今回は、少し変わった視点から“認知症の予兆”について考えてみたいと思います。きっかけは、先日私が訪れたサザンオールスターズのコンサートでした。あの国民的バンドのライブともなれば、会場は満員御礼。年齢層も幅広いのですが、特に目立ったのは「60歳前後の観客たち」。その姿を観察していて、ふとあることに気づいたのです。「自分でチケット番号を見て、迷わず座席を探す人」と、「何も見ずに係員に聞いてばかりの人」――これ、まさに人生の歩み方の違い、ひいては将来の認知機能の差を表しているのではないか、と。
目次
1.認知症は「生活習慣病」でもある
私たち医師は、認知症というとアルツハイマー型や脳血管性など“病理学的”な分類をしますが、実際には長年の生活態度や習慣が密接に関係しています。つまり、「どんなふうに日々の判断や行動をしてきたか」が、10年後、20年後の脳の健康を左右するのです。では、なぜ“席を自分で探すか否か”が、そこまで重要な示唆を持つのでしょうか?
2.「自分で動く」ことは“脳”への最大の刺激
自分で座席を探すには、最低でも次の3つの認知機能が必要です。
- 視覚と注意力:チケットに書かれた情報(ブロック・列・番号)を読み取り、周囲の表示と照合する。
- 空間認識と方向感覚:会場の構造を理解し、現在位置から目的の席までを推定する。
- 問題解決力:もし迷ったとしても、冷静にもう一度確認して自力でリカバリーする能力。
こうした行動を通じて、脳は“実地のナビゲーション”を学習します。つまり、「使えば衰えない」どころか「使わなければ確実に衰える」のが、脳なのです。それに対して、何も考えずに最初から係員に頼る人は、これらの機能を“休眠”させてしまっています。もちろん、「たまたま目が悪い」「少し足が悪い」という事情もあるかもしれません。でも、そうではない“完全に人任せ”の姿勢は、自分の人生のハンドルを放棄しているのと同じです。
3.この傾向は“日常生活”にもあらわれている
こうした違いは、実は日常生活の中でもよく見られます。
- バス停で時刻表を自分で見る人と、すぐ誰かに聞く人
- スマホの操作を試す人と、最初から「わからない」と放棄する人
- 銀行のATMを操作する人と、通帳と印鑑だけを握りしめて窓口に並ぶ人
こういった日々の“ちょっとした選択”の積み重ねが、認知症を「遠ざける人」と「近づける人」を分けているのです。
4.「一度自分でやってみる」が大事
誤解しないでいただきたいのは、「誰にも頼るな」と言いたいのではありません。社会は助け合いで成り立っていますし、高齢になれば身体的にできないことも増えます。ただ、重要なのは「最初から放棄しない姿勢」です。
・一度やってみる
・間違ってもいいから挑戦してみる
・迷ったときだけ、最小限助けてもらう
これが“脳にとっての筋トレ”なのです。
5.認知症リスクを減らす人の共通点
認知症専門外来を長年担当してきた中で、進行が遅い人、予後が良い人にはいくつかの共通点があります。そのひとつが、「自分で何とかしようとする人」。好奇心があり、面倒がらずに自分で考え、行動します。逆に、「できない」「わからない」「人にやってもらえばいい」という姿勢の方は、進行が早い傾向があります。これは単なる印象論ではなく、認知症のリスク因子の一つに“活動性の低さ”や“受け身の生活態度”が挙げられていることからも明らかです。
6.あなたは人生の座席を自分で探していますか?
さて、ここまで話を聞いていただいたうえで、冒頭の問いに戻ります。あなたは、ライブや劇場に行ったとき、チケットの席を「自分で探す人」でしょうか?それとも「誰かに任せる人」でしょうか?実はこの問いは、今後の人生を“自分で選ぶ人”か、“流される人”かの分岐点でもあります。ライブ会場という非日常の空間であっても、そこに現れる“いつもの自分”の態度――そこにこそ、あなたの未来が透けて見えているのです。
7.最後に
私たち医師は、診断や投薬を通じて認知症の進行を遅らせる努力をしますが、本当に重要なのは「診断される前の生き方」です。日々、自分で考え、選び、行動する。この“自律性”こそが、認知症を遠ざける最も確実なワクチンなのです。「今日の座席は自分で探す」――たったこれだけのことが、あなたの未来を変えるかもしれません。