毎年、夏場になると高齢者の方の脱水が問題になります。高齢者の中でも認知症患者さんの場合、特異な症状があるためにさらに脱水になりやすくなります。それは夏場でも厚着をする、炎天下でも出かけてしまう、水分摂取をかたくなに拒絶するからです。
それに対して、家族や主治医が必死になって脱水予防を説得しても理解ができないことも多いものです。今回の記事では、高齢者、特に認知症患者さんの脱水症状予防の方法をお伝えします。ただし、どれだけ頑張っても対応できないこともあるということも同時にお伝えします。
目次
1.脱水症とは?
体の機能を保持するために重要な役割を担っている体液は、人間の体の約6割(高齢者の場合は約5割)を占めているとされ、血液・リンパ液・消化液などから構成されています。体液は、体外に出ていく水分量・塩分量と、体内に補給する水分量・塩分量が同じくらいのときに、ちょうど良いバランスを保つことができています。しかし、十分な水分が取れなかったり、汗をかいたり、発熱や下痢などで水分が失われたりすることで、体内に必要な水分量と塩分量が十分でなくなる場合があります。そうしたときに起きる症状が脱水症です。
2.段階別・高齢者における脱水症の症状
脱水症に陥っても、高齢者本人が気づかないことがあるため、周囲の人が気づいてあげることが大切です。脱水症のサインを軽度から重度までご紹介します。
2-1.軽度
皮膚の乾燥が見られます。唇がカサカサしていたり、口の中が乾燥していたりする場合は、脱水症を疑いましょう。脱水症のサインは行動にも表れます。ボーッとしたり、「傾眠傾向」が頻繁に見られるようであれば、脱水症を起こしている可能性があります。
※傾眠傾向 うとうとしているように見える状態。声掛けや肩を叩くといった刺激で意識を取り戻す程度の軽度の意識障害。
2-2.中度
軽度の状態から症状が悪化すると、頭痛や吐き気などを訴えるようになります。また、体の水分量が不足し汗や排尿の量が減っていきます。トイレの回数をチェックしてください。さらに、嘔吐や下痢など、明らかな体調異常が見られたりすることもあります。
2-3.重度
症状がさらに進むと、話しかけても反応がなくなり、意識がもうろうとしたような状態になる場合があります。ひどいときは、意識を失ったり、体の痙攣が起こったりします。
3.そもそも高齢者は脱水になりやすい
脱水症は、年齢を問わず誰でもなってしまう可能性がありますが、特に高齢者が脱水症に陥りやすいのには、理由があります。
3-1.食欲や嚥下機能が低下している
水分は食べ物の中にも含まれます。食欲低下や、嚥下機能が低下することで食事の量が減り、水分が不足しやすくなります。
3-2.トイレに行く回数を減らすために水分をとらない
カラダが不自由になったり、介護が必要になったりすると、トイレに行くことも一苦労。水分をとるとトイレに行きたくなってしまうという考えから、トイレの回数を減らすために意図的に水分をとらない場合があります。
3-3.薬剤の影響
高齢者は、心不全を合併していることが多く、利尿剤を使用することが多いものです。利尿剤により尿の量が増えて体液が減少しやすくなります。但し、利尿剤は必要があって処方されています。本人・家族の判断で中止することは危険です。必ず、主治医に中止の可否を確認するようにしましょう。
3-4.筋肉の減少によるカラダの水分量の減少
筋肉はカラダの中で最も多くの体液を含んでいます。加齢により高齢者は筋肉量が減りがちになり、体液も減ってしまいます。
4.認知症はさらに脱水症状を引き起こしやすい
実は、認知症患者さんの脱水はさらに厄介です。
4-1.血管性認知症と脱水症状の悪循環
認知症の中でも、血管性認知症患者さんは脱水に弱い傾向があります。そもそも、血管性認知症の患者さんは嚥下障害を合併することが多く、水分摂取の際にむせやすいのです。そのため、十分な水分が摂取できません。その結果、血液の粘脹度が上がって、いわゆるドロドロ状態になります。そのことが、血管性認知症自体をさらに進行させてしまうという悪循環に陥ってしまいます。
そのため、早い段階で点滴により水分を補充すると劇的に改善するのも血管性認知症の特徴です。意識朦朧として運ばれてきた患者さんが点滴を500㎖入れただけで、歩いて帰られるまでに改善するのです。
4-2.アルツハイマー型認知症は、水分摂取を拒否しやすい
アルツハイマー型が進んだ患者さんは、食事や水分を摂取すること自体を認識できなくなります。そのため、どれだけ水分を勧めても摂取しようとしません。医師・家族とも本当に困り果ててしまいます。無理に点滴をしようとしても、暴れてできません。現実としては、脱水が進行して抵抗もできない状態になってようやく点滴等を行うことになります。
5.認知症患者さんが脱水症を悪化させる他の要因
認知症患者さんは、脱水症状を悪化させる要因があります。
5-1.着衣失行があるため
季節、場所等に合わせて適切な服を着るという行為には、高度な認知機能が必要です。そのため、比較的早期の段階から認知症患者さんには、着衣失行という症状が出現します。これは「何を着たらいいかわからない」という認知障害です。
その結果、夏であっても冬服を着ていたり、何枚も服を重ね着している方がいらっしゃいます。身体中が汗にまみれていても、重ね着を止めない認知症患者さんは、とても多いのです。
5-2.脳における温度感覚の鈍り
認知症患者さんは、脳において暑さを感じにくくなります。その結果、どれだけ暑くても苦痛と感じないようです。我々も訪問診療で患者さんのお宅にお伺いすると、一瞬ふらつきを覚えるほどの蒸し暑い室内で平然としてる患者さんがいます。その際には、家族によって力づくでも室内環境を改善する必要があります。
5-3.冷房嫌い
認知症患者さんは、不思議と冷房を嫌がります。冷たい風に過剰に反応して拒否されるようです。冷房どころか、扇風機もつけない。ひどいと窓さえも締め切ってしまう患者さんがたくさんいます。冷房をつけても消す、扇風機をつけ消す、窓を開けても占める、いたちごっこで介護者は疲れ果ててしまいます。
6.脱水症状予防と対策とは
高齢者本人だけでなく、周囲の人が気にして水分補給を促すようにすると、脱水症を未然に防ぐことができます。
6-1.一日に必要な水分量を知っておく
一般的に高齢者の一日に必要な水分摂取量は、体重1キログラムあたり約40ミリリットルといわれています。体重50キログラムの人の場合は、約2リットルです。この数値には食事の際に食べ物から摂取する水分量も含まれており、食事の際に食べ物から摂取する水分量は大体1リットルくらいなので、食事以外に約1リットルの水分を摂取するのが目安です。周囲の人が把握しておき、必要な水分をしっかり摂取できているかチェックすることが重要です。
6-2.部屋の湿度や温度を調節する
室内環境を整えることで、体の水分量が保たれます。夏場などは、多量に汗をかいて体の水分量が減ってしまうことがあります。お伝えした認知症の症状がなくとも、高齢者の中には、「電気代がもったいないから」と節電をする人がいます。無理に節電せず、室内の温度を適温に保つよう心がけてください。
6-3.定期的に水分補給をする
本人の感覚に水分補給を任せていては脱水になってしまいます。本人にノドが渇いている自覚に関係なく定期的に水分補給をしましょう。特に、起床時・食事前・入浴後・運動後・飲酒後などは、特に水分補給が必要なときです。積極的に摂取してもらいましょう。
6-4.フルーツやゼリーなどで水分補給をする
水分を補給できるのは、飲み物だけではありません。水分を多く含むフルーツ、ゼリーや水ようかんなどの水分を凝固させたものからも水分を摂取することが可能です。「水を飲まなきゃ」と高齢者本人が意識しなくてもおいしく食べられるため、自然と水分を摂取しやすくなります。
7.どうしても水分を取ってもらえないときは。医療の限界も
家族や主治医がどれだけ一生懸命対応してもどうしても水分を取ってもらえず、室内環境を整えることもできないことがあります。もちろん、点滴を行うこともできません。そんな時は、本当に弱るまで放置するしかありません。
ぐったりして、意識も朦朧となった際に救急受診します。通常は、入院して数日で改善します。しかし、元気になれば点滴を拒否するためすぐに退院となります。
ときには、このような経過の中で点滴をしても回復せず、生命的危険に陥ることがあります。厳しいようですが、治療を諦めざるを得ないこともあるとお考えください。医師として無理矢理押さえつけて水分摂取させたり、点滴をすることはできません。ある程度長生きをしたのですから、ご家族も腹をくくるしかないのではないかと思います。世の中、不可能なこともあります。「人間は食事がとれなくなったら死」。これが極めて自然なのです。
以上の説明をすると、多くのご家族はホッとされて納得されます。やはり、主治医が現実をきちんとお伝えすることは大事なことなのです。
8.まとめ
- 高齢者はそもそも脱水になりやすいので、のどの渇きに関係なく定期的な水分摂取が必要です。
- 認知症患者さんは、水分摂取や室内環境の整備ができないことがあります。
- 時には、脱水による生命的危険もやむを得ないと腹をくくることも必要です。