ヒーローが倒れた病──前頭側頭型認知症の脅威

ヒーローが倒れた病──前頭側頭型認知症の脅威

「ダイ・ハード」シリーズで世界中を魅了した俳優ブルース・ウィリスさん。彼が2022年に俳優業を引退した理由は「失語症」であり、その後「前頭側頭型認知症(Frontotemporal Dementia:FTD)」と診断されたことは、世界に大きな衝撃を与えました。スクリーンで不屈のヒーローを演じてきた彼が、言葉を失い、日常生活に支援を必要とする——。この現実は、認知症が誰にとっても身近な病であることを、改めて私たちに突きつけました。

目次

1.前頭側頭型認知症(FTD)とは?

認知症と聞くと、多くの方は「アルツハイマー型認知症」を思い浮かべるでしょう。しかし認知症には複数の種類があり、その中で FTDは比較的若い年代(50〜60代)でも発症しやすい のが特徴です。

1-1.FTDは脳の“前頭葉”と“側頭葉”が障害される病気

前頭葉:感情・人格・社会的行動をコントロール
側頭葉:言語、意味理解、記憶の一部

この領域が障害されるため、次のような症状が目立ちます。

1-2.FTDの主な症状は二つのタイプに分かれる

① 行動変化が主体のタイプ(行動変異型FTD)
・感情のコントロールが難しくなる
・社会的ルールが守れなくなる
・共感性が低下し、家族が戸惑う
・同じ行動を繰り返す など

②言語障害が主体のタイプ(原発性進行性失語)
・言葉が出てこない
・言葉の意味が理解しづらい
・文章をつくれない、会話が成立しにくい
・読み書きにも支障が出る

ブルース・ウィリスさんの場合は、特に言語の部分が大きく影響を受け、撮影現場でセリフを覚えることが難しくなり、プロンプターに頼らざるを得なかったと報じられました。
「言葉」が武器である俳優にとって、その苦悩は想像を超えるものだったはずです。

2.FTDは“若い認知症”として家族への負担が重くなる

FTDはアルツハイマー型とは異なる点が多くあります。

  • 物忘れが目立たない初期があるため気づきにくい
  • 感情や行動の変化が前面に出るため「性格が変わった」と誤解されやすい
  • 本人に病識が乏しく、周りとトラブルを起こしやすい
  • 進行が比較的早く、ケア体制が重要になる

特に「若年性認知症」に分類されることもあるため、働き盛りの年代で発症し、家計・子育て・介護が一気に押し寄せる という現実が家族を追い込みます。

3.ご家族の“苦渋の決断”は、愛情のもう一つの形

最近の報道では、ウィリスさんはご家族と別の場所で生活しているといいます。奥様のエマ・ヘミングさんは「人生で最も苦しい決断だった」と涙ながらに語りました。

なぜ別居という選択に至ったのか?

それは、 FTDの患者さんが環境の影響を非常に受けやすいからです。

  • 刺激の多い環境だと症状が悪化しやすい
  • 小さな子どもがいる家庭では混乱が増える
  • 本人も家族もストレスが積み重なってしまう

“別々に暮らす=冷たい”のではありません。
むしろ、「本人に最も安定した環境を用意する」ための深い愛情の決断なのです。

エマさんが「それは娘たちのためでもあり、夫のためでもある」と語った言葉には、介護の現実が凝縮されています。

4.言葉を失っても、人は消えない

エマさんはインタビューでこう語っています。

「言葉が難しくなっても、別の方法でコミュニケーションを学んでいる」
「一瞬、本来の彼に戻ったような目の輝きが見えると、胸が締め付けられる」


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これは、認知症ケアの現場で私たち医師や介護者が日々感じることでもあります。

  • 言葉がなくても表情がある
  • 声が出なくてもまなざしがある
  • 行動が変わっても、その人らしさはどこかに宿り続ける

医学的な認知機能と、人間としての存在価値はイコールではありません。
これは認知症と向き合うすべての家族に知ってほしい大切な視点です。

5.認知症とどう向き合うか

ウィリスさんのケースは、世界に次のメッセージを投げかけています。

① 認知症を正しく理解する

特にFTDは“性格の問題”と誤解されがちですが、れっきとした脳の病気です。

② 家族だけで抱え込まない

若年性であるほど専門医や支援サービスの力が欠かせません。

③ ケアの選択肢は一つではない

同居・別居・施設・在宅、それぞれに正解があります。大切なのは「本人と家族の安心が最大化される選択」をすることです。

6.おわりに

ブルース・ウィリスさんの闘病は、映画のヒーローとしての姿を超え、「人としての尊厳」「家族の愛」「社会の理解」 を問いかけています。

言葉を失っても、愛は消えない。その姿こそ、彼の新しいヒーロー像なのかもしれません。

私たちも、自分や家族が同じ状況になったとき、どのように支え、どう生きるか。その問いを胸に刻み、ウィリスさんとご家族の物語を心に留めておきたいと思います。

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