞、脳出血)、炎症(小脳炎、多発性硬化症)、栄養障害などでも起こります。。これらの疾患を否定することが必要です。

4-3.遺伝子検査

脊髄小脳変性症の一部は遺伝性を伴うこともあります。原因となっている遺伝子変異を検索することを目的とした遺伝子検査が行われることもあります。ただし、保険適応ではありません。それ以上に、治療方法が確立されていない疾患の、遺伝子検査を受けるか否かは、主治医および家族と慎重に相談される事をお勧めします。

5.治療は

脊髄小脳変性症を根本的に治せる治療方法は、現在のところ存在しません。症状を和らげる対症療法を行います。

5-1.甲状腺ホルモンの分泌促進

運動失調症状に対して、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤のプロチレリン酒石酸塩(注射薬:商品名ヒルトニン)、TRH誘導体であるタルチレリン水和物(内服薬:商品名セレジスト)を使用します。これらは、甲状腺ホルモンの分泌を促し、身体の活動を高め神経系の働きを活発にして、症状を改善する作用があると考えられています。

5-2.リハビリ

脊髄小脳変性症の患者さんは、徐々に筋力が低下していくことがあり、リハビリテーションで筋力低下を防ぐことは重要です。筋肉があれば、寝たきりになる可能性が減少します。手に筋肉があれば、ふらついたとき物につかまることができ、転倒のリスクが減少します。また、足に一定の筋量が保たれれば体の安定性が高まります。

6.映画:1ℓの涙が参考になる

脊髄小脳変性症は、木藤亜也さんが21歳になるまで書き続けた日記をもとに映画化された、「1リットルの涙」が有名です。脊髄小脳変性症の実態が分かりやすく描かれています。

6-1.発症

亜也が中学3年のある日、いつものように通学のために元気に家を出た亜也は、その途中転んでしまい、下顎を強打した。急いで行った近所の病院で、母・潮香は医者から意外なことを聴く。普通、人が転ぶときには、手が先に出て、顎を打つようなことはあまりない。一度、設備のある病院で診てもらった方がよい、と医者が勧めた。近所の病院の医師の指摘により、大学病院を受診。脊髄小脳変性症の診断がされます。

6-2.経過

高校生活に戻った2学期、亜也は生徒手帳の他に3級障害者手帳を持つようになっていた。普通高校には、3級障害者に適した設備がないため、転校を余儀なくされます。亜也は、涙を流しながら、転校を決意する。「私は東高を去ります…、なあんてかっこいいことが言えるようになるには、一リットルの涙が必要だった。」

6-3.最後は?

それから四年、木藤亜也、享年25歳であった。実は、日記が書けない状態になって4年間生きているのです。この段階に、在宅医療が関わっています。殆どベッド上で寝たきりになります。訪問診療だけでなく、訪問看護、訪問リハビリも必須です。しかし、どうしても誤嚥性肺炎を頻回に繰り返します。在宅医療では、軽い肺炎程度は、在宅での点滴で対応が可能です。これにも限界があり、最後は、重症肺炎もしくは窒息で亡くなることになります。

7.社会資本

脊髄小脳変性症は、経過も長く、徐々に進行するため社会資本を有効に利用することが大事です。

7-1.特定疾患

脊髄小脳変性症は、特定疾患に指定されています。特定疾患の手続きをとると、医療費が重症度によって軽減~無料になります。特に、経口薬のセレジストは1錠973.5円が1日2回(1日薬価1947円、30日で58410円)と薬価が高いため、1割負担の高齢者であっても特定疾患の手続きは行いましょう。

7-2.介護保険

脊髄小脳変性症は介護保険の特定疾病のため、40歳を超えていれば介護保険の適応になります。介護保険を利用してのリハビリがお勧めです。

7-3.身体障害者手帳

身体障害者手帳で3級以上(1級が一番重い)になると、重度障害者医療費助成制度により医療費が無料になります。こうなると、医療機関での診察代、薬代がすべて無料になります。身体障害者の基準は、おおよそ以下になります。

① 1級:座っていることのできないもの(腰掛け、正座、横座り及びあぐらのいずれもできないものをいう。
② 2級:座位または起立位を保つことの困難なもの(10分間以上にわたり座位、又は起立位を保っていることのできないもの)もしくは起立することの困難なもの(臥位又は座位より起立することが自力のみでは不可能で、他人又は柱、杖その他の器物の介護により初めて可能となるもの)をいう。
③ 3級:歩行の困難なもの(100m以上の歩行不能なもの又は片脚による起立位保持が全く不可能なもの)をいう。

なお、脊髄小脳変性症は、医療保険を使っての訪問リハビリが可能です。この場合は、負担金は重度障害者医療費助成制度からになります。介護保険利用の場合は、1割の自己負担が必要になります。ケアマネさんも知らない方がいますので、「医療保険での訪問リハビリ」をお願いしましょう。

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弱者を守ってくれる制度は積極的に活用しましょう

8.まとめ

  • 脊髄小脳変性症は、「動かすことは出来るのに、上手に動かすことが出来ないという運動失調症状」が現れます。
  • 脊髄小脳変性症は一つの病気ではなく、運動失調症状をきたす原因不明の病気の総称です。
  • 経過は、緩徐で進行性で、いずれ通院もできなくなります。その後、寝たきり状態になり、肺炎等で亡くなります。

 

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