脳梗塞というと突然発症するものと思われがちです。しかし多くの場合、何かしらの前兆があるものです。例えば、左右どちらかの半身の手足に力が入らなくなる運動障害が起こります。運動障害は顔面に起きることも多く、顔の右半分や左半分が下がったりして歪んだ表情になります。このように運動障害が身体の半分に起こった時は、脳梗塞の可能性が非常に高いと言えます。もちろん、症状は運動障害だけでなく一時的な半身のしびれで脳梗塞の前兆が起こることもあります。
このような場合は、夜中であろうと休日であろうと、ただちに119番に電話して救急車を呼び、脳梗塞の専門医がいる病院まで搬送してもらうことが大切です。今回の記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、このような脳梗塞の前兆症状について詳しく説明します。
目次
1.脳梗塞の前兆=一過性脳虚血発作(TIA)とは?
脳梗塞の予兆を、一過性脳虚血発作と言います。英語では、Transient Ischemic Attackというため、医療従事者はTIAと呼ぶことが多いです。
脳梗塞は、脳の血管が詰まることでその先の細胞が血流が途絶え、脳の神経細胞が死んでしまう病気です。脳の細胞は、突然血流が止まると数時間以内に完全に死んでしまい、再生は困難なため、一旦脳梗塞を起こすと重大な後遺症が残ったり、生命に関わることも あります。
一過性脳虚血発作(TIA)は、脳血管が血栓によって「一時的」に詰まることで起こります。完全に詰まった状態ではないため、数分で症状が治まります。しかし、症状が治まったとしても、脳血管が詰まりやすくなっている状態にあるのです。
2.一過性脳虚血発作(TIA)の特徴
一過性脳虚血発作(TIA)には以下のような特徴があります。
2-1.突然発症する
一過性脳虚血発作(TIA)では、突然手足の麻痺など脳梗塞と同じ症状が出現します。
2-2.一定期間で改善する
症状は、一定期間続いて自然に消失します。通常は30分以内に消失することが多いです。ただし、24時間以内に症状が治まっても画像診断で脳梗塞が見つかることもあります。
2-3.脳梗塞に移行する可能性が高い
一過性脳虚血発作(TIA)を起こした人の約3割が脳梗塞を発症します。16〜17%が90日以内に本格的な脳梗塞を起こし、しかもその半数以上が48時間以内と、直後の危険性が非常に高いのです。一過性脳虚血発作(TIA)発症後は次の発作が差し迫っていると考えてください。
3.一過性脳虚血発作(TIA)の症状
一過性脳虚血発作(TIA)では以下の症状が出現することが多いです。
- 運動障害:運動障害が身体の片側に起こります。両側に起こる場合は、一過性脳虚血発作(TIA)の可能性は低くなります。
- 言語障害:ろれつが回らなって、うまくしゃべることができなくなります。
- 意識障害:ぼーっとする、時間や場所がわからないといった症状が突然起こります。家族によっては、「急に呆けてしまった」と言われる方がいます。しかし、認知症は徐々に進行するものであって突然は起こりません。
- 感覚障害:突然、身体の片側がしびれます。運動障害と同様に片側だけであり、両側の場合は、一過性脳虚血発作(TIA)の可能性は低くなります。
- 黒内障:目を支配する動脈が一時的に閉塞すると片側の目が見えなくなります。
4.脳梗塞予兆の自己診断方法
一過性脳虚血発作(TIA)の症状は脳のどの血管が詰まるかによって異なります。脳梗塞の6〜7割は頸から頭部に走っている内頚動脈から中大脳動脈領域で起こります。この領域がカバーしているのは運動野、感覚野、言語野になります。
そのため顔面麻痺、腕の脱力、言語障害を発症することが多くなります。これら3つのうち1つでも突然起こった場合、その8割は脳梗塞です。米国ではFAST(Face=顔、Arm=腕、Speech=言葉、Time=時間)という言葉が普及しており、日本でもこれに倣って「顔、腕、言葉の異変を感じたら一刻も早く専門の医療機関を受診しましょう」という啓発運動を展開されています。
5.原因
一過性脳虚血発作(TIA)の原因は脳梗塞と同じです。以下に紹介する原因に関わらず、一時的に完全な脳梗塞になるのを免れているだけです。一過性脳虚血発作(TIA)は病態としてもまさに脳梗塞の崖っぷちなのです。
5-1.最も多く見られるのは塞栓性
太い動脈にできた血栓の一部がはがれて血流にのり、血管に詰まることで神経脱落症状を呈し、血栓が解けることで症状が消失するタイプです。血栓のできる場所は頸動脈が最も多く、一過性脳虚血発作(TIA)の原因としては最も多く見られます。
5-2.血管の狭窄
もともと脳の動脈に閉塞や狭窄があり、一時的に血管が閉塞することで症状が出現します。この状態が続くと脳梗塞になり、何らかの理由で閉塞が改善すると症状が消失します。しかし、閉塞や狭窄がある限り、脳梗塞の危険は残ります。
5-3.心原性塞栓性
心房細動や弁膜症などが原因で心臓内に血栓が生じ、それがはがれて脳血管に詰まることで症状が起こります。血栓が大きい場合は、脳塞栓と言って重症度が極めて高くなります。しかし、幸い血栓が小さくてすぐに溶けた場合には一過性脳虚血発作(TIA)になります。以下の記事も参考になさってください。
6.原疾患を診断する方法は
以下の検査で、一過性脳虚血発作(TIA)を起こすに至った原疾患を探します。
6-1.頚部エコー
頸動脈は、大動脈から頭部へ血液を送る血管です。首の部分の頸動脈は脳へ血液を送る「内頸動脈」と、顔の方へ血液を送る「外頸動脈」があり、それら分かれ道となる部分を「頸動脈分岐部」といい、「動脈硬化」になりやすい部位です。頸動脈部分のエコー検査「頸動脈エコー」では動脈硬化が原因となる一過性脳虚血発作(TIA)が発症する危険度を推測することができます。
6-2.頭部CT
脳梗塞、脳出血やくも膜出血との鑑別のため、レントゲンで脳の断層写真をとります。一過性脳虚血発作(TIA)では頭部CT上では異常所見は認めません。
6-3.頭部MRI&MRA
磁石の力で脳の断層写真を撮ります。MRIではCT より細部まで診 断が可能で、隠れ脳梗塞を発見することができます。MRAでは脳の血管が狭窄、もしくは閉塞をしているか否かを検出することができます。
6-4.血管造影
カテーテルから造影剤を動脈内に注入してレントゲ ンを撮ります。MRAより、詳細に脳の血管を診ることができます。
7.治療
基本は内科的治療です。動脈から血栓が飛んだ可能性が高い場合にはアスピリンなどの抗血小板薬を使用します。動脈硬化が起こり、血管が傷ついてしまうと、血小板血栓ができます。 抗血小板薬はこの血小板の働きを抑制することによって血液の凝固を抑えようとします。
一方、心房細動があり塞栓症が疑われる場合にはワーファリンなどの抗凝固薬を投与します。同時に高血圧、糖尿病、脂質異常症などがある場合にはそれらの疾患に対する治療も行います。アスピリンの効果については、以下の記事も参考になさってください。
頸動脈に高度狭窄がある場合には頸動脈内膜剥離術(CEA)や頸動脈ステント留置術(CAS)を考慮します。CEAは症状があって70%以上の狭窄がある場合に適応があります。CASは高齢やCEAを行うにはリスクが高い場合に行います。
8.まとめ
- 脳梗塞の前兆は、一過性脳虚血発作(TIA)といって、一過性に脳梗塞と同様の症状がおこります。
- 一過性脳虚血発作(TIA)の症状は、多くは30分以内に改善しますが、高い確率で脳梗塞に移行します。
- 症状が出たら専門医により一過性脳虚血発作(TIA)の原因を精査し、予防的な治療が必要です。