多くの人が、「親を施設に入れるなんてかわいそう」「最後まで家で看るべきではないか」と悩みます。施設に預けることは「見捨てた」ことになる──そう思い込んでいる方も少なくありません。
でも、現場で数多くの家族を見てきた私の実感は、むしろ逆です。
実際に入所を決断した家族の多くが、こう口にします。
「もっと早く決断すればよかった」
この言葉が珍しいものではないのです。
ではなぜ、多くの家族が“後悔”ではなく“安堵”を感じるのでしょうか?
その理由を、いくつかの視点からお話ししていきます。
目次
理由①:「怒らなくなった自分」に気づいた
入所後、家族が最初に感じる変化のひとつが、「自分が怒らなくなったこと」です。
在宅介護の終盤には、
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同じことを何度も聞かれる
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夜に眠れない
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トイレの失敗が続く
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介護を拒否される
こうした状況が日常になります。
どれだけ心の優しい人でも、限界がくると、つい声を荒げてしまう瞬間があるものです。
そのたびに、自己嫌悪に陥ります。
「なんであんな言い方をしてしまったんだろう」
「私は冷たい人間だ」──と。
しかし、入所して環境が変わることで、心の余裕が生まれます。
すると、怒ることがなくなり、普通に会話ができるようになるのです。
これは、本人にとっても家族にとっても、とても大きな意味のある変化です。
理由②:「介護」から「家族」に戻れた
長期間の在宅介護では、家族の関係性が変質してしまいます。
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妻は「介護者」に
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夫は「監視役」に
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子どもは「調整役」に
家族という温かい関係性が、介護という役割の集団に変わってしまうのです。
しかし、入所によって「介護」という役割を専門職に委ねることで、家族は本来の立場を取り戻すことができます。
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妻は「妻」として
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夫は「夫」として
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子どもは「子ども」として
再び自然な距離感と感情を持って接することができるようになります。
「一緒にお茶を飲めるようになった」
「手を握ることができた」
そうした小さな幸せが、日常に戻ってくるのです。
理由③:本人の表情が穏やかになった
これは、家族が「入所してよかった」と心から思える最大の理由かもしれません。
しばらくして面会に行くと、多くの家族が驚きます。
「顔が違う」「穏やかになった」と。
その理由は、施設という環境が、本人にとって安心できる場になっているからです。
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一日の生活リズムが整っている
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プロのスタッフが対応してくれる
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怒られない、責められない環境
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夜間も見守られていて安心
自宅では失敗するたびに怒られたり、家族を混乱させたりしていた本人が、施設では「失敗してもいい」と思える環境にいます。
この安心感の積み重ねが、表情や言動に表れ、「穏やかさ」として家族の目に映るのです。
理由④:限界だったことに、あとから気づけた
入所前、家族はよくこう言います。
「もう少し頑張れたかもしれない」
「まだ自分がやるべきだったのでは」
でも、入所後に冷静になると、多くの方が言い直します。
「いや、あれはもう限界だった」
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慢性的な睡眠不足
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いつもイライラしていた
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自分の体調まで崩れていた
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家庭内の空気が常にピリピリしていた
こうした状態を“日常”として過ごしていたことに、あとから気づくのです。
人は、限界の中にいるときには、自分が限界だと認識できません。
一歩離れてみて、はじめて「限界だった」と理解できるものなのです。
理由⑤:自分の人生が再び動き出した
これは、あまり表立って語られないことですが、非常に大切な視点です。
入所後、家族は次第にこう言い始めます。
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仕事に集中できるようになった
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久しぶりに友人と会った
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しっかり眠れるようになった
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笑えるようになった
そして最後に、こう言います。
「私の人生も、続けていいんですね」
これは、罪悪感ではありません。
むしろ、解放です。
介護は確かに尊いものです。
でも、それで自分の人生を止めてしまう必要はありません。
家族が元気で、前を向いて生きていくことは、決して“わがまま”ではないのです。
「見捨てた」のではない
入所を決断する家族が一番恐れているのは、「見捨てた」という言葉です。
でも、私は医師として、そして現場を知る者として、はっきりと伝えたいと思います。
入所は、介護の放棄ではありません。
それは、「介護の形を変えただけ」です。
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自分だけで抱え込まない
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専門職と分担する
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安全と安心を優先する
これは、非常に合理的であり、同時にもっとも愛情深い選択です。
入所は「終わり」ではない
最後に、どうしてもお伝えしたいことがあります。
入所は、家族関係の「終わり」ではありません。
むしろ、壊れかけていた関係を、再び築き直す「再出発」の機会です。
多くの家族がこう言います。
「やっと、笑って会えるようになりました」
この言葉が、すべてを物語っています。
まとめ
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入所後、怒らなくなった
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家族の関係を取り戻せた
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本人の表情が穏やかになった
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あれが限界だったと気づけた
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自分の人生を再び歩めるようになった
だからこそ、多くの家族は「後悔しなかった」と言えるのです。
もし今、
「まだ頑張れる」
「自分が面倒をみないと」
そう思っている方がいるなら──
それは、限界のサインかもしれません。
あなたの人生も、大切にしてください。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。