認知症専門外来をやっていると、認知機能は維持されていても、異常な行動により周囲の方をとても困らせている患者さんがいらっしゃいます。この場合、早期認知症もしくはピック病を疑います。診断のため専門医としては、認知機能検査、画像検査、血液検査等を駆使します。しかし、最終的に両者の鑑別ができないこともあるのです。
日々、患者さんに接する家族は、患者さんへの対応で疲弊しています。今回の記事では、月に1,000名の認知症患者さんを診察する長谷川嘉哉が、「早期認知症とピック病」の特徴と対策をご紹介します。
目次
1.2つの疾患に共通する「困った症状」の例
以下の症状が認められた場合、家族は大変困ります。これらの症状は、早期認知症にも、ピック病の初期にも認められるため鑑別が困難です。
- 常同行動:毎日決まった行動をとります。同じ時間に起き、同じ時間に食事をして、同じように散歩をした入りします。この場合の散歩は徘徊とは異なり、迷子になることはありません。このような決まった行動を遮られることを極端に嫌がります。
- 異常なこだわり:食事などに異常なこだわりを持ちます。同じメニューを毎日食べたり、味付けも極端に辛かったり、甘かったりします。周囲の人間が、「体に悪い」と説得しても全く聞く耳を持ちません。
- 易怒性:機嫌良くニコニコしていたと思ったら、いなり怒ったりします。ほんの些細なことでも、声を荒らげて怒ります。そのくせ、すぐに怒ったことさえ忘れてしまいます。
- 理屈が通らない:とにかく理詰めで話をしても全く理解してもらえません。理屈に合わないことを口走り、行動します。しつこく説明すると、今度は怒ってしまいますから手に負えません。。
- 家族関係の崩壊:上記のような症状が続くと、夫婦であれば熟年離婚。親子であれば、関係が断絶していることがあります。
2.早期認知症とは?
早期認知症とは、健常者と認知症の中間にあたり、MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)と言います。MCI患者さんは、全国で400万人。65歳を超えた人の中では、7人に1人がMCIと言われています。
MCIの患者さんは、一見正常ですが前頭葉機能が低下しているため、論理的な思考や理性のコントロールができません。周囲の人から、自分の気に入らないことを指摘されても、理屈が通らないうえ、理性のコントロールができなくなって逆切れすることさえあるのです。こうなると、家族は、やってられません。結果、MCI患者さんは高齢者離婚や親子断絶になっていることが多いのです。詳細は以下の記事も参考になさって下さい。
3.ピック病とは?
ピック病の特徴的な症状は「人格の変化」です。認知症の一種ですが、初期の段階では、物忘れなどの記憶障害はほとんど見られません。理性や感情に障害が出ることで、怒りっぽくなったり、他人を思いやる気持ちがなくなったり、善悪の判断をつけることができなくなります。その結果、暴力や万引き、痴漢などの反社会的な行動を躊躇なく取ることになります。外来での印象は、とんでもない行動をとっているのですが、『ああ言えばこういう』でふてぶてしく、多弁な印象です。
以前は、ピック病は若年性認知症の一つと言われていましたが、超高齢化が進むなか、65歳以上の患者さんにも、ピック病はたくさんいることを理解する必要があります。詳細は以下の記事も参考になさって下さい。
4.鑑別診断は?
理屈が通らなく、すぐ怒る。この症状の段階では、早期認知症とピック病の鑑別は困難です。
4-1.側頭葉機能と前頭葉機能では鑑別できない
側頭葉の機能を測定する場合、Mini-Mental State Examination (MMSE)検査を行います。しかし、早期認知症の患者さんは、MMSEは正常ですし、ピック病も初期の場合は、正常ですので鑑別できません。同様に前頭葉機能を測定すると、早期認知症もピック病でも低下しているため鑑別できません。
4-2.画像所見
早期認知症では全体の脳萎縮を認めることが多く、一方ピック病は前頭葉から側頭葉に限局した委縮が特徴です。ピック病が進行してくると画像での鑑別も可能ですが、ピック病の初期では、鑑別は困難です。
4-3.経過観察が大事
理屈が通らず怒りっぽい症状の段階では、早期認知症とピック病との鑑別は困難です。経過観察することで、認知機能が悪化すれば早期認知症。人格障害が悪化すればピック病と判断します。
ただし、さらに進行するとピック病も認知機能障害が悪化します。一方で、早期認知症も進行して、性格変化、暴言、暴力といった周辺症状が出現します。そうなると認知機能障害と人格障害がともに揃うことで、再度両者の鑑別は困難になります。
5.治療方法は?
今の医療では両者の鑑別に時間を費やしてしまいがちなようです。しかし家族としては、診断よりも治療が重要です。
実は治療に際しては、異常行動が問題となる早期認知症もピック病も同じなのです。多くの医師はアクセル系の抗認知症薬(アリセプト、レミニール、リバスタッチパッチ)などを処方しがちです。これは、易怒性や攻撃性をさらに悪化させてしまいます。そのため、治療の第一選択は、ブレーキ系のメマリーになります。私の経験では、いずれの疾患であってもメマリーの使用でかなり穏やかになり、異常行動も落ち着くことでご家族に喜んでいただいています。メマリーについては以下の記事も参考になさって下さい。
6.対応方法のポイントは?
異常行動が問題となる早期認知症もピック病の経過におけるポイントは以下の3つになります。
- 受診するか?・・とくにピック病の場合は、人格変化が進行し家族も対応できなくなり、医療機関への受診自体が不可能になります。ようやく受診をしても、人を馬鹿にしたような態度でピック病の知識のない医師が怒って診療を拒否してしまうことさえあります。
- 服薬するか?・・いずれの疾患にも効果を示すメマリーですが、服薬拒否をされると効果は期待できません。もちろん周囲が、必死で服薬を促すのですが、まったく相手にしてくれないこともあるのです。
- 介護サービスを使ってくれるか?・・認知症が進行した際に、介護サービスを使ってくれるか否かも重要です。仮に、本人が利用してくれても、あまりの人格障害に介護施設側から断られることさえあります。こうなると、家族の疲弊感は相当なものになります。
以上のような場合は、2つの疾患の鑑別に関わらず、精神科への受診・入院を検討する必要もあります。
7.まとめ
- 早期認知症と初期のピック病の鑑別は難しいものです。
- いずれも、理屈が通らずに、易怒性があるため家族は対応に困窮します。
- 治療としてはいずれもメマリーが効果を示しますが、服薬拒否がでると精神科への入院も検討します。