【おすすめ本の紹介】レビー小体型認知症でも「名探偵のままでいて」

【おすすめ本の紹介】レビー小体型認知症でも「名探偵のままでいて」
認知症をテーマにした小説や映画は数多くあります。しかし、医療者の立場から見ると、「ここは少し違うな」と感じる作品も少なくありません。ところが、小西マサテルさんの『名探偵のままでいて』は違いました。
私は認知症専門医として長年、多くのレビー小体型認知症(DLB)の患者さんを診てきましたが、この作品を読んで思わず「ここまで理解して書かれているのか」と驚きました。もちろんミステリーとしても非常に面白い作品です。しかし、それ以上に感心したのは、レビー小体型認知症という病気の本質が見事に物語へ溶け込んでいることでした。

しかも令和8年7月にはドラマ化も決定し、主人公である祖父を奥田瑛二さんが演じます。原作を読んだ今、この配役を知って「これは間違いなく期待できる」と感じています。今回は、認知症専門医として感じた本書の魅力についてお話ししたいと思います。

目次

第1章 レビー小体型認知症を正確に描いた作品

認知症にはさまざまな種類があります。最も多いのがアルツハイマー型認知症、次いで脳血管性認知症、そして三番目に多いのがレビー小体型認知症です。レビー小体型認知症の最大の特徴は、「幻視」と「認知機能が比較的保たれる」という、一見矛盾するような組み合わせです。

患者さんは、「子どもが部屋にいる」「虫が壁を歩いている」「床一面が水浸しになっている」など、極めてリアルな幻視を体験します。ところが本人は、それ以外の会話は極めて論理的です。周囲は、「こんなおかしなことを言うのだから、認知症はかなり進んでいるに違いない」と思い込みます。

しかし実際には、知性や推理力、言語能力が驚くほど保たれている患者さんが少なくありません。本書では、この特徴が実に自然に描かれています。主人公の祖父は、幻視に悩まされながらも、鋭い論理力で事件を解決していきます。

これは決して非現実的な設定ではありません。実際の診療でも、MMSEが高得点でありながら幻視を訴える患者さんは珍しくありません。本書では、その医学的特徴が物語の核となっており、「認知症だから何も分からない」という誤解を鮮やかに覆しています。

第2章 「幻視」を病気ではなく、人として

レビー小体型認知症の患者さんが見ている幻視は、決して曖昧なものではありません。「ありありと」「はっきり」「そこにいる」と感じられるほど鮮明です。

だからこそ、「そんなものはいない」「気のせいだ」と言われても納得できません。医療現場では、患者さんの見えている世界を頭ごなしに否定しないことがとても大切です。「もう大丈夫ですよ」「追い払いましたよ」「別の部屋へ行きましょう」そんな寄り添う対応が、患者さんの安心につながります。

本書には、こうした介護の本質まで自然に盛り込まれています。さらに興味深いのは、「自分でも幻視だと分かっている患者さんがいる」という描写です。これは医学的にもよく知られています。レビー小体型認知症では、「見えているけれど、本当はいない」と理解している方も少なくありません。もちろん体調が悪くなると現実との区別が難しくなることもあります。この微妙な揺れ動きまで丁寧に描かれていることに、私は驚かされました。

さらに本書では、日による体調の変動、日中の強い眠気、歩幅が小さくなる、手の震え、猫背、パーキンソン症状、レム睡眠行動障害、嚥下障害、ピサ徴候など、レビー小体型認知症で実際によく見られる症状が違和感なく物語へ組み込まれています。ここまで病気を理解して書かれた小説は非常に珍しいと思います。


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第3章 認知症になっても、人は「その人」のまま

本書で最も心を打たれたのは、この点でした。祖父は病気になります。体は少しずつ動かなくなります。最近の出来事は忘れてしまいます。しかし、知性 読書への愛情論理的思考 人生観 孫への愛情 教育者としての姿勢 それらは最後まで失われません。だからこそ、「名探偵」であり続けられるのです。

認知症医療をしていると、「認知症になったら終わり」という言葉を耳にすることがあります。私はそのたびに違和感を覚えます。確かに病気は進行します。できなくなることも増えます。しかし、人間そのものが消えてしまうわけではありません。本書は、そのことを見事に表現しています。

祖父が口にする、「世の中で起こるすべての出来事は物語なんだ」という言葉も印象的でした。人生には楽しいこともあれば、苦しいこともあります。病気もまた人生の一つの物語なのかもしれません。だからこそ、人は最後まで主人公であり続けられる。そんなメッセージを私は受け取りました。

おわりに

『名探偵のままでいて』は、単なる認知症小説ではありません。単なる本格ミステリーでもありません。レビー小体型認知症という病気を正しく理解しながら、人間の尊厳と知性を温かく描いた作品です。認知症専門医として、「ここまで正確に描かれている作品はそう多くない」と心から感じました。

そして、病気を「悲劇」としてだけ描かず、一人の人間の人生として描いていることに深い敬意を覚えます。令和8年7月には、奥田瑛二さん主演でドラマ化されます。奥田さんなら、この知性とユーモア、そして病気と向き合う静かな強さをきっと見事に演じてくださるでしょう。

原作を読んだ方も、これから読む方も、そして認知症に関わるすべての方にぜひ触れていただきたい作品です。

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