咳(せき)が止まらなくて困っている患者さんはたくさんいらっしゃいます。実は咳・痰は生体防御のひとつでもあります。痰を伴う症状の初期は、むやみに止めることより、気管支を広げて咳をしやすくすることで気管支内の異物を痰として体の外に出すことが大切です。
一方で、咳が長引くと身体へも負担をかけますし、周囲の方にも心地良いものではありません。今回は、総合内科専門医である長谷川嘉哉が止まらない咳の原因と対策についてご紹介します。
目次
1.咳に関するぜひ知っておいてほしい知識
医師の世界では、咳を「咳嗽(がいそう)」という難しい言葉を使います。一言で「咳」といってもいろいろな種類があります。
1-1.咳の続く期間
発症から3週間以内のものを急性咳嗽、3~8週間ものを遷延性(せんえんせい)咳嗽、8週間以上を慢性咳嗽と定義しています。急性咳嗽の多くは呼吸器感染症が原因ですが、持続時間が長くなればなるほど、原因に感染症が占める割合は少なくなってきて、慢性咳嗽では感染症以外の原因が大部分であると考えられています。
1-2.咳が体にかける負担
咳は1回で、約2キロカロリー消費します。つまり咳を10回すると、約20kカロリーが消費されます。これは、散歩10分に相当するもので、結構なカロリーを消費するのです。そのため咳は身体に多大な負担をかけるのです。
1-3.咳止め薬の種類
- 中枢性鎮咳薬:『咳をしなさい』という脳からの指令を抑えて咳をしずめます(リン酸コデイン、アストミン等)。ちなみにリン酸コデインは最も安価で効果的な鎮咳剤です。麻薬の成分でもありますが、咳止めとしてごく少量使用する分には、規制から除外されています。これにより「家庭麻薬」として、一般に市販されています。
- 末梢性鎮咳薬:気管支を拡げて空気の通りをよくすることで咳を抑える気管支拡張薬(テオドール、スピロ ペント等)も使用します。この気管支拡張薬や去痰薬は末梢性鎮咳薬とよびます。
- ステロイド:気管支喘息や咳喘息の症状には、ステロイド薬を使用することにより症状が軽くなります。
- 根本治療:咳止め薬の使用は、あくまで対処療法であります。完治のためには原因に応じた治療が最も大事です。
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2.湿った咳と乾いた咳があるとは
ひと口に「咳」と言っても、その原因や症状は様々です。そして、すぐに止めたい「咳」もあれば、むやみに止めないほうがよい「咳」もあります。
2-1.他に原因がある「湿った咳」
咳の中にも、痰や分泌物が混じった湿った咳があります。湿った咳は、喀痰(かくたん)を出すための生体防御としての生理的な咳です。むやみに咳を止めるのではなく、気道の分泌を減らすことが治療となります。主な原因は、副鼻腔気管支症候群、後鼻漏症候群、慢性気管支炎、肺癌などがあります。
2-2.そのものが病気である「乾いた咳」
乾いた咳は、それ自体苦痛となるため、咳そのものが治療対象となります。中枢性鎮咳薬を使用します。主な原因は、アトピー咳嗽、咳喘息、ACE阻害剤による咳嗽、胃食道逆流症、喉頭アレルギー、間質性肺炎、結核などがあります。
3.最も多い急性咳嗽の原因と対処
発症から3週間以内の急性咳嗽は、多くは風邪症状の一つとしての咳です。風邪の9割はウイルスによるもので、気管に侵入しようとするウイルスの侵入を阻んだり、気道に溜まった痰を外に出す役割もあります。そのほとんどは自然に軽快します。
痰のない乾いたせき、いわゆる「コンコンタイプ」の咳は中枢性鎮咳剤を使用することで咳を止めることができます。但し、痰がからみ湿った、いわゆる「ゼロゼロタイプ」は、むやみに咳を止めずに、気管支を広げたり、分泌物を抑えることで気管支内の異物を痰として体の外に出すことで対応します。
4.感染後咳嗽
「風邪は治ったけど咳だけが残る」あるいは「咳が止まらない」といった訴えで外来を受診される患者さんはかなり多いものです。この場合、「感染後咳嗽」を疑います。感染後咳嗽は「呼吸器感染症の後に続く、胸部X線写真で肺炎などの異常所見を示さず通常自然に軽快する遷延性あるいは慢性咳嗽」と定義されています。分かりにくい表現ですが、簡単に言えば、「風邪を引いた後に、咳が残って検査をしたが異常がなく、自然に治るタイプの咳」となります。
あくまで感染後咳嗽は経過から診断するあいまいなものです。通常、初診でいきなり検査を行うことは少ないのですが、3週間以上咳が続く場合は、安易に「感染後咳嗽」と判断せずに、胸部Xpや血液検査、マイコプラズマや百日咳菌など、ウイルス以外の病原体のチェックをします。
風邪のような症状(熱、寒気、頭痛、鼻水等)を呈した後に咳が続き、それがひどく残る場合はマイコプラズマ肺炎の可能性もあります。以下の記事にて詳細にご紹介していますので、心当たりのある方は参考になさってください。
5.慢性咳嗽
慢性咳嗽の3大原因は副鼻腔気管支症候群、咳喘息、アトピー咳嗽です。最近では胃食道逆流症が増加してきています。
5-1.副鼻腔気管支症候群
副鼻腔炎いわゆる「蓄膿(ちくのう)」が原因です。副鼻腔に分泌物や膿がたまることで、鼻水が粘り気を帯びます。その鼻水がのどへ流れることで、夜間や早朝に咳が出ます。寝ている間にのどにたまった分泌物を出そうとするからなのです。寝ている間に咳が出て、粘り気のある分泌物が喉から出る場合は、耳鼻科での副鼻腔のチェックが必要です。
5-2.咳喘息(せきぜんそく)
咳だけを唯一の症状とする病気です。一般的な喘息と同様、気道が狭くなり、いろいろな刺激に対して過敏になって、炎症や咳の発作が起こります。室内外の温度差や、たばこの煙、運動、飲酒、ストレスなどのほか、ホコリやダニなどのいわゆるハウスダストが発作の要因になるといわれています。喘息のような、「ヒューヒュー」「ゼーゼー」といった症状までが見られることはありません。
かぜに併発して起こることが多く、かぜをひいたあとに2~3週間以上、咳が続くことがあれば、気管支拡張薬を処方します。結果、気管支拡張薬を使って、咳が治まれば、咳喘息と診断します。いわゆる薬の効果による判断する「診断的治療」となります。
5-3.アトピー咳嗽
咳喘息と同様に、咳だけを唯一の症状とする病気です。咳喘息を疑って、気管支拡張薬を使用しても効果がない場合はこれを疑います。患者さんは、喘息以外のアトピー疾患の既往があることがあります。治療には、テレビコマーシャルでもよくみる「アレグラ」や「アレジオン」といった、抗アレルギー剤(=ヒスタミンH1受容体拮抗薬)や吸入ステロイド薬を使用します。
5-4.胃食道逆流症
実は、咳は呼吸器系の疾患だけが原因ではありません。胃酸の逆流でも咳はおこるのです。通常は、胃では消化のために酸度の高い胃酸が分泌されています。この胃酸は口や食道の方へは戻ってきませんが、人によると胃酸が戻ってきて喉を刺激し、咳が出ることがあるのです。
胸焼けを感じることや、食べ過ぎたときに咳が出ること、横になると咳が出ることが特徴的です。しかし、胃食道逆流性では、咳だけが唯一の症状のこともあり、このような場合は診断に困ります。確定診断は胃食道内視鏡で食道炎をみつけることですが、それでも診断がつかないこともあります。この場合は、胃酸の分泌を抑制する薬を飲んでもらうことで咳が軽くなれば、胃食道逆流症と診断することもあります。
6.見落としては行けない危険な咳
咳の中には、見落とすと生命的な危険につながる疾患もあります。
6-1.肺癌
見落としが致命的になる疾患の代表です。現在、肺癌は男性では部位別で1位、女性にも増えてきています。肺癌は慢性の咳の原因としてどうしても否定しておかなければならない疾患です。喫煙者、家族に喫煙吸う人がいる方、家族歴がある方が、咳が続く場合は、自ら主治医に胸部XPをお願いしましょう。より微細な病変を見逃さないためは胸部CTがお勧めです。
6-2.肺結核
結核は過去の病気ではありません。最近では、高齢者ならびに都心部に集中して発生しています。また新たに結核が発症する人数は、最近一年間ではおおよそ3万人余りで、無視できる数ではありません。結核の症状は咳や発熱で風邪と間違われますが、時に発見が遅れ周りの人も感染してしまい、集団発生することがあります。そのため、少しでも結核を疑った場合は、胸部XPだけでなく、痰の塗抹・培養検査を行います。
7.咳を引き起こすその他の原因
咳の原因には以下もあります。
7-1.降圧剤の副作用
高血圧の薬のなかで、ACE阻害薬と呼ばれる血圧降下剤で起こります。ACE阻害薬は優れた血圧降下剤です。心血管病変を持つ患者さんにはよく使われ効果も高い薬です。ただし、この薬の服用で咳が出現すれば、他の種類に変更します。もちろん、咳はこの薬を飲んだ人全員に起こるわけではなく、頻度は数パーセント程度です。
7-2.気管支喘息
咳が止まらないと訴えてこられる患者さんの中には気管支喘息の患者さんもいらっしゃいます。しかし咳をしているご本人が喘息とは思わず、風邪や花粉症として放置されていることがあります。気管支喘息は、「ヒューヒュー」「ゼーゼー」といった音を伴って夜や早朝に咳で目が覚めることが多いのが特徴です。しかし、通常、病院の外来は、午前中であったり夕方です。そのため、外来受診時には、典型的な喘息の症状が出ていないことが多いのです。
長く続く咳、止まらない咳には何かしらの原因があります。成人でも喘息がその原因の一つであることを知っておいて下さい。
7-3.喫煙
街中でも、喫煙室を出入りしている人が無意識に咳をしている姿をよく見ます。タバコを1日に10本以上吸うと、25%以上の人が慢性の咳をきたします。40本以上吸う人では50%以上の人が、慢性の咳をきたします。でもタバコを吸う人はあまり咳が出るからといって、医師のもとへは来られません。
8.まとめ
- 咳は、呼吸器疾患以外にも多くの原因で起こります。
- 多くの咳は、3週間以内で自然に改善します。
- しかし、咳が3週間以上続く場合は、医療機関への受診が必要です。