先日、知り合いの経営者が、「高額な検診を受けたのでこれでしばらく安心」と言って、検診結果を見せてくださいました。確かに、多くの検査がされていて、どれも異常がありませんでした。しかし、自分が、「この検査では、クモ膜下出血の危険性は否定されていませんよ」とアドバイスをしたところ、とても驚かれていました。経営者の方曰く、「頭のMRIは異常がありませんよ」と少し不満顔。実は頭部のMRIだけではクモ膜下出血は否定できないのです。
クモ膜下出血は突然死の原因の一つです。そのため、働き盛りの人は、クモ膜下出血に対して、予防・早期発見が必要です。今回の記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、くも膜下出血を予防・発見するための検診の受診方法、対策をご紹介します。
目次
1.クモ膜下出血とは?
クモ膜下出血は、脳の血管にできた「コブのような動脈瘤」が破れて発症することが殆どです(80〜90%)。その他にも、頭部外傷で起こることもあります。
脳の表面には、「クモ膜」と呼ばれる薄い膜が張っています。脳の血管は、クモ膜と脳の間を走っているため、出血をした場合、クモ膜と脳の膜の間に血液が広がるため、クモ膜下出血と呼ばれています。
2.症状
クモ膜下出血が発症すると以下のような症状が出現します。
2-1.激烈な頭痛
何といっても症状は、頭痛です。それも、普通の頭痛とはレベルが違います。患者さんは、「今まで経験したことのない激痛」、人によっては「バットで殴られたような痛み」と表現されます。
2-2.悪心、嘔吐も伴う
外来で頭痛を訴える患者さんはたくさんいらっしゃいます。専門医としては、頭痛患者さん全員に頭部CTを撮ることはありませんが、悪心と嘔吐を伴う場合は、必ず撮影します。クモ膜下出血の多くは、頭痛と同時に強い悪心と嘔吐を伴うからです。中には、頭痛と悪心のためトイレにたどり着き、そのまま亡くなる患者さんもいらっしゃるのです。
2-2.小発作の人もいる
注意が必要なのは、クモ膜下出血には、軽い症状の方もいらっしゃることです。頭痛が軽く、自身で歩いて来院される患者さんもいらっしゃるのです。だからこそ、前もってクモ膜下出血の原因である動脈瘤を検査しておく必要があるのです。
3.なぜ怖い?
動脈瘤の検査をする必要について解説します。クモ膜下出血は以下のような特徴があるからです。
3-1.働き盛りに好発
動脈瘤破裂によるクモ膜下出血は、若い方から高齢者まで誰にでも発症します。しかし、社会的にも家庭的にも責任が重い50歳前後の働き盛りに最も好発するのです。
3-2.突然死の危険
クモ膜下出血は何の予兆もなく突然起こります。そして、発症して50%の方が死亡されるのです。癌になっても突然死ぬわけではありません。しかし、クモ膜下出血は、突然死の危険があるのです。
3-3.後遺症を残す
クモ膜下出血では、50%の方が死亡されますが、30%の方は治療により後遺症なく社会復帰されます。しかし、残りの20%の方には、麻痺、高次脳機能障害といった後遺症を残します。特に高次脳機能障害は、『死なない程度に働けず、さらに高度障害の認定がされない』という経済的破綻に向かう可能性が多い後遺症です。
4.注意すべき人
クモ膜下出血の恐ろしさがご理解いただけたと思われます。特に以下の方々はより注意すべきです。
- 好発年齢・・クモ膜下出血の好発年齢は50歳から60歳代
- 危険因子・・高血圧・喫煙・最近の多量の飲酒はクモ膜下出血のリスクを高めます。
- 家族歴・・血のつながった家族にクモ膜下出血の既往がある
5.クモ膜下出血予防のためにはMRAが必須
クモ膜下出血の原因である動脈瘤を発見するには、頭部のMRI(Magnetic Resonance Imaging)だけでなくMRA(Magnetic Resonance Angiography)が必要になります。ちなみに、MRAで発見され、まだ破裂していない動脈瘤を未破裂脳動脈瘤といいます。
5-1.頭部MRIだけでは未破裂動脈瘤は見つからない
頭部MRIは、脳の状態を見ることが出来ます。通常の頭部CTに比べ詳細で、X線被爆の危険がありません。検査によって、脳梗塞、脳腫瘍の有無が分かります。しかしあくまで現在の状態であって、仮に検査時に異常がなくても、その直後に脳梗塞や脳出血が起こってもおかしくはないのです。
5-2.働き盛りは脳のMRAが必須
頭部MRIに対して、脳の血管の状態を見るものが頭部MRAです。この検査により、脳の血管が、細くなって詰まりそうな状態や、くも膜下出血の原因となる血管のコブ、「動脈瘤」を発見することが出来ます。働き盛りならば、2年に1度程度は、MRAの検査がお勧めです。
5-3.MRAを受けるには
MRA検査を受けるには、検診で「脳ドック」を選びましょう。その際にも、MRIだけでなくMRAも含まれることを確認しましょう。頭痛が続いたり、家族歴があるような場合は、地域の診療所から大きな病院へ頭部の検査目的で紹介状をもらってから撮影してもらうことも可能です。
5-4.高齢の場合はMRAはお勧めではない
働き盛りの方にはお薦めのMRA検査ですが、あまり高齢の方にはお薦めではありません。未破裂動脈瘤が見つかった場合、若ければ以下に紹介する治療を行いますが、高齢の場合はリスクが高くなるため行いません。したがって、高齢者の場合は見つかっても手術はできないのです。しかしながら、未破裂動脈瘤の存在を知ることで、不安になりノイローゼになる方もいらっしゃいます。MRA検査を行う一つの基準としては、「患者さんの余命が10~15年以上ある場合」と表現されます。一般的には、75歳を超えたらMRA検査は行わない傾向があります。
6.未破裂動脈瘤が見つかった場合
未破裂動脈瘤がMRAで見つかった場合、すべてのケースで手術を行うわけではありません。
6-1.5mm以下は様子見
5mm未満の脳動脈瘤を治療せずに、経過を観察したところ、これらの小さなコブの破裂率は年間0.54%だった、という結果が出ています。そのため、サイズが小さい場合は様子を見ることが多くなります。
6-2.治療を検討する場合
以下の場合、は治療を検討します。
- 5~7mm以上のサイズの動脈瘤
- サイズが上記より小さくても
(B-1) 物が二重に見える、などの症状の原因となっている瘤(症候性といいます)
(B-2) 前交通動脈と内頸動脈・後交通動脈分岐部の瘤
(B-3) 形がいびつである、もしくはブレブ(動脈瘤にさらに瘤ができたもの)のある瘤
については、患者さんの年齢、状態、希望、合併症等を考慮して検討することになります。
7.未破裂脳動脈瘤の治療
未破裂動脈瘤の治療を行うことが決まった場合は、以下のような処置を行います。
7-1.クリッピング
全身麻酔をして開頭して、破裂する可能性がある動脈瘤に対して、金属製のクリップを動脈瘤の根元にかけます。このことで、動脈瘤の破裂を予防します。
7-2.血管内手術
開頭せずに、脳動脈瘤にプラチナ製のコイルを詰めて、動脈瘤を固めてしまう治療です。局所麻酔で行えるため、高齢者でも可能ですが、すべての動脈瘤が対象ではありません。
8.まとめ
- 突然死や後遺症を残すクモ膜下出血は働き盛りの方に好発します。
- クモ膜下出血の予防には、頭部のMRIでなくMRAを2年に1度程度撮影することがお薦めです。
- 但し、75歳を超えた場合は、逆にMRA検査は行わないことをお勧めします。