2023年に日本で承認されたアルツハイマー病治療薬「レケンビ(一般名レカネマブ)」が、再び注目を集めています。注目の理由は明るいものではなく、「費用対効果が悪い」という評価による薬価の引き下げ議論です。エーザイと米バイオジェンが共同開発したこの新薬は、年間およそ300万円という高額にもかかわらず、その実効性と経済的合理性に疑問が投げかけられています。
結論から申し上げると、レケンビは今のところ「本当に困っている」認知症患者にとって希望となる薬ではなく、安易に使用すべき段階の薬でもありません。また、エーザイの将来性に過度な期待をかけ、株を購入することも、投資としては非常にリスキーだと考えます。
目次
1.レケンビの効果は限定的
レケンビは、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβというタンパク質を脳内から除去する効果があるとされています。そして、認知機能の低下を27%抑制し、進行を平均7ヶ月半遅らせるという結果が治験で示されています。
しかし、よく考えてみてください。「進行を7ヶ月半遅らせる」という数字は、決して画期的とは言えないのではないでしょうか? 重度認知症に至るまでの年月を数年単位で捉えれば、7ヶ月半は“進行の一時的な猶予”にすぎません。そしてこの効果が、軽度の認知障害(MCI)か軽度認知症の患者にしか現れないという点も大きな制限です。
言い換えれば、重度化してから苦しんでいる多くの認知症患者とその家族にとっては、そもそも対象外の薬なのです。既に介護が必要となっている患者への適応もなく、進行の抑制が確認される範囲も限定されています。
2.高額すぎる薬価と見合わない費用対効果
現在の薬価は年間約300万円。これは2週間に一度の点滴によって発生するコストで、国民皆保険のもとでは、かなりの部分を税金や保険料でまかなうことになります。国立保健医療科学院の評価では、現在の薬価は“過大”であり、実質3分の1程度が妥当だとされています。つまり、仮に公的保険制度が薬価を全面負担すれば、軽度の患者にわずかな効果しか得られないこの薬のために、国の医療費がさらに逼迫されることになります。
すでに中医協(中央社会保険医療協議会)は、最大15%の薬価引き下げを視野に入れています。これでも、評価結果に比べれば不十分な調整にとどまっており、レケンビの費用対効果の問題は依然として深刻です。
3.エーザイの姿勢と投資リスク
エーザイ側は、費用対効果の評価が「過小評価」であると反論していますが、第三者の評価と企業の主張との間に溝があるのは当然のことであり、エーザイの主張だけをうのみにすべきではありません。
同社は2025年度にレケンビの売上765億円を計画し、2027年には2500億円超を目指すとしています。しかし、この数字は日本を含む複数の国での販売によるものであり、その多くが公的保険に依存することになります。薬価の再引き下げや保険適用の見直しが起これば、売上計画は簡単に崩れるでしょう。
また、レケンビ以外の新薬パイプラインに劇的な成果が見られない今、エーザイ株は「一発逆転」の期待をかけた危うい投資先になりつつあります。
4.本当に必要な患者に届かない薬を「希望」と呼べるか
レケンビは、確かに新しい仕組みの医薬品です。しかしその効果は限定的で、しかも高額。重度の認知症患者やその家族の「本当に困っている状況」を根本的に変えるものではありません。
このような状況で、「レケンビがあるから安心」「エーザイは成長株」といった楽観的な見方は、希望というよりも幻想に近いものです。医療現場でも、患者さんやその家族に対しては「使用する意味のあるケース」を慎重に見極めたうえでの対応が求められています。
5.まとめ:過信せず、冷静に事実を見るべきとき
「認知症に効く新薬」と聞くと、誰もが希望を抱きます。しかし、私たちは今こそその希望に冷静な目を向けるべきです。エーザイの株に投資するかどうかを検討している方も、同様に「夢」ではなく「現実」を見るべきでしょう。
レケンビは、まだ誰にでも使える薬ではなく、医療と財政の両面からも大きな課題を抱えた薬です。そしてそれは、エーザイの将来にも不確実性が大きいということを意味します。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。