介護現場の”節子”さんに、ねぎらいを

2016-03-25

昭和50年ごろ我が家は認知症を抱えた家族でした
父方の祖父が認知症
父親は、働き盛りで忙しく
子供達も小・中学生でそれなりに忙しい。
もちろん介護保険制度もなく
医師も認知症の認識が甘く
社会的フォローも貧弱
父親の兄弟も、親の介護をすることなど考えもしない。
結果、認知症の祖父の介護は
長男の妻である
私の母親が担っていました。

“祖父の認知症が悪化していること”を、
他の子供たちに訴える。
しかし、久々に訪れる子供たちの前だと
不思議と、祖父も元気になる。
結果、”少し大袈裟なんじゃない?”と言われる始末。
現在であれば、
“認知症患者さんが、久々に会った人の前では症状が出ないこと”は、
かなり知られています。
しかし当時は、そんな介護者へ投げかけられる
無神経な言葉が、
さらに認知症家族を疲弊させたものです。
そんな祖父も徐々に弱っていき
さらに認知症は悪化しました。
最後は、たまに訪れる子供たちの顔は忘れても
母親の顔は忘れませんでした。
これも、母親の意地であったのかもしれません。


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ちなみに私の母親の名前は、”節子”です。
私は、節子という名の女性で
“か弱い女性”に出会ったことがありません。
小説や漫画でも”節子”はしっかりした女性の代名詞とさえなっています。
気丈な”節子”さんは、泣き言は言いません。
そんな節子さんも、
同じように傷つき、悩んでいることに変わりはありません。
母親は、今でも祖父の介護時代を思い出したくはないと言います。

しかし
祖父が穏やかな最期を過ごせたのも
認知症家族の経験から
自分が医師の道を歩めたのも
すべて、節子母さんのお蔭だと思っています。
そんな節子さんが、
外来にはいっぱいいらっしゃいます。
ねぎらいの言葉しか掛けることはできませんが、
張りつめたものが、解き放たれるのか
号泣される方も見えます。
これからの時代は、世の中の”節子”さんだけに
過剰な介護負担を、負わせないようにしたいものです。

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