「なんか変だな」と感じたときには早期認知症にかかっている可能性があります。通常の生活にはあまり不自由せず、家族にも迷惑をかけることはそれほどではないかもしれません。
この段階では疾患そのものよりも金銭管理や契約などでトラブルになることが怖いのです。
実は先日、私の78歳の早期認知症患者さんが、子供さんがいない昼間に、訪問した証券会社からリスク性の高い投資信託を購入してしまいました。その額、なんと1000万円。子供さんが気付いてから確認すると、評価額は購入金額を大幅に下回っています。証券会社の担当者に抗議をすると、契約は有効との一点張り。売るにも売れずに困っています。
私の認知症専門外来では、初診時に「何か騙されたことはありませんか?」と質問します。この質問をしなければいけないほど、多くの方が騙されているのです。特に、認知症の前段階である早期認知症患者さんの方が被害に会いやすいのです。
今回の記事では、月に1000名以上の認知症患者さんを診察する認知症専門医である長谷川嘉哉が、早期認知症の概略と騙されないための知識をご紹介します。
目次
1.早期認知症とは
早期認知症とは、健常者と認知症の中間にあたり、MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)と言います。
1-1.概要
MCI患者さんは、全国で400万人。65歳を超えた人の中では、7人に1人がMCIと言われています。
MCIの特徴として、通常認知症検査で行われる側頭葉機能を測定するMMSE検査は正常ですが、前頭葉の機能が低下している状態です。具体的には、日常生活は自立しているのですが、本人や家族から記憶障害の訴えがある状態です。もっと簡単に言うと、「すごく変ではないが、ちょっと変」です。通常の生活はちゃんとできているのに、時々驚くような「おかしなこと」を言ったり、「おかしな行動」をするのです。
1-2.早期発見が重要
ご家族も、「常に変」でなく、「時々変」なため躊躇されますが、迷わずに受診をしてください。MCIを放置すると、認知機能の低下が続きます。MCIから認知症に進行する人の割合は年平均で10%と言われています。すなわち5年間で約40%の人は認知症へとステージが進行することになります。認知症も早期発見、早期受診が大事なのです。
1-3.治療法
MCIと診断された場合は、アルツハイマー型認知症に準じた治療を行います。通常は、抗認知症薬の中でも、アリセプト、リバスタッチパッチ、レミニールを使用します。
外来で認知症の診断をして薬を処方しようとすると、ご家族から「認知症の薬は症状の進行を止めるだけなんですよね?」と質問されることがあります。しかし、抗認知症薬は神経細胞と神経細胞の流れを良くすることで症状の改善を図ります。そのため神経細胞の数が維持されている時期、つまりMCIの段階であれば、改善する可能性が高いのです。
アルツハイマー型認知症における薬の使い方については、以下の記事も参考になさってください。
2.症状よりも詐欺に注意とは
実は、最も騙されやすいのはMCI患者さんです。なぜなら認知症にまで症状が進行すると契約書にサインをしたり、引落口座の手続きなどができなくなるために、騙すことさえできなくなるからです。
2-1.「一見正常」の落とし穴
MCI患者さんは、一見正常です。我々、専門医でさえ検査をしなければ見逃すことがあるほどです。日常生活も自立しています。そのため、契約書類のサインや、引落口座の手続きも可能なのです。
2-2.前頭葉機能低下のため、正常な判断は難しい
MCIの患者さんは、一見正常ですが前頭葉機能が低下しているため、論理的な思考は理性のコントロールができません。悪徳業者にしつこく、何度も何度も、商品を勧めれられると、冷静に判断をすることができません。結果、契約をしてしまうのです。
時に、契約について子供さんに責められると、理性のコントロールができなくなって逆切れすることさえあるのです。こうなると、MCI患者さんのためを思った子供さんは、やってられません。結果、MCI患者さんは親子断絶になっていることも結構あるのです。
2-3.何度も騙される
家族によっては、一度騙されたら、次回からは騙されないだろうと安心される方がいらっしゃいます。これには注意が必要です。悪徳業者は独自のネットワークがあるのか、一度騙された家には他の業種も群がってきます。結果、続けていくつもの業者に騙されてしまうことがあるので注意が必要です。
3.有名無実化する「75歳以上への金融商品販売規制」
MCI患者さんを騙す悪徳業者には、金融機関とくに証券会社が目につきます。
平成25年12月16日、高齢者に金融商品を販売する際のトラブルを防ぐため、日本証券業界が定めた統一ルールが施行されました。これまでは、証券各社の自主的な努力に頼っていたようですが、金融商品をめぐるトラブルが絶えなかったようです。
そのため、協会のルールでは、「75歳以上の顧客に仕組みの複雑な金融商品を販売する際、支店の課長など役職者が事前に承認するよう義務付ける。さらに80歳以上には勧誘した翌日以降に上司が契約を結ぶこと」を原則としました。
しかし、高齢者に個人金融資産が偏在しているため、金融機関がこうした高齢の方に手数料の高い金融商品を購入するよう働きかけているのは事実です。営業各人の成績は、コミッションにより大部分が決定づけられていますから、コンプライアンス違反ぎりぎりの線での勧誘行為をしているケースが多いようです。今回の私の患者さんの担当者は名古屋に本社のあるTT証券でしたが、明らかなコンプライアンス違反でした。金融機関の構造上の悪弊だと思いますが、担当者の個人的な倫理観任せでは状況はなかなか変わらないようです。
4.騙されないための対策とは
例えば、証券会社の預かり資産のうち、70歳以上の方のものは口座数で全体の約3割、金額ベースで約4割占めています。一方で、金融商品の勧誘による苦情・相談は、年間7~8000件であり、70歳以上が相談者の4割を占めているようです。前もって、騙されない対策が大事です。
4-1.銀行口座は最小限に
銀行や証券会社の口座が5口座以上ある場合は、取引内容を把握するためにも、どうしても必要な口座を残して、あとは解約しましょう。金融機関の口座解約は、本人が直接、金融機関に伝える必要があります。そのため認知症が進行してからの口座解約はとても困難となります。
4-2.証券会社は損しても解約
証券会社の口座を持っていること自体が、営業マンからの悪徳営業の温床となります。株や債券が評価損となっていても、売却して口座解約することも一つです。さらに騙されて損を大きくするよりは安全です。
4-3.代理人取引
各金融機関ごとに定められている代理人取引を申請することもベターな方法です。
*代理人取引:親の口座から預金の引き出しなどが必要な場合、その都度「委任状」を金融機関に届ける手もあります。しかし手間がかかり、緊急時も不安です。このようなとき「任意代理」の手続きをしておけば、代理人である子どもの判断で親の預金口座から多額の出金をしたり、親名義の株式を売却したりできます。親の取引口座がある銀行、証券会社の店舗に出向き、代理人届け出書類をもらいます。書式は金融機関によって様々ですが、基本的には口座名義人である本人(親)と代理人(子ども)の住所、氏名などを記入・押印し、代理の内容を記載します。
5.その他気をつけること
私の患者さんは、本当に多くの方が騙されています。以下のように、金融機関以外にも気をつけないといけないケースがあります。
- サプリメント・健康食品:電話で勧誘して、はっきりと拒否をしないと商品を送り付けてきます。問い合わせると、「本人が希望した」と言われて、しぶしぶ支払ってしまうこと多いようです。
- 新聞契約:その地域でのシェアが低い新聞が危険です。かなり強引で、ときに恐怖のために定期購読してしまうようです。私の患者さんでは、日本で最も有名な新聞を、2部契約させられていた人もいました。
- お布施:宗教も注意が必要です。あえて、「親御さんとだけ話がしたい」と言って、子供さんを同席させなかった住職もいました。ちなみに、お布施額は数百万円でした。もちろん、返ってきませんでした。
- 貴金属買取:最近、ブーム?です。貴金属を、無理矢理、二束三文で買い取っていってしまうのです。人によっては、「売れて良かった」と勘違いしている方もいますが、大損しています。こんな、理屈が通らないことを受容してしまうのもMCI患者さんの特徴です。
6.まとめ
- MCI患者さんは、65歳以上の7人に1人とかなりの数がいます。
- MCI患者さんは、前頭葉機能の低下により、論理的思考と理性のコントロールができずに、認知症患者さんよりも騙されやすいのです。
- 特に金融機関には注意が必要で、必要最小限のもの以外は解約・整理しましょう。