「親の腎臓がかなり悪い。医師からは人工透析を勧められている。何もなければすんなり従おうと思うが、認知症があるので難しいと思っている。痛さに敏感な様子もあり、針を抜かないかと心配。同時に、週3回通わせる自分も大変。しかし、このまま透析しないで寿命を削ってはずっと後悔するだろう。深刻に悩んでいる。」
そのお気持ちはよくわかります。透析は元気な方には効果的な方法ですが、ある程度の高齢者になると医師でも判断に迷うところです。しかも、透析をしてよくならない方もいるのでなおさらです。
では、どうすればいいのでしょうか? 仮に透析をしなかったらどうなるのでしょうか?
今回は、選択の難しい高齢者の透析について、認知症専門医の長谷川嘉哉が困っておられる方が決断できるように解説いたします。
目次
1.人工透析とは
腎不全の末期症状において、低下した腎機能の代わりの役割を果たすのが、人工透析です。
1-1.慢性腎不全について
さまざまな原因により、腎臓の働きが不十分になった状態を腎不全といいます。腎臓の働きが低下すると、本来尿として出るべき老廃物が体に溜まります。症状は、進行速度や重症度、原因によってさまざまですが、尿の異常、部分的なむくみや高血圧になることもあります。慢性腎不全の末期状態になると、「尿毒症」となり、重とくな場合、全身けいれんなどの症状が現れます。末期の治療法は、腎移殖か人工透析に限られてきます。
1-2.透析療法の目的と方法
腎臓の働きが10%以下になると、血液のろ過が充分に行えず、水分や老廃物のコントロールができなくなってしまいます。そのような場合に、人工的に血液の浄化を行うのが、透析療法です。
点滴と違って、動脈と静脈を直接つないだシャントに針を刺しますので万が一外してしまうと大変なことになります。
1-3.いつ・どのくらい行うのか
週3回、一回4時間というのが日本で行われている血液透析の標準的な時間です。透析中は、ベッド上で安静を保つ必要があります。そのうえ、針刺しの苦痛、血圧変動など、体への負担は大きいものです。また、透析治療のために週3回病院またはクリニックへ行く必要があり、送り迎えなど家族の方の負担も相当なものです。
2.人工透析の現状
国内の透析患者数は30万人を超えています。
2-1.高齢化する透析患者さん
平均年齢は67歳。透析開始時の平均年齢は1983年で52歳でしたが、現在は68歳と高齢化が進んでいます。そのうえ、認知症や脳卒中、心臓病などの合併症を抱える高齢患者さんが増えています。
2-2.急増する慢性腎臓病
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)とは、腎臓の障害が慢性的に続いている状態のことをいいます。現在、患者さんは国内に1,330万人(成人の8人に一人)いるとされ、新たな国民病といわれています。
高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病にかかっていると、CKDを発症する可能性が高いといわれています。そのため、生活習慣病の原因となる肥満や運動不足、過度の飲酒、喫煙、ストレスにも注意が必要です。
また、腎臓は年齢とともに機能が低下します。そのため、高齢者ではCKDになる確率が増えます。超高齢社会に進むにしたがって、CKD患者さんが増加し、結果として高齢での透析導入が増えているのです。
2-3.続けることの負担
介護が必要な患者さんの場合、負担は相当なものです。雨の日も風の日も、本人が寝たきりになっても、通院させる必要があります。本人はおろか、介護者も休暇が取れなくなります。本人が嫌気をさして「もう透析はしたくない!」と拒否されるときもあります。
この場合、家族と大げんかが起きることもあります。患者さんの生命を救うために透析を始めたのですが、それが長期にわたるとお互いを不幸にしてしまうことになります。
3.病態によって透析導入後の経過は変わる
透析を導入後に後悔しないためには、透析を導入する検討段階において、患者さんの状態が以下の二つの状態のいずれであるかを判断する必要があります。
3-1.腎臓だけが弱っている場合
この状態は、腎炎などで原因で腎機能が落ちている状態です。生活習慣病の合併も少なく、加齢変化も少ない状態です。この場合は、弱っている腎臓の機能を透析で代替できれば元気に長生きできるのです。
3-2.腎臓だけでなく、全身の臓器が弱っている場合
腎臓だけでなく、全身の臓器が弱っていると、透析で腎臓だけを代替してもそんなに元気になりません。むしろ、透析を始めると血管老化が早まることが知られているので、「透析治療は老化を2倍早めるとんでもない治療方法」ともいえます。
4.認知症患者の場合、トラブルが少なくない
認知症患者さんの場合、透析導入後にさらに認知症が進行することがあります。そうすると、週3回、4時間の安静を保つことが難しくなります。針を刺すときに暴れたり、透析中に動き回って針を抜いてしまったりするのです。
認知症がなければ、家族はクリニックの送り迎えだけで済みますが、認知症であればつきっきりで見守っていなければなりません。負担はさらに増えることになります。
そのため、抗精神病薬等で活動性を抑える必要も出てきます。その結果、日常でも意識レベルが低下し、寝ていることが増えてしまうのです。しかしそうなったとしても一度導入した人工透析は続けるしかないのです。
5.透析を導入しないとどうなる
多くの腎不全末期患者さんは透析治療を選びます。それは原因は何であれ、慢性腎不全の末期では透析をしないと早晩100%死んでしまうからです。「死にたくないから、やむなく透析をする」という形です。しかし、年齢や全身状態、認知症の状態によっては透析を導入しないことも選択肢ではないでしょうか?
5-1.腎臓専門医は「透析しなかった」経験がない
実は、透析を導入しないとどうなるかを腎臓専門医に聞いたことがあります。答えは、「そんな経験はしたことがない」でした。考えてみれば当たり前です。彼らは専門医ですから、患者さんには全員透析を導入されているのです。
5-2.教科書ではこう書かれている
教科書的には、「透析や腎移植をしないままでいると、腎機能低下にともなう症状や合併症はさらに悪化。水分・塩分の排泄ができなくなってくると、肺に水が溜まって呼吸困難に陥ったり、老廃物がさらに体に溜まることによって、ひどい吐き気をもよおしたり、意識障害を起こしたりするようになる。そして、やがては心不全などの合併症を起こし、生命の危機にさらされる。」と書かれています。
5-3.在宅医療で「透析しなかった」経験では
実は我々在宅医は「透析を導入してこれ以上苦しませたくない」という家族の希望から透析をせずに看取りをした経験があります。2例ほど紹介します。
1例目は、ベッドの上で寝たきりの方。サービス付き高齢者住宅で生活されていました。本人および家族の希望により腎不全が進行しても透析は拒否されていました。最終的には、腎機能を示すクレアチニンの値は、11.0を超えていました(基準値の10倍)。可能な限り、利尿剤等で心不全症状の軽減を図りました。最終的には、とても穏やかに施設で最期を迎えることができました。
2例目は、長年当院に外来受診されていた患者さんです。腎不全の悪化を機に在宅で生活されていました。一度、腎臓内科に受診してもらい透析導入を勧められましたが、本人が拒否されました。その後、一時全身の浮腫が強くなりましたが、食事摂取量・水分摂取量の低下に伴って改善。最後は、浮腫もとれた状態で、自宅で看取りをすることができました。
6.家族はどう決断するか
透析治療の大きな問題点の一つは「中断すると死んでしまう治療方法」であるということです。そういう意味では「治療」というよりは「延命」という意味が強い医療ということになります。
6-1.医師でも意見が分かれる
私の外来患者さんで、88歳で認知症も進行した患者さんがいらっしゃいました。私個人の意見は、「透析は導入せずに自然死」です。しかし、腎臓専門医の先生は「自分の親であっても透析を導入」と言います。二人の医師でも、意見が分かれるのです。間に入ったご家族は本当に迷ってしまうのです。
6-2.導入するには覚悟がいる
透析を導入するにおいては、
- 患者さん自身に時間的・肉体的負担がある
- 介護者にも週3回の送りだし、場合によっては付き添い、送迎といった負担が死ぬまで続く
- 透析患者さん一人には、年間500万円の医療費が補助されている
以上のことを、覚悟する必要があるのです。
6-3.見極めが大事
主治医にも以下のどちらなのか聞いてみましょう。
- 「腎臓だけが弱っている」
- 「腎臓だけでなく、全身の臓器が弱っている」
そして「腎臓だけでなく、全身の臓器が弱っている」ならば、透析を導入しない選択肢も検討してみてください。
7.まとめ
- 人工透析導入の平均年齢が高齢化しています。
- 導入するか否かは、医師の間でも意見が分かれます。
- 腎臓だけでなく、全身の臓器が弱っているならば、透析を導入しない選択肢も検討しましょう。