徘徊したうえ線路内に立ち入り、列車にはねられ死亡した91歳の認知症患者のAさんを専門医の立場で論じます。
Aさんは、84歳で認知症を発症。86歳で要介護度①が認定されています。その後、入院を契機に認知症が悪化、要介護度が②となり、週6回デイサービスを利用。しかし、認知症は進行し、89歳時には、徘徊、介護への抵抗が出現。要介護度も④となる。
このケースは、典型的なアルツハイマー型認知症の経過です。診断の根拠は、発症の年齢が80歳を超えている点、89歳で徘徊をするほどの運動能力が維持されている点です。患者さんを診察しなくても、『元気でテクテク、アルツハイマー』の典型です。
発症についても、当初は物忘れを中心とする中核症状が主体ですから、要介護度も①から②です。この段階では、ご家族にも“実害”がないため、デイサービスやショートステイを利用して自宅での介護が可能です。
しかし、89歳になった時には、周辺症状として徘徊、介護への抵抗が出現しています。この頃になると、Aさんは、門扉を叩いたり、塀を乗り越えようとして、無理やり外出しようとしたりしています。この段階での要介護度④は極めて妥当です。通常、周辺症状が出現すると家族への“実害”が出現して、自宅での介護は困難となります。しかし、今回のケースでは、家族はここで重大な間違いを犯してしまいます。家族会議で入所が検討されたのですが、“入所でAさんがさらに混乱するのでは?”“すぐ入れる施設がない”という理由で、在宅介護の継続を決断してしまったのです。
そして、9か月後に今回の事件が起こったのです。
私が主治医なら、『この患者さんの状態では在宅生活の継続は無理です』とドクターストップをかけるのですが・・