高齢ドライバーによる交通事故が社会問題となって久しくなります。現在、75歳以上で一定の交通違反歴がある方は、免許更新時に「運転技能検査」を受けなければなりません。この制度は、「運転ができるかどうか」を確認するために2022年から始まりました。
ところが今回、警察庁の分析で驚くべき結果が明らかになりました。運転技能検査に合格したにもかかわらず、その後の事故率は、違反歴のない高齢ドライバーの約2.8倍にも達していたのです。つまり、「試験に受かったから安全」という考え方は成り立たないことになります。
私は認知症専門医として、この結果は非常に重要な意味を持つと考えています。問題は試験の内容だけではありません。「違反を起こした」という事実そのものが、その人の運転能力低下を示す重要なサインだからです。
目次
第1章 実技試験は「その日だけ」の能力
運転技能検査では、
・決められた速度で走る
・一時停止ができる
・段差でブレーキを踏める
などを採点します。もちろん必要な能力です。しかし、実際の交通事故はそのような単純な運転操作だけで起きるわけではありません。
今回の調査でも最も多かった事故は、
・安全確認不足
・前方不注意
・左右確認不足
でした。これは「ハンドル操作が下手」という話ではありません。認知機能、とくに
- 注意力
- 判断力
- 状況把握能力
- 危険予測能力
が低下している可能性を示しています。認知症の初期では、教習所のような緊張した環境では問題なく運転できる人が少なくありません。しかし、慣れた道路、自宅近く、信号の多い交差点など、日常の運転では判断ミスが増えていきます。つまり実技試験は、「その日、その場所」での能力しか測れないのです。
第2章 違反歴そのものが「運転能力低下」のサイン
今回の結果で最も注目すべきなのは、違反歴がある高齢者は、実技試験に合格しても事故率が約2.8倍だったという事実です。これは逆に考えれば、違反歴そのものが将来の事故リスクを予測する強力な指標であることを意味します。高齢になると、「以前は絶対にしなかったミス」が増えてきます。
例えば、
- 信号の見落とし
- 一時停止を忘れる
- 速度感覚がおかしい
- 歩行者に気付かない
これらは単なる不注意ではなく、脳の老化や認知機能低下の始まりであることがあります。私は認知症外来で、「最近、交通違反をした」という話を聞くと、必ず認知機能を詳しく確認します。交通違反は偶然ではなく、「脳からの警告」であることが少なくないからです。
第3章 必要なのは「合格させる制度」ではなく「事故を防ぐ制度」
今回の結果を受けて、警察庁は運転技能検査の内容を見直す方針を示しました。もちろん改善は必要でしょう。しかし私は、それだけでは不十分だと考えます。なぜなら、本当に重要なのは、「試験に受かること」ではなく、「事故を起こさないこと」だからです。
違反歴のある高齢ドライバーに対しては、まず認知機能検査をさらに詳しく行うべきです。現在の認知機能検査だけでは初期の認知症を十分に見つけられないケースがあります。必要であれば専門医による診察や画像検査につなげる仕組みも検討すべきでしょう。
さらに、現在3年ごととなっている免許更新についても、違反歴のある高齢者だけは1年ごとの更新に変更することも選択肢になると思います。年齢を重ねると認知機能は1年間でも大きく変化することがあります。「3年前は大丈夫だった」という保証はどこにもありません。
社会全体として、「できるだけ長く運転してもらう制度」から、「できるだけ事故を起こさせない制度」へと発想を転換する時期に来ています。もちろん地方では車が生活の足であり、一律に免許を取り上げるべきだとは思いません。しかし、事故によって本人だけでなく歩行者や家族の人生まで大きく変えてしまうことを考えれば、安全を最優先に制度を設計する必要があります。
おわりに
今回の警察庁の調査は、私たちに重要な事実を教えてくれました。「運転技能検査に合格した」という結果だけでは、安全運転は保証されない。そして、交通違反歴のある高齢ドライバーは、実際に事故を起こす危険性が高いという現実です。
認知症医療の現場では、交通違反が認知機能低下の最初のサインとなるケースを数多く経験します。だからこそ、違反歴を単なる「過去の失敗」と捉えるのではなく、「将来の事故リスクを知らせる警告」として受け止めるべきではないでしょうか。
高齢者の運転を守ることと、社会の安全を守ることは、決して対立するものではありません。本当に必要なのは、「何歳まで運転できるか」を議論することではなく、「誰もが安心して道路を利用できる社会」をどう実現するかです。
そのためには、違反歴のある高齢ドライバーには、より詳細な認知症評価や専門医の診察、さらには1年ごとの免許更新など、現行制度より一歩踏み込んだ対策を検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。