実は、人間の苦痛の中で最も苦しいものは、「呼吸苦」と言われています。本人も苦しいでしょうが、周囲で見守る家族にとっても見ていられないものです。それを生み出す慢性閉塞性肺疾患(COPD)の原因は、大部分が喫煙です。今回の記事では、高齢者医療専門家の長谷川嘉哉が慢性閉塞性肺疾患(COPD)の症状・原因、さらに治療法が困難な理由を多くの方に知っていただき、禁煙に取り組んでもらいたいと思い、解説させていただきます。
目次
1.歌丸さんを苦しめた呼吸苦の原因
平成30年7月2日にお亡くなりになった桂歌丸さんは、1日50〜60本を52年間一度も絶ったことがことがないほどのヘビースモーカーでした。体の異変に気付いた最初は、風邪に似た症状でした。「変に空咳が出たり、たんが絡んだりしてたんです。かかりつけのお医者さんいますからかかってましたけど、精密検査しませんからね。ただの風邪だってことで風邪薬飲まされたり、あるいは注射、あるいは点滴、そんなもんでしたからね。」(出典:NHKクローズアップ現代)
専門医の診断で慢性閉塞性肺疾患(COPD)と分かったのは、それから5年以上あとのこと。症状はさらに進んでいました。
歌丸さん曰く、
「慢性閉塞性肺疾患(COPD)って言われて、今まで聞いたことのないような病気で、何が一番の元だっていうと、先生はタバコだって言うんですね。だから今考えてみれば、もっと早くタバコをやめていればよかった。」
喫煙が肺癌や虚血性心疾患の原因になることはよく知られています。しかし、臨床で見ていると、喫煙の合併症で最も患者さんを苦しめる疾患は、慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)なのです。
2.慢性閉塞性肺疾患(COPD)とは?
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、以前は慢性気管支炎や肺気腫と呼んでいた病気です。慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、ガイドラインでは、「タバコの煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患」と記載されています。分かりやすくいうと、タバコで肺が穴ぼこだらけになってしまった病気です。肺が穴ぼこだらけになる、言い換えれば肺の組織が破壊された状態を肺気腫といいます。そのためCOPDや肺気腫といった病気は、タバコによる病気と考えていただければよいでしょう。肺が傷ついたことで気管支が狭くなり、呼吸器症状が出現します。
3.症状
慢性閉塞性肺疾患(COPD)になると、坂道や階段の昇り降りで息切れをしたり、咳やたんが続いたりします。重症化すると自宅での酸素吸入が必要となり、呼吸不全になって死に至ることもあります。慢性閉塞性肺疾患(COPD)の原因の90%がタバコの煙です。煙に含まれる有害物質を長期にわたって肺に取り込むことで、肺が炎症を起こすのです。喫煙者の6人に1人が慢性閉塞性肺疾患(COPD)と診断されていますが、多くの場合、慢性閉塞性肺疾患(COPD)と気づかずに進行しているので、実際は、もっと多くの喫煙者が慢性閉塞性肺疾患(COPD)であると考えられています。
4.なぜタバコが原因になるか?
原因は、煙に含まれる100分の1ミリにも満たない有害な微粒子です。微粒子が肺の中に入ると気管支が刺激され、炎症を起こし、空気が通る気道が狭くなります。また微粒子は、気管支の先にある肺胞にも影響を及ぼします。肺胞の内部では、肺胞壁と呼ばれる場所で酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するガス交換が行われています。微粒子によってこの肺胞壁が破壊され、ガス交換ができなくなります。ひとたび破壊された肺機能は、元には戻りません。強い息切れや呼吸困難に至るのです。
5.診断
診断は以下の組み合わせで行います。
5-1.問診
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんの自覚症状としては、慢性の咳や痰、労作時の呼吸困難があげられます。原因の90% は喫煙であるため、喫煙歴のある患者さんにこのような症状があれば、慢性閉塞性肺疾患(COPD)が疑われます。
特に、40歳以上で10年以上の喫煙歴があり、以下の症状があると強く疑います。
- 坂道などで呼吸困難になる
- 3週間以上続く咳や痰、ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音がする
- 風邪を引く機会が多い
5-2.画像診断
画像検査は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の診断だけではなく、「間質性肺炎」や「気管支拡張症」などという似た疾患の可能性を除外したり、「肺がん」の有無を確かめたりするのに有用です。
- 胸部X 線写真:病状が進むと、肺の構造が破壊されてX 線の通りが良くなり「肺が黒っぽく写る」、「上下方向に肺が引き伸ばされて写る」、「心臓が細長く写る」などの特徴がみられるようになります。
- 胸部CT:肺胞が破壊された肺気腫の部分が黒っぽく(低吸収域)写ります。
5-3.呼吸機能検査
肺にどれだけ多くの空気(息)を吸い込むことができ、どれだけ大量にすばやく吐き出せるかについて、スパイロメータという器具を用いて調べます。COPD かどうかを診断するための基準が1 秒率※です。1秒率が70%未満であればCOPD の可能性が高いと考えられます。
※1秒率とは、一気に吐き出したときの肺活量(努力肺活量)に対して最初の1秒間に吐き出せる量(1 秒量)の割合
6.慢性閉塞性肺疾患(COPD)の治療
治療としては、β2刺激薬や抗コリン薬を使用します。しかし、どちらも肺の傷を治すことはできません。いずれも、一時的に気道の閉塞を広げる対処療法でしかありません。ですから禁煙をしなければ、悪化を食い止めることができません。そのためCOPDや肺気腫の最大の治療は、禁煙になります
さらに、COPDが進行してしまうと、在宅酸素といって一日中酸素を吸入する必要が出てきます。
7.COPD(慢性閉塞性肺疾患)の恐ろしさ
当院では、年間で5〜60名の方の看取りをしています。最近では、モルヒネ等を使うことで苦痛は殆どコントロールできます。しかし、慢性閉塞性肺疾患(COPD)による呼吸困難の苦痛を取り除くことは困難です。ですから、進行した慢性閉塞性肺疾患(COPD)の苦痛は癌よりはるかに悲惨といえます。
重度の慢性閉塞性肺疾患(COPD)に現れる呼吸困難は回避方法がないのです。ただ苦しみに耐えなくてはいけません。日々、呼吸困難との闘いになります。寝ようとしても息苦しさでなかなか眠れず、食事の時も呼吸困難に陥る恐怖と闘いながら食事をしなければいけません。
試しにマスクをつけたまま眠ってみてください。ほとんどの人が苦しくて眠りにつくことができないでしょう。慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者はこれよりも酷い呼吸困難を毎日味わっているのです。慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんは、最終的には肺がどんどん壊れてきて、どんなに呼吸しても肺が酸素を取り込めなくなり、ゆっくりと時間をかけながら窒息して、終わります。苦しいけれどなかなか死ねない。まさに真綿で首を絞めるような状態になりながら最後を迎えるのです。基本的に、肺気腫は重症化したら回復しません。なってからでは遅いのです。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)の約9割は喫煙者です。さらに喫煙者の約2割はCOPDを発症します。禁煙するなら今です。病気になってからでは手遅れなのです。
8.まとめ
- 喫煙には多くの害がありますが、最も長期の患者さんを苦しめるものが慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は治療しても治りません。
- 喫煙の習慣ははやめに改めましょう。