「子供にどんな習い事をさせよう?」これは多くの親が悩むことです。そんなときにぜひ選択していただきたいものがそろばんです。
「そろばんは昔のもの」、「これからの時代はそろばんを使う機会はないから無駄」と思われているかもしれません。しかし、そろばんは、左右の脳をバランスよく使うとても優れた手法なのです。昔から「読み書きそろばん」と言われますが、脳の働きを考えても有用なのです。
また、あまり理解されないのですが「数字をイメージでとらえる」という素晴らしい境地に到達することもできます。コンピュータ文明が進んでも、この体験が得られるのはそろばんだけと断言できます。
今回は、このようなそろばんの効用を認知症専門医である長谷川が、脳の観点からご紹介します。
目次
1.幼い頃のそろばん習得が東大合格に役立った!
かつて受験生として勉強に励んだ東大生の中には、「幼いころにした習い事が、受験に役立った」と感じた人もいます。東京大学新聞社が、現役東大生・東大院生360人に対して、小学生時代にしていた習い事に関する独自のアンケート調査を行いました。その結果をご紹介します。
アンケートでは、やっていた習い事が「どの程度東大合格に役立ったと思うか」として、東大合格への貢献度も調査。「とても役に立った」「ある程度役に立った」「少し役に立った」「役に立たなかった」の4段階で尋ねた。 進学塾に通っていた人の約88%、学習塾に通っていた人の約73%が「とても役に立った」「ある程度役に立った」と回答した。「とても役に立った」を4点、「ある程度役に立った」を3点、「少し役に立った」を2点、「役に立たなかった」を1点として平均点を算出すると、進学塾が約3・4点で学習塾が約3・2点に。全ての習い事の中で1~2位となった。
そろばんを習ったことがあると回答した人は全体の約11%にとどまったが、約3・0点と進学塾、学習塾に次いで高かった。(出典:東京大学新聞オンライン)
進学塾や学習塾が直接的に成績向上に役立ったようですが、そろばんは間接的に東大合格のために役立ったと感じているようです。
2.そろばんは、単に数字に強くなる、だけではない
実はそろばんは、単に計算が早くなるだけではありません。以下のような効用があります。
2-1.指を使う作業が集中力を高める
指は、大脳の運動支配領域の中で極めて広い面積を占めていて、指を使うことは、脳の活性化を促します。ソロバンの検定試験は制限時間に規定問題数を正解しなければなりません。 1級のかけ算を例にとりますと、6桁×5桁の問題を計算する過程において、100回以上の指先操作を要求されます。計算中は、かけ算九九を30回唱え、 11桁(100億)の答えの記入が許されます。その間、一度のミスも許されません。ミスが許されないトレーニングを繰り返していると、自然に集中力が身につくのです。
2-2.そろばんを弾く音と反復計算が脳を刺激する
パチパチとリズミカルな音を、耳で確認しながら計算していきます。特に聴覚で得た情報は側頭葉に入り、左右両側の脳が刺激されることがわかっています。さらに脳への刺激は「難しい計算や理論を解くよりも、簡単な反復計算を続ける方が効果的」と言われています。そろばんの「日々こつこつと練習を積み重ねる」学習スタイルに一致しています。
2-3.「読上算」(よみあげざん)はさらに効果的
これは、読み手が読み上げる問題を即座に聞き取り、正しく処理するトレーニングを指します。前近代的な学習法に見えますが、実は「速く聴き取る力」をトレーニングしています。耳を緊張させながら、聞いた数字を頭の中で玉に置き換え、目で確認しながら弾く作業は、脳のさまざまな機能を活性化させているのです。
3.そろばんをマスターすると左右の脳をバランスよく使える
私自身、そろばんの1級に合格したころ、あることに気が付きました。自分の頭の中の数字がすべて「そろばんの玉」として認識されるのです。電話番号も郵便番号も、数字はすべて「そろばんの玉」に置き換わるのです。
3-1.数字が空間認識できる
医師として脳の働きを専門にすると、この原理がとても良く理解できました。通常の計算は、左脳で行います。しかし、そろばんの上級者になると、情報処理が右脳に移動するのです。つまり、数字を空間認識することで処理能力が格段に速くなるのです。
3-2.そろばん上級者は右脳で処理
私がそろばんを習っていた人に聞くと、そろばん1級の方はほぼ100%“そろばんの玉”がイメージできているようです。2級は50%程度、3級では、ほとんどイメージできていないようです。やはり、情報処理が右脳に移行しないと、処理能力が加速せず、上級に進めないようです。
ちなみに医学部に入学してからは、周囲にそろばん1級取得者が多いことに気が付きました。やはり受験にも役立っているようです。
3-3.そろばんでは左右の脳をバランスよく使っている
「右脳を使いましょう」と、よく耳にします。正しくは、「左右の脳をバランスよく使うことが大切」と言うべきです。
右脳を使うという点では、珠算も右脳が働いていることが知られています。最先端の機器で調べてみると、そろばん熟練者が暗算をしている時、左右の脳がバランス良く活発に使われていました。一般の人が左脳で計算するところ、そろばんでは左右の脳をバランスよく使っているのです。そろばんはまさに、脳の発育や熟年者の脳の機能維持に理想的な方法と言えるです。
3-4.脳梗塞になっても、計算能力が残った
私の患者さんでそろばんの先生がいらっしゃいました。脳梗塞で左脳を損傷しため右半身に麻痺が出てしまい、また左脳の能力が落ちてしまったために、紙に書いた計算はできなくなりました。しかし、「読上算」を用い、頭だけで計算すると以前と同様の計算が可能なのです。つまり、そろばんを習得していたため、右脳でも計算ができるようになっていたのです。万が一、脳の機能の一部が失われても、そろばんを行なっていた方が、計算もできますし、脳をよりフル活用することができるといえるのです。
4.そろばんの経験が、「一生使える脳」を手に入れる
2017年7月、専門誌『THE LANCET』に「認知症の3分の1は予防しうる」とする論文が掲載されました。認知症の原因となるアルツハイマー病など脳の病気を治す方法は、現在まで残念ながら見つかっていません。しかし仮に9つの要因を完璧に無くせたとしたら、認知症の3分の1は予防できるとしています。ちなみに9つとは①高血圧 ②糖尿病 ③肥満 ④運動習慣のなさ ⑤喫煙 ⑥(幼少期の)質の低い教育 ⑦社会的な孤立 ⑧難聴 ⑨うつです。
この中での、「(幼少期の)質の低い教育を失くすこと」、つまり「幼少期の効果的な教育は認知症の予防につながる」のです。実際に臨床においても、もともと知的レベルの高い方は、認知機能が落ちてきてもある程度の能力が維持されます。特に、認知症の検査では計算は重視されます。もともとの仕事で数字を使っていた人は、計算の機能が長期にわたって維持されることが分かっています。
とりわけ、そろばんを習得している人は、左脳だけでなく、左右の脳を使って計算できるわけですから脳機能は維持されやすいのです。まさに、子供のころにそろばんを習うことは、勉強ができるようになるだけでなく、一生使える脳を手に入れることになるのです。
ちなみに、大人になってからそろばんを始めても効果があることが分かっています。具体的には以下のような報告がされています。
- 認知能力とコミュニケーション能力の向上
- 身辺自立機能をつかさどる「前頭前野」の機能の活性化
- 認知症、脳損傷、脳機能障害に悩む人の機能改善
認知症の可能性を少しでも低くしたい方は、ぜひ今日から始められてみてはいかがでしょうか。
5.まとめ
- そろばんは東大や医学部合格にも役立ちます。
- そろばんは計算だけでなく、左右の脳をバランスよく使います。
- そろばんの習得により、認知症の予防にもつながり「一生使える脳」が手に入ります。