科学がどれほど進歩しても、人の手では作れないものがあります。それが「生命」と「土」です。『土と生命の46億年史』は、地球が生まれてから今に至るまで、土と生きものがどのように支え合ってきたのかをやさしく解き明かす一冊です。粘土が生命のゆりかごとなり、ミミズや微生物が豊かな大地を育て、人間がその恵みを受け取ってきた——。足もとの土には、いのちの歴史と知恵がぎゅっとつまっています。読むほどに、地球への愛おしさが深まります。
- 全知全能にも思える科学技術をもってしても、作れないものが二つある。生命と 土 だ。
- ギリシャ神話には「私たちは腐植からできている(homo ab humo)」という言葉がある[0‐2]。 腐植とは「腐った植物」に由来する栄養分に富む成分 であり、古来、土は命を生みだすものと考えられてきた。
- 土壌は「岩石が崩壊した砂や粘土と腐植が混ざったもの」 にすぎない。
- 土壌学の本には悟ったかのように「土は人間に 作れない」「腐植のレシピは土の中の無数の微生物しか 知らない」
- 私たち人類は土をフル活用して大繁栄を達成し、同時にそれを再生できない悩みを抱えてきた。
- 改めて定義をすると、 土とは岩石が崩壊して生成した砂や粘土と生物遺体に由来する腐植の混合物 である
- 地球 46 億年の「億」をとって地球お母さん 46 歳の半生とすると理解しやすいかもしれない。小学1年生から生き物係になり(生命誕生)、 19 歳で生計を独立した(酸素発生型光合成の開始)。 41 歳で一念発起して家庭菜園を始め(植物の上陸)、2年ほど暮らしていた恐竜兄さんが半年前に失踪し、今から 10 日前に小人たちが温室栽培を始めた
- 水以外で私たちの 身体 を構成する主成分が炭素なら、地球表層を構成するのがガラスの主成分であるケイ素(シリコン)
- ダイヤモンドや石英の結晶ではネバネバした肥沃な土は生みだせない。不純物こそ栄養分となり、不純物を含んだ土こそが生命のゆりかごとなる。
- 地球が冷める中で、コア内部(内核) は固体の鉄となり、コア表層(外核) はドロドロに溶けた鉄として対流することで、地球の磁極(N極、S極) をむすぶ強い磁場が生みだされるようになる。
- この地磁気が太陽風や宇宙線から地球を守ってくれることで、地球に生命が宿る前提条件が整った。
- 噴火のおかげで、植物の生育に必要な栄養素である鉄やマグネシウム、カルシウム、リンが供給される。
- 国際分類上の土の定義では「陸上にあり、常に2・5メートル以上の水をかぶっていないこと」
- 潮の満ち引きを繰り返すマングローブの泥は土だが、サンゴ礁の周りの海底の泥は土ではなく、堆積物になる。
- 原始地球の温度低下にともなって降り注いだ大量の雨は火山ガス(塩酸ガス、亜硫酸ガス)、二酸化炭素を溶かしこんだ酸性雨だった。
- しかし、海では酸性雨も海底の玄武岩によって中和される。この時、岩石から溶けだしたケイ素やアルミニウムが海水中にどんどん増え続けた。
- 土は主に酸素とケイ素とアルミニウムでできているのに対し、生命はアミノ酸を主要な材料としている。
- 鉄とマンガンの酸化が終わり、ようやく大気中に酸素が満たされていく。 46 億歳の億をとって地球を擬人化する例えを懲りずに持ち出すと、 28 歳から 38 歳まで(地質学者は「退屈な 10 億年」と呼ぶ)、地球お母さんは自らの債務処理(海水中の鉄イオンの酸化) に追われていたことになる。
- 海水と大気に酸素が行き届いたことで地球環境はガラリと変わった。まずは粘土が増える。
- 高濃度の鉄やマンガンは生命に害を与えるが、低濃度であれば植物に必須な栄養となる。
- 岩石粉末を土に変えた腐植こそ、人類が容易に土を作れない原因物質である。
- キノコは酸性に強い。樹木が登場してからリグニンが分解できずにカビや細菌が困っていた石炭紀(3億年前)、白色腐朽菌と呼ばれるキノコが全く新しい酵素を生産できるように進化した。
- 石炭紀を 終焉 させたキノコの分解力は、植物にとって脅威ともなる。落ち葉だけでなく、生きている木も分解されかねない。
- 人類は、土の細菌の縄張り争いに使われる〝化学兵器〟を抗生物質として利用してきた。
- 静岡県のゴルフ場周辺の土から分離された放線菌(ストレプトマイセス属) は寄生虫治療薬イベルメクチンとして途上国の人々を救い、発見した 大村 智 はノーベル生理学・医学賞を受賞している。
- ミミズの上陸は画期的だった。ミミズの通路やフンによって団粒が増え、4億年前の硬くて浅い土を透水性や通気性の良いフカフカした土へと変貌させた。
- ゴキブリやシロアリは倒木や落ち葉、腐葉土を食べる生態系の分解者として機能している
- これら〝森の掃除屋〟と呼ばれる昆虫たちを「森の3億年組」としておこう。
- 土と生物の歴史をながめると、脚の数はゼロから無数だった「花の4億年組」に脚6本の「森の3億年組」が加わる。
- 2・5億年前の大量絶滅で生まれた生態系の空白(ニッチ) に収まったのが爬虫類であり、酸素濃度が回復するとともに巨大化した爬虫類のうち、前進歩行に適した骨格を持つなかまは、恐竜と呼ばれる。
- その恐竜が6600万年前、絶滅する。直径約 10 キロメートルの巨大 隕石(小惑星) が衝突したことで寒冷化したことが原因とされている
- ゼロから土を作ろうとすると、生命誕生から 40 億年、陸上に限っても5億年かかる。シャーレの上で一つの微生物を培養するようにはいかないのは、鉱物と植物・微生物との相互作用が土を作るからだ。
- 腸を「第二の脳」と呼ぶことがあるが、むしろ脳が「第二の腸」だ。脳を進化させた生物のうち、脳の大きい哺乳類は鳥類とともにエネルギー消費が多く、脳の発達とエネルギーの生産にリンを多く必要とする
- 脳の要求を満たすべく、大型類人猿は高カロリーでリンを豊富に含む食料を求めたその欲望を満たしたのが熱帯雨林のトロピカル・フルーツだ。
- 熱帯雨林で主にフルーツを食べて暮らしており、ビタミンCを摂取できるようになったためだといわれる。大型類人猿にとってフルーツはデザートではなく、必須の栄養源だ。
- いずれにせよ、赤土の栄養不足ゆえに樹上のフルーツをお 腹いっぱい食べられなくなったサルが私たちの祖先である。
- ほどよく風化した土は、動物に欠かせないリン、カルシウム、ナトリウムを豊富に含んでいた。ちょうどコーヒーの産地とも重なる。
- 現在、人類は世界の食料の 95 ~ 99 パーセントを直接的・間接的に土に依存している。残りの1~5パーセントが海に由来
- 魚介類は土と関係ないように見えるが、ヨーロッパには「肉はすべて草から(All flesh is grass)、魚はすべて珪藻から(All fish is diatom)」という言葉がある。
- 狩猟採集生活では 10 平方キロメートルあたり1~7人しか生きられないが、焼畑農業(後述) では300人分の食料を生産することができる。
- 家畜の骨のリサイクルから始まったリン肥料だったが、人口増加とともに家畜の骨だけでは足りなくなる。イギリスはヨーロッパの古戦場(ベルギーのワーテルローなど) の遺骨を掘り返して肥料とした。
- 化学肥料の製造工場はプラントというが、語源は植物だ
- 自然条件で土に供給される窒素の〝収入〟は、地球全体で1億2000万トンにもなる。カミナリやマメ科植物の根粒菌が大気中の窒素を固定し、その植物遺体が土に供給され、微生物によって循環する。
- この自然の窒素循環速度が世界人口を現在の5分の1、 16 億人に制限していた。
- 人類は石油や石炭などの化石燃料を使って工場(プラント) で窒素ガスを固定して窒素肥料を作り、畑で待っている作物に肥料を貢ぐ。
- 超個体が土を作り、自らも変化し続けるシステムには、自律性と持続性がある。これが「土=砂+粘土+腐植」よりも大切な土の本質であり、人工土壌に求めたい機能である。
- 大脳を司る100億個の神経細胞の相互作用と大さじ1杯の土の100億個の細菌の相互作用。多様な細胞があたかも知性を持つように臨機応変に機能する超高度な知性を、私は脳と土しか知らない。
- この本で伝えたいのは、土を作ることは難しかったという実感と、やり方次第では不可能ではなさそうという希望である。土を作れないという私の悩みは、生命の進化、人類の繁栄の原動力となる土の本質に迫るものであり、今や文明の盛衰を占うものでもある。


認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。