認知症ケア専門士という資格をご存知でしょうか? 私自身、第1回目の試験を受験して資格を取得したものです。当時、スタッフと軽い気持ちで受験申し込みをしました。しかし、試験勉強をしていく過程で、あることに気が付きました。認知症専門医として、「絶対に落ちるわけにはいかない」ということです。そのため、相当真剣に勉強し、無事合格をしました。
合格後に感じたことは、本当に勉強になったということです。この試験は、あくまで認知症ケアについて問われるものです。正直、医師は認知症ケアについてはそれほど詳しくないものです。この試験のお陰で、患者さんの家族にも適切なアドバイスができるようになったものです。そのため、スタッフをはじめ認知症に関わる方には、認知症ケア専門士の資格取得を強く進めています。今回の記事では、そんな認知症ケア専門士についてご紹介します。
目次
1.認知症ケア専門士とは?
介護は大きく分けると身体介護と認知症介護に分けられます。身体介護については、現場でもコンセンサスが得られていますが、認知症ケアは現場でも手探り状態です。そこで2005年に認知症ケアの統一した知識を共有するために作られた資格が認知症ケア専門士です。
認知症ケア専門士制度自体は、認知症ケアに対する優れた学識と高度な技能、および倫理観を備えた専門技術士を養成し、日本における認知症ケア技術の向上と保健・福祉に貢献す ることを目的としています。
日本認知症ケア学会が認定する更新制の資格(民間資格)ですが、これはとてもお薦めです。確かに、国家資格ではありませんが、勉強自体が大変ためになります。
2.誰が受験しているの?
認知症ケア専門士になられた方は、 現場で直接認知症ケアに携わっている方が圧倒的に多いです。アンケートによると介護福祉士とケアマネジャーで約半数を占めており、次いでヘルパー、 看護師、福祉住環境コーディネーターという順番です(複数回答あり)。 その他、社会福祉士、作業療法士、理学療法士もいます。実は、私のような医師は最も少ない職種で、7万人近くいる資格保有者のうち僅か100名程度しかいません。
3.資格取得のメリット
医療や介護の現場で、患者さんのご家族からの質問の多くは、認知症の医学的な側面以上に、ケアつまり介護についての質問が多いものです。ご家族は、「患者さんに怒っても良いのですか?」「患者さんが訴える妄想には否定しても良いのですか?」「患者さんが訴える幻覚にはどのように対応すればよいのですか?」などの質問をされます。
認知症ケア専門士の勉強をすると、そんなご家族へも的確なアドバイスができるようになります。実際、私の専門外来においても、相当に役立っています。認知症患者さんへ、場当たり的でなく、プロフェッショナルな対応ができるようになります。介護施設で働く人には、本当に本当にお勧めの資格です。
4.受験資格と資格維持制度は?
受験資格は、「過去 10 年間におい て 3 年以上の認知症ケアの実務経験をもつこと」です。つまり試験のための勉強で得た知識や情報が、現在の仕事に直接活か せるということでもあるのです。
なお、合格後も定期的な「更新」が求められます。具体的には専門士として登録してか ら5年間に30単位を取得することで、 専門士の資格を更新できる仕組みになっています。 そのために認知症ケア学会が、学術集会の開催、認知症ケアに関する講座を開催しています。資格を更新しながら、自然と勉強ができるのです。(結構大変ですが・・)
5.試験内容と合格率は?
試験の内容は、第一次試験、 第二次試験と2回にわけて行われま す。一次では4冊のテキストの分野から筆記試験が行われます。それぞれに指定テキストがあります。そのテキストが大変良くできています。医療・看護・介護・福祉がバランスが良く網羅されています。自分もいくつかの資格試験を受けてきましたが、試験勉強自体が現場で生かされた点ではナンバーワンです。
以下の4分野から50問ずつ計200問出題されます。
・認知症ケアの基礎
・認知症ケアの実際Ⅰ;総論
・認知症ケアの実際Ⅱ;各論
・認知症ケアにおける社会資源
二次試験では一次合格者に対し論述試験と集団面接を実施します。専門士になるためには必ずこの面接を通過しなければなりません。面接の内容は、提示されたテーマをもとに 6人一グループでディスカッションし、 1 人ずつのスピーチとなります。
合格率は平均して約50 %程度と なっています。但し、一度に4分野の勉強が大変なら、「今回は、2分野で次回は残りの2分野」などと回数を分けて取得も可能です。
6.受験をお勧めする人達
事業所によっては、決して資格取得で給料が上がるものではありませんが、認知症のケアに関わる人には、スキルアップのためにもお勧めの資格です。
6-1.ケアマネージャー
以前、私は毎年岐阜県の依頼で、ケアマネさんを対象にした認知症のセミナーを行っていました。日々、利用者様や患者さんに接するケアマネージャーが正しい認知症ケアを知ることは、ケアプラン作成に直結します。そのことが、認知症の進行を遅らせたり、ご家族の介護負担を減らすことにもつながるのです。
6-2.介護福祉士
現場経験を積んで、介護福祉士の資格を取得される方がたくさんいらっしゃいます。当グループでも、仕事と家庭を両立させながらの資格取得される方には頭が下がります。でも介護福祉士資格取得のための知識は、広く浅いものです。ここでもうひと頑張りして、認知症ケア専門士をトライしてみましょう。日々の仕事に深みが増して、より楽しくなることは間違いありません。
ですから介護福祉士と認知症ケア専門士の受験のどちらかを迷っている方は、まずは介護福祉士の資格を取得、その後認知症ケア専門士を目指しましょう。
6-3.医師
最も患者さんの家族から、認知症について質問を受ける職種です。しかし、医師は認知症の診断や治療については学んできても、認知症ケアについては学ぶ機会すらありません。ここは、謙虚に学ぶ姿勢を持って、認知症ケア専門士の資格取得をお勧めします。本当に多くのご家族に喜ばれることは間違いありません。
ただし、医師という職業柄、試験に落ちたら相当格好悪いですが…。
7.資格取得で学んだこと
私自身が、資格取得で学んだことを一部ご紹介します。
7-1.妄想と作話の違い
テキストで、「妄想と作話の違い」を知りました。両者の違いは、修正が可能か否かです。つまり、患者さんが、「実際には起こってはいないこと」を主張した際に、家族が「そんなことはないよ」と否定したとします。その際に、作話であれば患者さんは納得します。しかし、妄想であれば、患者さんは絶対に納得しません。なぜなら、納得しないのが妄想の定義なのですから。
したがって患者さんの家族から、「妄想を否定しても良いでしょうか?」という質問がされた際にも、「否定してもしなくても患者さんは納得されませんよ」とアドバイスします。そうすると家族も、あえて妄想を否定しなくなります。もちろん、専門医として、メマリー等で妄想をコントロールすることが必須です。
認知症患者さんの周辺症状については以下の記事にて詳細に解説しています。
7-2.患者さん中心主義
この試験で学んだことに、「患者さん中心主義」があります。実は、医師以外の職種にとっては当たり前の考え方です。しかし、医師はとかく「俺に任せておけ」といった自分を頂点とした指示系統になりがちです。
そうでなく、あくまで患者さんを中心として、すべての業種がそれぞれの立場で患者さんに関わることが大事なのです。その中で、医師は一職種でしかないのです。
7-3.社会資本の使いかた
私自身が最も勉強になった分野は「認知症ケアにおける社会資源」です。特に、このテキストの目次立ては秀逸でした。これを参考に、私自身の2冊目の本「介護にいくらかかるのか?―いざという時、知っておきたい介護保険の知恵(学研新書)」を執筆させていただきました。
とても評判が良く、現在は絶版となり出版社にも1冊も残っていないようです。(アマゾンで中古で購入可能です)。この本のお陰で生命保険会社さんからお声がけを頂き、現在の全国での講演につながっています。
8.まとめ
- 認知症ケア専門士の資格は、認知症ケアについて実践で役立つ資格です。
- 特に、ケアマネージャ、介護福祉士、そして医師の方には、超お薦めです。
- 患者さんやご家族に対して、場当たり的でないプロフェッショナルな対応ができるようになります。